「旅の商人に素材を売った」
その日、ギルドには一人の影があった。俺の物ではない、その人が誰かノルンさんに聞いた。
「その人は誰ですか? 冒険者っぽくないですね」
「ああ、クロノさんですか、こちら商人のメルさんです」
「ああどうも、メルです。お噂はこちらのノルンさんからお聞きしましたよ」
メルさんという商人は俺に話しかけてくる。珍しいな、こんな村にわざわざ来るとか……
「クロノです、よろしく」
メルと名乗る男は俺に笑みを浮かべながら話を始めた。
「実はあなたが色々お持ちであるとギルドで耳にしまして……何か売っていただけると助かるのですが」
そうだな……売れそうなものか……
「以前狩ったドラゴンの鱗とか牙がありますけど……アレはウォータードラゴンで大して役にたたないかな……」
「ドラゴンの素材ですか!?」
メルさんはものすごく驚いている。いや、アレはドラゴンの中でも弱かったので素材としては失格だと思うよ? 勇者パーティーと一緒に討伐したドラゴンだけど数匹狩ったときに一番役に立たないのを押しつけてきたときのものだからね?
「そうですね、ドラゴンです、弱い種類だったので実用性は無いと思いますよ」
ノルンさんがその会話に割り込んできた。
「何言ってるんですか! ドラゴンなんて絶対高いに決まってるじゃないですか! というかドラゴンの討伐って国軍が動くレベルですよ!」
「大げさですね、ドラゴン一匹に軍なんて必要無いですって」
何故か二人ともポカンとして俺の方を見ている。ワイバーンやサーペントとかその辺ならソロで狩るやつもいるんだし、珍しいものでもないだろう。
「なんで生きてるんですかねえ……」
「よく死にませんでしたね」
酷い言われようだ。ドラゴン一匹で命を落とすはずがないだろう。人の力を舐めきっているようだが、それについて詳しく解説すると厄介ごとが出てきそうなのでぐっと我慢しておいた。
「それで……どういう素材をお持ちなのですか?」
「腐らないものは一通り収納魔法でしまってありますよ。欲しいんですか?」
高値はつくかもしれないが実用性に欠けるだけのものを高値で買ってくれるのだろうか? 俺なら絶対高値はつけないようなものしか無いのだが……
「是非売ってください! いい金額を出しますよ!」
「じゃあウォータードラゴンの鱗とかでもですか?」
「ウォータードラゴンですか!? もちろん売っていただけるなら助かりますが、構わないんですか? 弱小貴族なら家宝にしているような品ですよ?」
あんなものを家宝にするアホがいるのだろうか? 耐久性に欠ける柔らかい鱗だぞ? ドラゴンの素材なんて丈夫だからいいのに、耐久性の低いものをわざわざ買ってくれるのか?
俺はストレージから鱗を取りだして一枚置く、手のひらほどのサイズの一枚だ。力を入れれば曲がるようなもので、実用性は皆無に近い。大した金額はつかないだろう。
「ふぅむ……これは……傷もない……まるで剥ぎ取ったばかりのようだ!」
まあそれは俺が時間停止をかけていたからなのだがもちろん黙っておく。というかドラゴンの素材は耐久性が高いので古くなっても構わないというのが優秀な点だぞ。
「金貨百枚の値は付きそうなものですね。これを売っていただけると?」
「ええ、そうです」
こんなものに金貨百枚もいちいち払っていたら金が持たないだろうと思う。採集の簡単さの割に値付けが高すぎる気がする。高い分には困らないので売ってしまおうか。なお、この鱗はまだまだたくさんあるのだが、全部ストレージから出したら商人が全財産を吐き出しそうなので辞めておこう。
「では金貨百十枚で売っていただけませんか? 王都ではもう少し高値がつくと思いますが運ぶ手間を考えると……」
「いいっすよ」
「やはりもっとださないと……? いいんですか!?」
「ええ、これはそんなに後生大事に持っておくようなものでもないですしね。欲しいなら売りますよ」
メルさんの顔が驚愕に歪んでいるが、俺はといえば今日は美味い酒が飲めそうだと考えていた。これなら金貨数枚のボトルを出してもらっても十分余る位の金額だ。それだけ出してくれるなら売らない手はないだろう。ボロい商売だな。
「ではこちらが代金になります」
そう言ってメルさんは持っていた袋から金貨を出して数えだした。
「十……二十…………五十……百……百十、確認をお願いします」
「はいよ」
俺は金貨を数えていく。この村には不釣り合いな金額だが、商人ともなればこのくらいは持っているのだろう、俺は金貨を数えきってピッタリ百十枚ある事を確認して受け取った。
「確かに、金貨百十枚いただきました」
それをポイとストレージに放り込む。それをメルさんは奇妙な目で見てきた。
「なんですか?」
「いえ、ドラゴンの鱗も入っていたのにそれだけの金貨が入る収納魔法はあまり見ないものでね……申し訳ない」
気まずそうに言うメルさんだがこんなもの普通に使えるだろうとは思った。しかし相手は商人だ。魔道士やパーティの便利屋ではないのでこれが珍しく見えるのかもしれない。
「収納魔法持ちを雇ってはいかがです? このくらいの人はざらにいるでしょう?」
「いや、そんな大容量の収納が出来る方は皆さんそれなりのところに所属していますよ! そのくらいには珍しいんです、しかもあの重さを軽く入れられる人なんてそんなにたくさんはいませんよ!」
そういうものなのだろうか? 自分で使えるなら人も使えるのだろうと思ったのだが……勇者達なんて片っ端から俺に荷物を押しつけて当然という顔をしていたし『お前の代わりはいる』と言っていたので当然このくらい珍しくないのだと思っていたのだがな。
「では、こちらの水龍の鱗は確かにいただきました。お取り引きありがとうございます」
「こちらこそ、結構な金額をどうも」
アレにそんな価値が有るかどうかは甚だしく疑問だが、価値観は人それぞれ。古い壺に価値を見出す人間や、珍しいトカゲを欲しがる人もいる。この人はたまたまこれが欲しかったのだろう。
「では、本日はこれで」
「クロノさん、クエストボードは見ないんですか?」
俺はシンプルな答えを返した。
「お金には今困っていませんからね!」
ノルンさんは微笑みながら「そうですね」と俺を送り出してくれた。その足で酒場に直行してどぎつい酒を心ゆくまで楽しんだ。結構飲んだはずなのだが翌日でも金貨が百枚以上増えていた事から、素材でも結構儲かるのだなと思った。




