3話 都合の良い話
ユリアーネに賞金を掛けられた原因は、単純に謹慎と言われていたのに、脱走したからである。皇太子アンゼルムが掛けたのだ。
かと言って、謹慎したままだとろくな目に遭わないのは明白。後にも先にも詰んでいる。
ちなみに、借金の事を騎士団に相談出来なかった理由は、賞金首だったから、なのだが、それはリーヴェスには伝えられない話である。
(愛人にするって事は、私が賞金首……というのは気付かれていない、という事よね?)
借金もなんとかしてもらったし、とユリアーネはほんの少しだけホッと一安心する。
考え事に気を取られて、とある部屋の扉の前で振り向いたリーヴェスに気付かず、思いっきり背中にぶつかった。
「わっ、ぶ……す、すみませ……」
謝りながら慌てて離れようとするユリアーネだったが、それよりもリーヴェスが腰に手を回す方が先だった。ガッチリと掴まれて、逆に引き寄せられる。そして、額同士をくっ付けて至近距離で目線を合わせた。
「随分と積極的だね?」
「ち、ちが……っ!」
首を横に振って否定するユリアーネだったが、リーヴェスは更にゆるりと笑みを深めた。
随分と鮮やかな手付き。止める間もなかった。
元婚約者のアンゼルムにすら手を出された事がないユリアーネでも分かる。
(この人、手慣れている……!)
容姿ですら整っている上に、第一王子。皇太子の婚約者をやっていて思ってはいたが、アンゼルムも地位と顔だけは良かったので非常にモテた。
愛人を作れる位には。
本当にわざわざお金を払ってユリアーネを愛人にしなくとも、他に候補はいたのではないかと思う。何度も言うようだが、派手な容姿をしているし。
ユリアーネの腰に手を回したまま、リーヴェスは部屋の扉を開ける。
「ここが今日から君の部屋だよ。家具は客間から移動させてきた間に合わせの品でごめんね。今度職人を呼んで新しく作らせようね」
「え……、充分過ぎるのでは……」
流石、王太子が住んでいる所だ。元公爵令嬢から見ても、調度品は高級だという事は分かる。
エスコートされるがままにソファーに座ると、使用人が大量のラッピングされた箱を運んで来て、目の前に並べた。テーブルに入り切らない分は床にまで置いてある。リーヴェスはそのうちの1つ、小さな小箱を手に取る。
「君がどんな物が好きなのか分からなくて、今日は家具と一緒で間に合わせになってしまうのだけれど……」
シュルシュルとリボンを解き、箱を開けた。大ぶりの宝石が付いたイヤリングが中に入っている。
「急ぎだったから、取り敢えず既製品を用意させたんだ。趣味に合わなかったらごめんね。近いうちに宝石商と仕立て屋も呼ぼうね」
流れるように小箱を手渡される。ユリアーネは手元の装飾品を見ながら、指先が震えた。
(こ、これ一つで、さっきの私の借金を返しても余るくらいなのではないかしら……?!)
固まるユリアーネにリーヴェスは手を伸ばす。ユリアーネの肩まである髪を耳にかけた。
「君の紫色の瞳が綺麗だから、紫色の宝石でアクセサリーを作るのも良いね」
ユリアーネの髪を弄びながら、リーヴェスはニコリと微笑む。こっちも既製品だけど……と言いつつも、リーヴェスはドレスを箱から出してくる。
(公爵家でも、こんな良い品貰えなかったのに……。こんなに高待遇……)
公爵家でも良い暮らしをさせてもらっていた、と思ってはいたのだが、それ以上の待遇。ユリアーネは口元に手を当てた。
勝手に借金の連帯保証人にされたまでは、不幸な話である。
しかし、いきなり第一王子が現れて、借金を完済し、借金よりも高価なプレゼントを渡される。
あまりにも都合の良い話である。
「まさかこれって後で請求されるんじゃ……?!」
「そんなケチな事しないからね」
ハッと思い当たったユリアーネに、リーヴェスは即座に反応した。
「請求なんてしないよ。これは経費だよ」と続けられたが、それはそれで何とも言えない気分になる。つまりは借り物的な解釈で良いのだろうか。
ユリアーネはそっと手に持っていたアクセサリーの小箱を机の上に置いた。元々物の扱いが雑な訳では無い。だが、高価すぎて怖いのだ。汚したり壊さないように気を付けなければ。
経費とは言っているものの、ユリアーネに初期投資はしてくれるらしい。しかも莫大な金額。
やはり都合の良い話である。
平民の母親が公爵を射止めて妾になったものの、ユリアーネ自身は母親よりも容姿では劣る。一目惚れされる見た目でもないし、アンゼルムは見向きもしなかった程だ。
(も、もしかして……、人には言えないような性癖を持っているのかしら……?お妾さんってそういう役割って役人が言ってたわ……)
社交界の闇である。もっとも、ユリアーネは地獄耳で聞いていただけだが。
「なんかろくでもない事を考えてそうだけど」
「そうでしょうか?」
察しの良いリーヴェスに、ユリアーネは若干引きながら笑みを作った。
納得だ。こんなに顔も地位も財も持っている男が、わざわざ愛人を探してお金で買う理由。
つまり、とんでもなくヤバい性癖を持っていて、それを表沙汰にすると不味い、といった所ではないだろうか。
契約書までサインさせて、逃げられないと宣言までされているのだ。そこまでガチガチにユリアーネの逃げ道を塞ぐ必要があるという事。
(私には……荷が重すぎるのでは?)
男女関係の云々に至っては、雛鳥どころか卵レベルのユリアーネである。ご満足頂けるような技術等ない。まずプロである娼婦ですら、リーヴェスのお眼鏡にかなっていないのだ。よっぽど、大変な趣味をお持ちだと考えた方が良い。
(だけど、私が賞金首という事さえバレなければ、隣国も王子の愛人の私に手を出せないだろうし、逃げ回る心配もない……)
痛いのは嫌だが、死ぬよりはマシである。ユリアーネも覚悟しなければならない。どの道、逃げられそうにないのだから。
「そうそう。君を買った理由だけど、」
タイミングが良いのか悪いのか、リーヴェスが軽い調子で口を開く。ユリアーネは無意識に体に力が入った。
(待って、まだ聞く覚悟が……!)
「痛いのだけはやめて頂けると……!」
「俺、実は婚約者いるんだよね」
被った言葉が理解出来ずに、一瞬静寂が訪れた。
「えっ」
「え」
ちなみに作者は固定カプ厨過激派です。