「限界集落に着いた」
『リート村へようこそ!』
そう書かれた看板の前に立っている。看板はすっかり錆が浮かんで元の形を忘れてしまっているようだ。この村はあまり繁栄していないらしく、お世辞にも景気のいい店がなかった。
「あまり景気のいい村ではなさそうだな……」
思わずそう独りごちてしまった。木造の家が建ち並び、村の入り口には商店街らしき物があるがあまり繁盛しているようにはとても見えない。そして村の入り口には……
『お名前を記入してお入りください』
雑にもほどがある……ほとんど出入り自由じゃないか……
俺は箱に入った入出記録帳に『クロノ』と書いて村の中に入った。村の中は見た目通り閑散としていて景気の悪そうな見た目をしていた。
とりあえずギルドに行くか……
何か依頼が出ていたりはするだろう。さすがにゼロって事は無いはずだ、ギルドはどこの町でも村でもあるので案内をしてもらうには丁度いい。
ギルドなら大抵建物が大きいはずなのだが、この村では大きい建物が見当たらない。あまりギルドの権限が大きくないのだろうか?
少し歩くと幸いにも『リート村ギルド』と書かれた看板が出ている建物を見つけた。どうやらちゃんとギルドは存在しているようだ、ボロいけど……
「すいません、こちらギルドであってますか?」
ギルド奥にいる銀髪のお姉さんがこちらを見て嬉しそうな顔をした。
「久しぶりのお客さんですね! ようこそリート村ギルドへ! 新人さんですか?」
「いえ、新人というわけでは……」
「なるほど、ベテランさんですね! いやー、このままギルドに誰も来ないのかと思っちゃったんですよ!」
グイグイ来る人だ。このギルドが暇だったのはよく分かるがしっかり掃除がされており、冒険者達が荒らした様子もない。手入れが行き届いているのか、あるいは汚すような人が誰も来なかったのか。おそらく両方であることは予想がついた。
「しばらくこの村に滞在したいんですけど」
「はいはい、滞在ですね! お名前は?」
「クロノです」
「クロノさんですね、私はノルンです! しばらくの間よろしくお願いしますね!」
「はい、よろしく」
さて、ギルドは見つかったことだし、あとは宿を取って今日はゆっくり休もう。
「ノルンさん、この村の宿はどこにありますか?」
「ああ、宿が必要でしたね。この村の東に『エレンシア』という宿がありますよ」
よかった、宿はちゃんとあるようだ。とはいえこの村の様子からしてかなり税金が入っている宿だろう。冒険者への配慮として宿は必ずどこにでもあるが、そこが居心地がいいかどうかは別問題だ。
「そうですか、とりあえず宿に行ってきますね」
「はい! 是非明日も来てくださいね!」
そう言って俺は送り出された。この村のお金が無いのが理解できる雰囲気が身にしみる。寂れた村を東に向かって歩いていると所々に看板の出た店がいくつかあったのだが、どこもほとんど客がいない。不景気そうで俺が売れるものはあまり無さそうだ。
まあ酒くらいは売れるだろう。酒は大抵の地域で売れる便利な金策品だ。人間の本能に訴えかけるものは強い、そう信じている。
しばし歩くと『宿屋エレンシア』と書かれた民家に着いた。宿屋のはずなのだがどこからどう見ても民家なのは宿屋の設置は義務だがそれほど余裕がないところには得てしてある。
「こんにちはー」
「はーい! どちら様ですか? え?? どちら様ですか?」
思わず二度訊く程度には客は珍しいらしい。
「この宿に泊まりたいんですけど……」
「あ、ああ! お客さんですか? 狭いところですけれどどうぞ」
掃除はしっかりされており宿屋として使う分にはそれほど不便ではなさそうだ。
「一泊いくらですか?」
「はい、料理付で銀貨二枚です!」
「じゃあこれで五日分です」
金貨を一枚渡すとそれをしげしげと見ていた。本物かどうか疑っているのだろうか? 確かに金貨の流通量が多いとは思えないので、たまに見ると気になるのは仕方ないことかもしれない。
「確かに、金貨一枚だね。延泊も自由だから好きなだけいるといいよ、名前も宿帳に書いておくよ、クロノさんだったね?」
「どうして名前を知ってるんですか?」
「狭い村だからねえ……ギルドに行った時点で噂にもなるさね」
情報を隠すなら誰にも喋らない方がいいな……
「延泊自由って、そんなに部屋に余裕があるんですか?」
「客室は二つだよ、こんなところで部屋が埋まると思うかい?」
「すいません……」
正直すまんかった。この村が寂れている以上それほど人は来ないだろう。
「今夜は鶏肉の煮込みだけど食べられないものとかあるかい?」
「いえ、特にないです」
「そうかい、じゃあいつも通りのメニューでいいね」
そういうわけで宿を取ることは出来た。部屋に行ってみるとすっかり空っぽであり精々机があるくらいだ。俺はストレージから日用品一式を出して置いた。途端に文化の香りが漂う部屋になった。やはりベッドすらない部屋というのはまともに生活できないからな。
「夕食の時間ですよ」
少女の声がした。この宿に娘さんがいたのだろうか?
ドアを開けると栗色の髪をしたショートカットの少女が立っていた」
「夕ご飯が出来たので食堂に来てくださいね!」
そう言ってさっていった。俺は食堂という名のキッチンに向かった。専用の食堂などと言うものは無い。
「出来てるよ、ほら」
俺は目の前の鳥の水炊きを熱心に食べた。意外なことに味がよいのでこの村も捨てたものではないな。
ガツガツと食べて久しぶりに人の作った料理を食べた。
「美味しかったです」
「そうかね、ありがとね」
そうして空になった皿を置いて部屋を出た。
宿屋の窓から見える夜景に一切の灯りは無かった。よほど早く寝る習慣でもついているのだろう、どの家にもカーテンが閉められ漏れ出る光は無い。
俺はランプに火をつけ酒を飲んだ。安酒だ、ただただ酔ってしまいたかった。この何も無い村にいつまで要られるのかは不安だったが、酒がその不安を和らげてくれた。
ランプを消し、真っ暗になった部屋でぼんやりとした頭の意識は落ちていった。




