「薬草とお酒」
「クロノさん、あなたが納品したお酒なんですが……」
「また何か問題があったんですか? もう勘弁してくださいよ!」
俺の悲痛な叫びに落ち着いてと言うノルンさん。
「まあまあ、悪い話じゃないですから! この前のお酒をもう少し売っていただきたいという話です」
「あの酒をですか?」
「そうです、あのお酒です」
「意外と人気だったんですか?」
正直あまり美味しいお酒だとは思わないし、安く酔えるだけが取り柄の酒だ。正直選択肢があるならもっと美味しいお酒なんていくらでもあるだろう。
「実は、アレで薬草や果実を漬け込むのが流行ってしまいまして……」
「ああ、確かにその手のことに高級品は使いにくいですね」
「そうなんですよ! 薄めて使うんですけどそこそこの濃さがないとダメなのであのお酒が丁度よかったんです……しかも安い、さらにこのお酒にぴったりのレシピが流行りましてね……」
「流行まであるんですか……」
ものすごく嫌そうにノルンさんは語った。
「実はこのあたりで採れる薬草を酒に漬け込むと美味しいという話はあったんですがね……安酒が出回らなかったので皆作らなかったんですよ。樽で十年寝かせた薫り高い酒に香草を漬け込もうなんて皆さん考えませんでしたから」
大丈夫なのか? これでは俺が酒を売らなかった方がよかったような気がするんだが……
大体酒に逃げるのもどうかと思うし、酒の消費量と治安の良さには相互関係があるような気がするのでギルドが煽るのもどうかと思うのだがな。
「売る分はまだありますけどそんなに売って大丈夫なんですか? その……昼間から酒を飲む人が増えるような気が……」
「構いませんよ、この村の主な収入源って知ってますか?」
「いや、知らないですけど……農業じゃないんですか?」
ノルンさんは首を振って思い切りいい笑顔で答えた。
「領主様からの補助金ですよ!」
えぇ……あまり知りたくなかった……それでいいのか? 村の自立とかさあ……考えないのかな?
「まあ、領主様も配下の地域は多い方がいいですからね、こんな村でも存在意義はあるんですよ!」
口の悪いノルンさん、実はこの村が嫌いなんじゃないだろうか?
「とりあえず取り引きの条件から決めましょうか!」
俺は面倒な会話を打ち切って商談に持ち込む。この村のダークサイドには興味なんだわな。
「一本金貨一枚で二〇本買い取ります! 価格交渉など不要! このギルドで出せるだけの金額です!」
「いいでしょう、その金額なら断りませんよ」
俺の返事にニヤリとするノルンさん。どうせギルドからの販売金額は上乗せするんだろう。売ってしまうには悪くない金額だし、あの程度の酒なら少し酒造りが盛んな町なら似たような品が手に入る。それでもここでは高い価値を持つのだろう。
俺はストレージから酒瓶を二〇本まとめて取り出す。さすがに結構な量になっている。欲しいなら俺はそれに応える。
「ほほう……これは結構な量ですね……ギルドの貴重な収入になりそうです!」
「あなたも悪人ですねえ……」
「失敬なことを……私は正当な価格で買い取って正しい価格で再販売するだけですよ」
「そういうことにしておきましょうか」
そうして酒の査定が始まった。時間停止をして保存しておいたので一切の劣化はない。
「クロノさん、これ、出来たてみたいな……蒸留器からそのまま取りだしてすぐに詰めたもののような香りが漂ってくるんですけど……一切不純物のないような気がするんですけど……いえ、それを聞くのは無粋というものですね」
個人の能力について詮索はするべきではない。それは決してきれい事ではなく、自分の手札を相手に晒す危険性があるわけで、そうなれば万が一だが『漏れる可能性を消す』というリスクが存在する、そのくらいのことはわきまえているのだろう。
「では満額で買い取っていただけますね?」
「ええ、問題無いですね、金貨二十枚はギルドで支払える金額ですから」
「ではこれはギルドに納品ということでいいですか?」
「ええ、納品ありがとうございます!」
にこやかにそう言ってその辺の箱に酒を詰めて奥に持って行く。少しして革袋を持って帰ってきた。
「これが報酬ですね、それとクロノさん」
「なんでしょう?」
イタズラっぽい顔をしてノルンさんはつぶやいた。
「気が向いたらこの村の名物酒を飲んでみてくださいね! まあ、自我を保てる範囲にしておいて欲しいですが」
「ええ、そうさせていただきますよ。俺も自分の納品した物がどうなったのかは気になりますしね」
そして俺はギルドを出た。その名物とやらが気になったので俺は酒場に向かった。
酒場に入るとまだ昼間だというのに酔い潰れている連中がころがっていた。
「旅人さんだね? ウチの名物を飲まないかね?」
「そうですね、最近は流通が増えたと聞きましたよ」
もちろん俺が流したとは言わない。あくまでもギルドがどこかから仕入れた物がそれなりの値段で売られているだけだ。そういう建前を維持することは重要だ。
「どうぞ! 一杯で潰れるからこの水と交互に飲むといい」
ちゃんと悪酔いしないように配慮されている。俺はこの酒が薄めるものだと知らなかった頃はぐでんぐでんに酔い潰れて醜態をさらしていたのだがその辺にも配慮されている。
「ところで随分酔い潰れている方が多いですが……」
「あいつらは加減もせずに何杯も飲んだんですよ……やめとけとは言ったんですがねえ……やはり商売として売ってくれと言われてしまうと断るわけにも……」
ああ、どこでも酒は人をダメにするんだなあ……なんとなく安易に酒を広めるのは問題がある行為なのではないかと思えてくる。
俺は一口水と酒を混ぜたカクテルを口にする。ピリリと刺激が走ってさわやかな香りが鼻に抜けていく。これは俺が酔うためだけに飲んでいたときとは大違いだ。まさか加工するだけでここまで飲みやすくなってしまうとは……
酒、水、酒、水、と交互に飲んでいく。ジョッキ一杯を飲んだ頃にはすっかりと酔ってしまった。
「ええっと……代金は……」
「銀貨七枚です」
「はいはい、銀貨ね」
ぼんやりする視界でストレージから取り出した財布から銀貨を取り出して支払う。
その日飲んだ酒は非常に美味しく話題になるだけのことはあると思った。なお翌日は二日酔いで酷い目にあったので酒は程々にしようと何度目かも分からない決意をした。




