「ギルドに挨拶をする」
「えー! 出て行っちゃうんですか!?」
ジェニーさんが声を上げる。俺が町を出ることを伝えただけでものすごい驚きかただ。
「だって俺もそこそこ長居しましたし、そろそろ旅に戻ろうと思います」
「とーーーっても困るんですがねぇ……クロノさんのおかげでギルドの発言権も増したんですよ? いなくなられると発言力が落ちて割と本気で困るんですよ?」
「俺以外の冒険者や旅人に頼ればいいじゃないですか、そこそこの実力がある人くらいいくらでもいるでしょう?」
しかしジェニーさんも引き下がらない。
「そういう方はお金を持っている人が囲い込んでいるんですよ……ギルドの資金より民間の資金の方が多いんですってば!」
そう言われてもな……人材を集めてこなかったギルドの問題としか思えない。俺に言われてもどうすればいいんだか分からないよ。
「クロノさんはこの町に愛着とか無いんですか?」
「一つの町に長居すると愛着がわいてだらだらしてしまいますからね、適当なところで切り上げてるんです」
町に情を持つなどしがらみ以外の何物でもない。あと一日、あと一日、そう粘っていった先にロクな結末がないことは先輩冒険者達に聞いたことがある。なんでも定住すると言ったら途端に対応が悪くなってあまりいい依頼をもらえず、嫌気がさして出て行く頃には金で苦労したという噂も聞いた。
この町がどうであるかは知らないが、旅人を名乗るなら一つの町に居座るような生き方をしていないだろう。定住した時点でその人はもう旅人ではない。
旅人としての矜持のような物だ。一所に留まってあまりにも長いと属人化が始まって頼りすぎることになる。勇者パーティーの連中は必要とされていることに気を良くしていたが、はっきり言えばいいように使われていただけだった。
「クロノさん、ウチの専属になりませんか? 報酬は……」
「もったいないですがやめておきます。上司という物を持つ生活に向いていないようでしてね」
ジェニーさんは納得していないようだ。報酬だってきっといい金額を出そうとしていたのだろう。それでも俺は自由の方が管理より好きだ。自由においては全て自己責任だけれど、上から下へ命令が下されるというのがどうにも好きになれない。しかも大抵上から来る命令というのは無理難題が多い物だ。
「そ、そうだ! クロノさんだってこの町でいい感じになった女の人の一人や二人いないんですか?」
俺はそれにこの前であった魔族の少女を思い出した。もちろん黙っておいた方がいいだろう。
「心当たりがないですね。俺はあまり人と関わらなかったので」
「そうですか……旅の生活って辛くないですか?」
時空魔法でものすごく楽ですとは答えづらかったので曖昧に頷いておいた。自分に魔法をかければ疲労も飢餓も気にせず生活しながら旅が出来る。魔物も敵ではないので楽勝ではある。その辺を言うと引き留めが酷くなりそうなんだよなあ……
「その様子では引き留めようがなさそうですね……このギルドへの貢献は感謝します、ありがとうございました!」
「俺一人の力じゃないですよ、他の皆さんも労ってくださいよ、約束してくれますか?」
「ええ、皆さんよく頑張ってくれました……まあそんなに大勢はいませんがね」
俺はストレージから金貨を十枚ほど出してジェニーさんにお願いをした。
「このお金でギルドに来た人に酒を振る舞ってくれますか? 少しくらいはギルドに貢献しておきたいので」
ジェニーさんもついに笑って言った。
「そうですか、まあそんなに大勢いませんけど皆さん喜びますよ」
「それでは俺はこれで」
「クロノさん、聞いておきたいんですが、もしかしてこの町より条件のいい町が見つかったんですか?」
ああ、金に釣られたと思われているのか。しょうがないことではあるけれど少し悲しい。
「いえ、適当に道の繋がっている場所へ行く予定です。そこがアタリかハズレかなんて分からない方が面白いでしょう?」
先のことが分かったらつまらないじゃないか。気の向くままに自由に移動できるのが旅人の利点だろう。
「そこがここより条件が悪くてもいいんですか?」
「そうですね、所謂ところの、住めば都ってところですよ」
ジェニーさんはため息を一つついて俺に笑顔を向けた。
「お世話になりました、ご武運を祈っています」
「お互い良い出会いがあるといいですね」
そうして俺はギルドを出た。ギルマスに挨拶しようかと思ったんだが、ジェニーさんが『圧力をかけられるのでやめた方がいいですよ』とのことなので言づてはジェニーさんに任せて俺は町の出口に来た。
「薬草採取ですか?」
慣れてしまった受付がそう質問してきた。
「いえ、この町を出ようと思いまして」
「そうですか、またのお越しをお待ちしています……それと、私事なのですが……」
「なんですか?」
「ドラゴンを倒してくれて感謝しています! 本当なら我々が真っ先に向かわないとならなかったんです……命を賭けるのに躊躇して少し遅れたあいだにあなたが倒してくださったので……感謝していますよ」
「気にすることはないですよ。報酬はしっかりもらいましたからね」
「そう言ってもらえると気が休まります」
そんなやりとりをして俺は町を出た。結局、この町で得た物は多かった。収納魔法には一つの商隊が買い込んだくらいの量の特産品が入っている。まるで商人だなと俺は誰に向けてでもなく苦笑した。
そうして町を出て、町内にいる滞在者リストから名前を消してもらった。こういうところはしっかり管理しているのだから余計な人が入らないようにと言うことだろう。町で人材は足りているから冒険者達が歓迎されないのだ。だったら俺がいなくてもいいだろう。
さらさらと風が吹く草原に立って道を見渡してみる。遠くの方まで轍が出来て一直線に伸びている。どこへ行こうかなと少し考えてから地図を出した。今いる地点に木の棒を建てて指を離す。木が倒れたのでそちらの方向にある道を使うことにした。いい加減な決め方だが最悪時間遅延を自分の体に使えばかなりの距離の移動を余裕で進んでいける。
まだ見ぬ地を求めて、俺は歩いていった。




