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「脱税者の差し押さえで手に入った酒の処分法」

「あ、クロノさーん! コレ買いませんか?」


 ギルドに入るなりノルンさんが俺に声をかけてきた。


「なんですか、そのボトル?」


「お酒ですよ! お・さ・け」


 それはなんとなく分かるのだが……


「酒なら酒屋に卸せば良いじゃないですか? 俺に売ると禍根が残るんじゃないですか?」


「それが出来る品ならそうしてるんですがね……少々お高いので……」


「いくらですか?」


「金貨五枚」


 ノルンさんはなんでもないようにそう答える。金貨五枚の酒は安易に頼めない品だな。しかし何故俺に売ってくるのか?


「クロノさんはこの前ドラゴンの素材で稼いでましたし買えるかなと思いまして……」


「確かに買えますけど、なんでそんなものがこの町で売ってるんですか? この間の商人さんですか?」


 気まずそうな返事が返ってきた。


「村民税を滞納している人がいましてね……財産の差し押さえをやったんですが、大したものが抑えられず手に入ったのがこの葡萄酒なんですよ


「ああ、曰く付きの品ですか」


「そうなんですよね……しかもこのお酒、脱税していた人が『頼むから持って行かないでくれ』って言ってた品なんですよね……」


 気の進まない品だな……


「そこでクロノさんに買って頂けないかと思いましてギルドが引き取ったわけです」


「俺に丸投げしないでくださいよ……それって買ったら差し押さえられた奴から恨まれる奴じゃないですか」


 そう言った誰かの思い入れがあるしなは安易に買うと逆恨みをされかねない。差し押さえられた奴が悪いと言えばその通りなのだが、人の感情というのは奇々怪々なものだ。時に理不尽な感情を持つ事が当たり前のようにある。できればもう少し平和なものがいい。


 というかそういうバックストーリーを語られるとどうやっても飲みづらい酒になるじゃないか……


 人の恨みが籠もっていそうな酒を売るのはやめて欲しい。


「まあまあ、クロノさんくらいしか買う人がいないんですよ! ですからたったの金貨五枚くらい払えるでしょう?」


「払えますけど、金貨払って負債を抱え込むのは辞めておきたいですね」


「大丈夫ですよ! 脱税する方が悪いんですから文句なんて言わせません!」


 そういう問題じゃないんだよなあ……敵に回す人間は少ない方がいい。脱税なんてする奴はだらしない奴なので余計逆恨みされる確率も上がる。


「くーろーのーさん! 買ってくださいよ! あなたが買ってくれるのを見越してギルドで買ったんですよ!」


「ギルドを属人化の極みみたいな運営するのはやめて欲しいですね……」


 俺がいなければ成り立たないような運用はリスクでしかない。俺がいなくなっても成り立つギルド運営をして欲しい。


「だって、クロノさんが来る前は私が依頼をこなす事もあったんですよ! 私が担当しなくていいなら多少の無理も利くでしょう?」


 要は俺を便利屋扱いしているというわけだ。ここまではっきり言われるとむしろ清々しい。


「俺も酒は好きですよ、でも酔うのが好きなのであって酒にそこまで味は求めていませんから」


「クロノさんはもっとお酒を楽しみましょうよ……そういえば自分用のお酒も確かに安い奴ばかりだったみたいですけど……」


「俺は酒というのは世界が歪みだしてからが本番だと思ってますから。ちびちび素面で酒を飲むとかつまらないじゃないですか」


 ノルンさんは信じられないようなものを見る目で俺を見る。いや、素面でいるなら別に酒である必要性は無いと思うんだが……


「クロノさん、そういう生き方をしていると早死にしますよ?」


「酒なんて死に急いでいる人間の飲むものでしょう?」


 ノルンさんは一つため息をついた。死に急いでいるか、そうかもしれないな。


「それはともかくとして、このお酒なんですけどそこそこ酔えますよ? まあぐびぐび飲むにはもったいないお酒なんですけどね」


 そういう高尚な酒というのはどうにも苦手だ。人の金で飲む酒ほど美味しいものはないし、それが高級な酒だったら遠慮なく飲む。元を辿れば勇者に付き添っていたときには貴族が結構な金額の酒を出していた。俺が飲める分はろくに回ってこなかったので安い酒を多めに飲むのがクセになってしまった。


「じゃあクロノさん、この村への寄付だと思ってこれを買ってくれませんか? この村で結構稼いだでしょう?」


 もっと稼げる町も普通にあったのだが……確かにここが村にしては稼げる方だった事は確かなのでいいか。この町の税金を吸い上げるような真似をしたんだし多少は還元してもいいだろう。


「分かりました、それ買います」


「ホントですか! よっし! これで徴税科に面目が立つ!」


「何か言いましたか?」


「なんにも言ってないですよ」


「じゃあこれ、金貨五枚ですね」


「はい、確かに。ボトルがこちらになります」


「受け取りました」


 俺は酒を受け取ってストレージにしまった。もちろん時間停止を使用している。


「よければ味について教えてくださいね?」


「いや、飲みませんよ」


「えっ!?」


 ノルンさんは何を言っているのだろう。高級酒なんて俺の口には余りすぎる、いつもの安酒の方が口には心地よい。


「他所で売ろうかと思います」


「もったいない……珍しいお酒ですよ?」


「酒の美味しさは金額と比例しませんからねえ……」


 百倍高い酒が百杯美味いというわけではない。だったら安くて酔えるものの方がいい。


「どうもクロノさんは価値観が私とは違うみたいですね……」


 そんな事を言われてもな……この酒を売った金で味が微妙な酒をたくさん買った方がいいだろう。酒なんて量を飲むのがメインだろうに。


「それでは、俺はこれで失礼します」


 そう言ってギルドを出たのだが、酒の話をしていたので酒を飲みたくなってしまった。そこで村の酒場に向かったのだが……


 カランカラン


 ドアベルを鳴らしながら扉を開けると大量のジョッキに埋もれている人がいた。


「畜生……何で俺からあの葡萄酒を奪うんだよ……ちょっと税金をちょろまかしただけじゃねえか……おい! もう一杯もってこい!」


 そう言ってエールをあおっている人の素性は大体予想がついた。ここでアレを飲んでいたらどうなったかは考えるだに恐ろしい。


「エールをくれ」


 俺は隣の気の毒な男に会わせてエールを何杯も飲んだのだが、視界がぐらぐらするほどに酔ってもまだ隣の男のジョッキ数には足りなかった。


 酒飲みの気の毒な末路を見ながら、払うものはきちんと払わないとやっていけないのだと思い知った。

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