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果ての館シリーズ

西の果ての蒼き教会~聖女の力が覚醒しても好きな男の子と結婚したいです~

作者: 中村悠

途中、自死を匂わせるシーンがあります。

王子は少しヤンデレ気味です。

御自衛ください。

気に入っていただけたら、評価していただけると嬉しいです。




 夜明け前の暗い森の中に隠れていたマーガレットは、朝陽とともに自分の体から溢れ出る金色の光を目にして、聖なる力の存在を嫌と言うほど感じていた。


 教会でたくさんの孤児と共に育ったからわかる。

この光は尋常じゃない。手のひらから水をちょろちょろ出せるとか、炎をちろちろと浮かべるとか、そんなレベルの力ではないのは間違いない。



 ああ、私はきっと聖女と呼ばれる存在で、これから王都に移り住み、王子様と結ばれるんだーーーー。








 そんなの、嫌あああぁぁぁぁ。



 



******




 12歳の誕生日をむかえたその日。

マーガレットは、暁達の刻と言われる時間に部屋をこっそりと抜け出し、教会の裏の森に入り込んだ。


 12歳の生まれた時刻に達すると能力が開花すると言われるこの世界において、自分に聖女の力が覚醒してしまったら、そしてそれが誰かに知られてしまったら。

王都にある大教会に連れて行かれ、聖女としての務めを全うしなければならない。そしてそれは王族との婚姻をも意味していた。




 だけど、マーガレットには大好きな男の子がいる。6年間思い続けた初恋の人だ。

 両親が流行病で亡くなって、この蒼き教会に6歳の時に引き取られた。教会には同じような境遇の孤児がたくさんいて、司祭様やシスターたちが面倒を見てくれた。


 司祭様のそばにはマーガレットより6歳上の男の子がいつも付いていて、噂によると何処かの偉いうちの子だったらしい。

だけど、偉そうにするでもなく、子供たちの面倒をよく見てくれたし、勉強も平民の孤児達に根気よく教えてくれた。自由時間には小さい子には優しく、同じ年頃の子供たちの間ではやんちゃな兄貴分のように振る舞い、いつしか誰もがその男の子、エドのことを高貴な子だったなんて忘れていた。






******





「マーガレット、また1人で抜け出して、こんなところにいたの?」




 幼いマーガレットが教会を抜け出し1人で森にかくれていると、必ずエドがマーガレットを見つけた。


「どこに隠れていてもエドは私のことを見つけちゃうのね」


「マーガレットは1人で泣くからね、心配なんだよ」


「もう泣かないよ。だってエドがそばにいてくれるってもうわかってるもん」




 エドはマーガレットが両親のことを思い出し1人泣いていると必ずやってきて慰めてくれた。優しいエドのことだからマーガレットだけじゃなく、みんなにこうやって接してくれているのだとは思ってはいる。みんなのお兄ちゃんだし、大勢でいる時は誰彼なく公平に接する。だけどマーガレットが1人きりでいるときは必ずエドは来てくれた。

 幼い頃は抱き締めて背中をさすってくれた。ぼさぼさの頭を優しく撫でてもくれた。マーガレットが少し大きくなってからは、何も言わずに手を握ってくれたし、もっと大きくなってからは、泣き止むまでそばに居続けてくれた。淡い初恋が芽生えてしまうのは当然のことだろう。


 ほのかな恋心を満足させるため、自由時間にお花を摘んではエドの部屋の窓辺に飾るのが、マーガレットの日常だった。エドも喜んでくれたし、いつしかエドの部屋の壁はマーガレットからのお花でいっぱいになった。

エドがマーガレットからのお花を全てドライフラワーや押し花にして飾ったからだ。


 そして、個室持ちではないマーガレットの大部屋のベッドの横にもドライフラワーが幾つか飾ってある。

 マーガレットの誕生日、エドは毎年、野原で摘んで作った花冠をプレゼントした。マーガレットだけにずっと。



「俺もお花ぐらいしかあげられるものがなくて、ごめんね」


「エドがくれるものは何だって嬉しいよ。お花は大好きだし。それにエドが一緒にいてくれて、誕生日をお祝いしてくれるだけで、すごく嬉しい」



 ちなみにエドの誕生日はというと。

エドが司祭様と年に二度、ひと月ほど王都の大教会に行かれる時期と重なっていて、マーガレットがエドをお祝いする事は叶わなかった。



 去年の11歳の誕生日もエドは花冠を作ってくれて、マーガレットの頭に載せてながら「おめでとう」と祝ってくれた。

少しずつ大人になってる私はちょっと恥ずかしかったけれど、でも嬉しい気持ちがいっぱいで「来年も花冠作ってくれると嬉しいな」って伝えた。

エドは笑って「良いよ、俺の可愛いお姫様」って言うから、ますます恥ずかしくなって照れたんだった。





 なのに。


 一年前の幸せな誕生日が夢の様に感じる。

 私は王都に連れて行かれて、もう二度と、エドに会うことは叶わないだろう。

今こうして隠れていても、いずれ見つかり、能力を判定する水晶に触れてしまえば私が聖女であることなんて一目瞭然だ。



 エドと離れたくない。ずっとずっとそばにいたいのに。



 ここは国の西の果て、まさかこんな辺鄙な土地に聖女が生まれるとは思わなかった。ましてや自分が聖女だなんて少しも疑っていなかったし、思いもしなかった。だけど、万が一聖女だったらエドと離れ離れになっちゃうとふと思いつき、そう思ったら夜も眠れず、月の明かりを頼りに森へと入ったのだ。



「これからどうしよう」



 輝きは落ち着いてきたが、今度は来たる未来を想像して恐怖に震えてくる。

こんな時に思い出すのはやっぱり優しいエドのことばかり。


 出会った頃のエドは絵本から王子様が出てきたんじゃないかと思うくらい眩しかった。貴族の血が流れていると噂で聞いて、自分とはあまりに違いすぎると思ったけれど、だけど、エドは誰とも分け隔てなく接してくれる素敵な人だった。 

みんなから慕われていて、だけどそのくせいたずらっ子で。男の子達を従えては戦いごっこをしたり、森に入っては獣を取ってきてみんなの夕食にとお肉を振る舞ったり。

 そして最近のエドは18歳、落ち着いた様子と逞しくなった体、司祭様の右腕としての教養と知識。

絵本の王子様どころか、国中で流行っている恋愛小説のヒーローみたいだった。



 そんなエドもマーガレットを好ましく思っているのは誰の目から見ても明らかだった。

幼いころ泣き腫らした目のマーガレットと仲良く手を繋いで教会に戻ってくるのはいつものことだったし、たまの自由時間はいつもマーガレットのそばにいて、マーガレットのおしゃべりをにこにこ笑顔でうなづいていて聞いているのが日常の風景だった。今はまだ恋だ愛だというには幼い感情の二人だが、 孤児が院を退去する16歳にマーガレットが成長した時、エドは22歳になる。淡い初恋を育て実らせ、婚姻を結ぶには程よい時間になっただろう。



「エド、エド…」


 名前を口にしたら、途端に涙が溢れて来た。泣いたって解決しないのはわかっている。だけどーーーーー






 がさり、と音がした。

震える体を両腕で抱き締めていたマーガレットは、恐る恐る音のする方に顔を向けた。そこにはエドが立っていて、安心したような表情でマーガレットのことを見つめていた。



「みつかって良かった」

「エド、わたし、わたしね、」


「今日はマーガレットの12歳の誕生日だろう。朝1番に渡そうと思って、これ」



 そう言ってエドが差し出したのは、花冠。

にこりと微笑みながら、マーガレットの頭に載せてくれた。



「誕生日おめでとう。俺、マーガレットとともに一生を過ごしたい。マーガレットが、どんな力を目覚めさせてもずっとそばにいるよ」



 その言葉を聞いて、マーガレットはさらに涙が溢れ出てきた。



「私もエドとずっと一緒にいたい。エドのそばで大人になって、エドと美味しいものを食べて、エドとたくさんおしゃべりしたいの。それが私の幸せなの」


「ああ、俺もだよ。マーガレットの幸せが俺の幸せだ」



 エドはそう言って、マーガレットの額に優しく唇を落とした。



「出会った頃からマーガレットは、いつも1人で泣いていたよね。でも、俺を頼って欲しい」


「......泣いていても、途中でエドがきっと迎えに来てくれるって気づいて、そうしたら私、元気になれたの。私にはエドがいるって思えたから、涙は止まったの。なのに、今日は...」


「12歳の誕生日だろ。教会に戻って、みんなからお祝いしてもらおう。今晩は、絶対凄いご馳走だよ。マーガレットの好きなものばかり並ぶだろうし、他の子達も喜ぶだろうな」



 エドはマーガレットの手を握り、もう片方の手で涙を掬った。にこりと優しく幸せそうに微笑まれてはマーガレットはもう何も言えなくなった。


 教会に戻ると何やら物々しい雰囲気に包まれていたが、2人の姿を見ると途端にみんながほっとしたような表情を浮かべた。マーガレットは自分のベッドに行き、頭に載せていた花冠をベッドの上に置き眺めた。ベッドの周りに飾ってあるドライフラワーにも一つ一つ慈しむように触れる。



(エドと離れたくは無い。結婚するならエドがいい。でも聖女だとバレたなら、この国のために王子様と結婚しなくちゃならない。じゃないと、みんなが、この国が不幸になっちゃうんだよね)



 だからこそ!



 マーガレットは心を決めた。

6年間過ごしたこの教会、どの時間帯どの場所に、誰がどこで仕事をこなしているかなんてわからないはずがない。司祭様とともに動くエドが、私を探しに来られない時間ももちろんわかっている。それに今日はなんだかいつもより慌ただしい。私が今朝、教会を抜け出したことできっと、いろいろな見直しがなされているのだろう。小さい子達にとって自分は悪い見本になってしまったと息を吐いた。

マーガレットは申し訳ない気持ちになる。だってこれから再び教会を抜け出すのだ。



「そして今度は絶対に帰らない」



 固く決意した。



 エドがいつも通り司祭様と教会の奥に行ったのをこっそりと見届けて、マーガレットはすぐに行動に移した。教会のうらの森を抜ければ隣国との国境の岩だらけの山。そこには「嘆きの谷」と呼ばれる深い谷があって、落ちたら絶対に助からないと言われていた。マーガレットは、ひたすらにその谷を目指した。自分に出来る事はこの国のために祈り、そして、命を絶つことだけ。自分が世界から消えれば、新しい聖女が生まれてくると盲目的に信じた。


 森を抜けて、岩場だらけの道なき道を行く。ひたすら西に向かえば、目指す谷はあるはずだ。だけど、マーガレットの目に映ったのは深い谷でもなく、絶望に打ちひしがれた目をしたエドだった。




「エド、どうして?」


「それはこっちのセリフだよ。今日はマーガレットを祝うため、教会でみんなが準備をしているよ。.....それに...俺と.....ずっと一緒にいたいって言ったのは、嘘だったの?」


「嘘じゃないっ!本当だよ。エド以外と結婚したくないの。だから、こうするしかないの」


「...マーガレットは、俺と結婚したいの?」


「もちろん!エド以外考えられないっ。だから、」


「なら、大丈夫だよ。マーガレットが望んでくれるなら、俺はキミを守るよ」



 エドは右手をマーガレット前に差し出した。淡く光ったかと思うと手のひらの上には花がデザインされた、綺麗な宝石が散りばめられた輝くティアラ。



「水晶の鑑定の後、然るべき手順と聖冠の儀式においてマーガレットに贈る予定だったのだけれど。

マーガレットはもう蒼き教会では過ごせないから、このまま連れて行くね」


「連れて行くってどこへ?」



 マーガレットの頭上にティアラを掲げ、恭しくポーズをとる。



「マーガレットは、わたくしの生きる希望。君のいない人生は考えられない。

マーガレットが成人するまであと4年ある。それまで、わたくしの婚約者として城で過ごしてもらうよ」


「し、城って?」



 大きく目を見開くマーガレットの頭にティアラを載せて、エドは優しく微笑む。



「この日を6年間、ずっと待っていたよ。わたくしの可愛いお姫様であり、聖女様」




 エドはマーガレットの頬にそっと口づけると優しく抱え、一瞬にして城まで転移したのは言うまでもない。







******






 遡ること6年前。


 エド、正しい名はエドワードという。

この国の王子である彼が12歳を迎えたその日、見たものは



 陰ながら見守ってきた愛しい少女が、王子を拒む未来。



 西の果てに住む少女が蒼き教会にて育ち、聖女として覚醒するも、王族に嫁ぐことを望まずーーー。




 ならばと、エドワードは王子の身分を捨て教会に神の僕として降ることを望んだ。

だが、父である国王陛下はそれを許さず、最低限の王子としての努めをすることを条件に、司教として蒼き教会へと遣わした。もちろん蒼き教会の司祭やシスター達は、事情を把握していたが、エドワードの見た未来を変えるべく、王子であることも、その素振りすら見せないように努めた。




 教会に向かうとマーガレットが孤児としてすぐにやって来た。ひと目で、自分の運命の少女だとわかったエドワードは、彼女の両親や病で助けられなかった国民に幼い胸を痛めたが、その分ひたすらにマーガレットを慈しみ、また国の最果てまでに及ぶ医療改革に着手した。

 日に日に可憐に育つマーガレットは、周りからも可愛がられ愛され、そのことで多少ヤキモキもしたが、邪な眼でマーガレットを見ていた男どもには戦いごっこと称して指導をしたし、その中で戦闘の資質のあった子達を見出しては、王都の騎士学校へ推薦という名の追い出しもできた。




「マーガレットの誕生日の朝、森で気配がした時は、未来予知の通り、拒まれるのかと思ったけれど。

ずっと一緒にいたいと言ってくれて、ああ、これで未来は変わったんだと安心したのに。

まさか嘆きの谷に向かうなんて思いもよらなかったな」



 だがその全てはエドワードを好き故の行動とわかって、ようやく未来予知を受け止めることができたのだった。



 マーガレットも、エドがこの国の王子であることを理解し、王子と婚姻を結ぶべく、妃教育を受けることになった。と言っても、エドに大切にされ、それに応える日々なだけの現在。聖女は愛し愛されることがこの国を幸福に導くらしいと、大教会で聖女教育中。

 合間には王城の庭に咲く花々を二人で眺めるのが日課となっている。

互いに花を贈り合う事は辞めた。マーガレットの頭上にはティアラが輝いていたし、エドワードの部屋には蒼き教会から運んだドライフラワーがところ狭しと飾られていた。

それよりも何よりもエドワードが「私の花はマーガレットだけだ」と公言してやまないからだ。









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