「クロノin迷いの森」
俺は平野を歩き続け、エルフの住んでいる『芽吹きの里自治区』の入り口である森の前に着いた。問題はその森が「迷いの森」だということだろうか。
この森は常に木々が移動しており、測量が不可能なので森を知っているエルフでないと森の中で迷うだけだ。
この森を抜けるだけなら、昔荒っぽい連中が大量の魔力に任せて直線の火炎魔法で森を焼き、直線の通路を作ったらしい。当然のごとくエルフ側からクレームが付いたらしいが、死傷者が出なかった事と、森の豊かな生命力によって数日で道が消えたことから不問に処されたらしい。
俺はそういう曰く付きの森を抜けなければならない。時間魔法が使えなければ面倒な森だ。俺なら森一帯にストップをかけられる。
森がうねうね動いているのを見ていると酔ってきそうなのでスキルを使おう。
「ストップ」
森が奥の方までピタリと静止した。マッピング用の地図を出して……森を傷つけるとエルフがうるさいらしいからな……
地図の入り口に印をつけて森の中へ入っていく。森の全てが停止しているのでマッピングも簡単だ。『迷いの森』の地図には動くことのない石や川、池を目印にしろと書かれていた。
まーそんなことはまったく関係ないんだけどな。
ドンドン進んでいって大きめの木などもマップに付け加えながら進んでいく。エルフは大きな木を切らないから目印には事欠かない。
問題は『芽吹きの里自治区』が具体的にどこにあるかは不明と言うことだ。ここはしらみつぶしに探していくしかなかった。
歩けども歩けども人工物が見えてくる気配はない。俺はその辺に座って干し肉を食べることにした。エルフ達は肉を食わないらしいがもったいないことだ。
そのとき、背後から声をかけられた。
「森が止まったと思ったらクロノじゃないですか!」
少し前に聞いた声だ。
「ミルか、世間は狭いな」
「森を止めたりするから私がかり出されたんですよ……こういう大技を気軽に使わないで欲しいんですが……」
「だってこうしないと迷うじゃん?」
「エルフの里に用があるんですよね? 案内するので魔法は止めてください!」
案内人がいるなら大丈夫だな。
『リリース』
森の植物たちが動き始める。すぐにマッピングに使った木も目印を辞めているだろう。
「それで、エルフの里にはどうやって行くんだ?」
「本当は気軽に案内できないんですからね? 特別ですよ」
渋々ながらもミルは魔導具を取りだして、その小さな金属板に手をあてた。するとそれから出た光線が木々を縫いながら伸びていく。
「はい終わり、これを辿っていけば着きますよ」
「そんな便利なものがあったのか……」
「エルフしか持ってないんですけどね」
どうやら秘密の道具らしい、気軽に使っているが貴重品なのだろう。
「それほど遠くないので行きましょうか」
「そうだな、ところでエルフの里に肉を持ち込むのはマズいか? 干し肉がまだあるんだが……」
「大丈夫ですよ、里の人もこそこそ肉を食べてますし」
意外とエルフの里も決まりは緩いらしい。
「というかそういうのってイメージの話ですよ? 亜人って案外人間と同じですよ?」
どうやら俺の偏見も大きかったらしい。人間は皆同じと思っていたが亜人も人間だな……
「里が見えてきましたね、クロノにも見えますよね?」
そう聞いて目をこらすと薄い魔力結界の向こうで数人が動いているのが見えた。
「じゃあ私が身元保証人になるので面倒は起こさないでくださいね?」
「ああ、初対面に喧嘩を売るほど血の気は多くないからな、安心しろ」
ミルは俺をいぶかしみながらも手を引いた。
「ただいまー! お客様を連れてきたよー!」
ミルの周囲に数人のエルフが集まってきた。
「ああ! ミル! 無事だったか!」
「あなた……もうミルは三十歳ですよ、森の中なら大丈夫ですよ」
「おとーさんは心配しすぎ! もう森にも慣れたよ!」
どうやらミルの家族らしい、見た目では分からなかったがミルは年上だったか。
「しかし人間を連れてくるとはな……森を止めたのはあなたか?」
俺は嘘をつく理由も無いので答える。
「そうだ、そのくらい簡単だったよ」
「森を止めるのが……簡単……だと……」
俺はエルフに多少の驚きを持って迎えられた。




