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大妖怪スイーツたべたい  作者: 氏原ソウ
第1話「ノー・スイーツ・ノーライフ」
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05.鬼だ

 さっきまで二人がいた、広い道路沿いのコンビニの辺りと比べれば、集落のほうは民家が多く、それなりに人通りもあるようだった。


 二人はこの土地に来た最初の日にも、この辺りを見て回ったが、その時は人里に興味などなく、すぐ山の中に入り静かに暮らしていた。

 ろくなネット環境もない川沿いの洞窟はリンにとって心地良いものでは無かったが、これも慣れてしまえば大した問題ではなかった。

 そうして、のんびりと自然の中で暮らしているうちにーー

「なんか最近……力、弱くなってない? 私たち」

「えー? まだ大丈夫だろ。ほら、京都で買ってきたお菓子もまだ残ってる」

「まあ。それなら別にいいけど……」

そうは言っても、ずっと同じスイーツばかり食べていると飽きが来るし、だんだん回復する力の量も減ってくる。

それでも、本当に危なくなったらすぐに街まで飛んでいけば良いと思って、気を抜いていたらこの始末だ。


「まったく……シキちゃんは、うっかりしすぎ。知能が犬」

「うるせーな。私はリンまで呪いのこと考えてなかったのが驚きだよ。覚えて無かったの?」

「私は……ちょっと」

「知ってるぞー。最近、ネットで配信してるアイドルをずっと追いかけてるだろ」

「推しが増え過ぎて……アーカイブを全部チェックしてたら、つい」

「……バカじゃん」

 長く連れ添った者同士、軽口を叩きあいながらも、二人の体力はだんだんと弱まってきていた。人ならざる力を持った妖怪とはいえ、スイーツの無い今の二人は、力を温存している限り、普通の人間と大した違いもない。

今のままでもそれなりに力はあるし、生きているだけなら何日かは生きていられるが、このままでは、少し余計な力を発揮すれば命に関わる。何より、お菓子が切れてしまうと、身体が飢えて胸が苦しくなってくる。この中毒症状のほうが困りものだ。べつに、死ぬのが怖いとも思ってはいないが、生きている以上、苦しみは耐えがたい。



 妖怪。

 古来より日本の各地に伝説として残る異形のものたち。

 人とともに生き、時には守り、時には無慈悲に殺して見せた化け物。

 彼らの多くは、人間の社会が豊かになっていくにつれ、力ある者に退治されてしまうか、自ら役目を終えたことを認め、闇へと消えていった。

 神秘を必要としなくなった人間たちにとっては、霊魂も信仰も邪魔なものでしかなかったのだ。

 今では、自分たちのほかにどれくらいの妖怪がこの国で暮らしているか、二人にも分かったものではない。

 そう簡単に死ねないというのも、時代が下れば寂しいものだ。……まあ、いま死にかけてる真っ最中の奴が思う事ではないが。


「私はもういいや。これ以上食べてると、本当に吐きそう」

ベンチに置いたビニール袋に詰まった、大量のお菓子を眺めながらシキは言った。

「いい加減慣れなよ、シキちゃん……相変わらず、甘いものは嫌い?」

「嫌いだね。だいたい、この私がどうして人間ごときと同じものなんか食べなきゃいけないんだ。本当なら、今ごろ欲なんて断ち切って悟りを開いてるはずだったのに。呪いのせいで、私はいまだに欲望まみれだ」

「シキちゃんは、呪いなんてなくても欲望まみれだよ」

「なんだとー」

 二人はまた軽口を叩き合いながら、近くの町のほうへ向かうと、いちばん人通りの多い場所を道なりに歩いてみる。

 周辺には小さなスーパーマーケットに八百屋、魚屋と警察の出張所。

 それから、常連客が店員と気さくに話をしている喫茶店がひとつ……ここは酒も出しているようだが、甘味の類は無さそうだ。

「……なぁ、この辺のお店って、これだけしかないの?」

「そうみたい」

 街には住民が少ないわけでも無かったが、みな自家用車を所有していて、休日はたいてい都市部へ出かけてしまうので、店は多くなかった。

 仕方なく、二人は通りを外れ、住宅がぽつぽつと並ぶほうへと歩いていく事にした。

 だんだんとあたりは静かになり、大きな一軒家が時おり見えるだけになった。

 二人がずっと住み着いていた山の頂が、どこまでも続く畑の奥に見える。

 あとは本当に何もない。

「……どうするの、シキちゃん。やっぱり引き返す?」

「引き返してどうする。さっきのスーパーに戻って、安いスナック菓子でも買うっての? それなりの逸品でもなきゃ、私たちの力は簡単には戻らないよ」

「最悪、街の人に頼んで車でも出してもらえば」

「癪だけど、まぁそれも悪くないかぁ……

 いや、でもやっぱり癪だわ。さすがに人の子に施しを受けるとか、ちょっとどうなのよ私ら的に……もっとこう、人に畏れられる存在としてさあ」

 シキはブツブツと言いながら、自分の命とプライドを天秤にかけ始める。

 そうして考え込みながら歩いていたので、リンが何かに気付いてその場に立ち止まったことにも、しばらくは気付かなかった。

「……なあ、リンちゃん。私の話聞いてるー?」

 振り返ると、リンはずいぶん後ろのほうで、何やら古びた民家の、寂れた木製の門戸を眺めていた。

「どうしたの?」

「……見つけた」

 リンのもとまで引き返してきたシキが、彼女の目線の先を見やる。

 だいぶ掠れた筆跡だが、表札の下に置かれた木板の文字は読み取れた。

 ーー大山の伝統和菓子 カフェスペースあります。

「……私たち、本当に運が良いな」

 二人はゆっくり顔を見合わせると、歯を見せて微笑んだ。



 門戸はだいぶ古びていたが、軒先は掃除の手が入っていて、人の気配があった。

 垣根の向こうの敷地は飛び石の連なる庭になっていて、その奥に大きな玄関がある。

 そこは茶屋というよりかは普通の民家で、恐らく客も滅多に来ないようなところなのだろう、趣味半分の古民家カフェといったおもむきなのだろうとシキは思った。

 シキが玄関のほうで声をかけようとする直前、家の中から飛び出してきた、小さな人影とぶつかった。短い、悲鳴とも取れる声があたりに響く。

「えっ? 誰……?」

 鉢合わせたのは、よく言えば素朴というか、いかにも田舎らしい普通の格好をした女の子だった。きっとこの家の子供だろう。

 首には紐で結んだ布の財布を下げていて、半袖のTシャツにハーフパンツという格好から見て、お昼ご飯の買い物といった感じがした。

 考えてみれば、ちょうどお昼時だったのを思い出す。

「……あの、うちに何か?」

 少女は少し不安そうに、まずはシキのことを、それから、遅れて後ろを歩いて来たリンのことを観察した。

 シキは、身長の高い自分が彼女を怖がらせてしまっているのにすぐ気が付いて、その場に屈むと女の子に話しかける。

「あー、急にごめんよ。今日はお店は開けてるのかな」

「お店?」

 女の子はよく分からないといった感じで少しそのまま考えていたが、ようやく何か理解したように口を開いた。

「もしかして、おじいちゃんのお店ですか? おもての看板の……」

 その反応で、なんとなく二人は察しがついた。

(たぶんこの店、もう何年も開けてないな)


 女の子は最初、二人のことを怪しんではいたものの、合点がいったようで二人を中に通してくれた。

「何年か前まで……私が小さな頃だったけど、たまにお客さんも来てて、雑誌とかで紹介してもらったりして。米子とか、松江のほうからもけっこう人が来てたんですよ。

 ネットとかでもわりと話題になってて、遠くから旅行に来た人も、写真とか撮っていってくれて。

 その時は、私もお手伝いして、お茶とか入れたりしてたんです」

 家に入ってすぐの応接間と台所は大きく開かれて、喫茶店のようにテーブルがいくつか置かれていた。旅行客向けの店として趣のある内装、と言えるかもしれない。

 壁の黒板には、雑誌の記事の切り抜きや、テレビの画面をプリントした写真用紙とともに、チョークで品書きがされていた。


「急に来ちゃったのに、ありがとね。お店はもう、やってないんじゃなかったの?」

「はい、去年の終わりに」

 慣れた手つきでポットの麦茶を入れながら、女の子は話をしてくれる。

 普段着の上に、いつも使っているものだろう、〈若菜〉と名前の書かれたエプロンを着ている。

「でも、おじいちゃんのお菓子が食べたくて、わざわざこんな所まで来てくれたんですもんね。せっかくですから……」

 それで二人とも、どうしてこの子が親切にしてくれるのか、何となく理解した。

 私たちを、古いネットの記事か何かを見てここまで来た観光客だと思ってるわけだ。

 今さら、たまたま通りがかっただけだと訂正するより、話を合わせておいたほうが得だ。

「あー、どうしてもここのお菓子が食べてみたくてー。もうお店が閉まってるなんて知らせも無かったしぃー」

 こういう時に悪知恵の働くのがシキだというのを知っているリンは、黙ってはいたものの、

(鬼だ)

 と内心思った。人の弱みに付け込むことに何の躊躇いもない……

 もっとも、シキは妖怪であるが、種族で言うと鬼ではない。

 それに、飢えているのはリンも同じだった。

(でも、これで運良くおじいさんを呼んでもらって、ひとつお菓子を作らせれば、ひとまず死にはしない)

 とにかく、なんとかしてこのお店のお菓子を食べたい。

 二人の気持ちはひとつだった。こういう時だけ気が合うのが、私たちのしょうもないところだ。リンは自覚している。

 シキの言葉を聞いて、若菜という女の子は申し訳なさそうな顔で答えた。

「本当は、今からおじいちゃんを呼んでお菓子を作ってもらいたいくらいなんですけど……今はちょっと、大変で」

「どうして……?」

 今度は、リンが続きを促す。

「もともと、体力が落ちてきたからお店は辞めちゃったんですけど、それでも趣味でお菓子を作ったり、私と一緒に料理をしたりは、してたんです。でも、ここ2週間はどんどん体が悪くなってきてて。これは、うちのおじいちゃんだけの話じゃないんですけど……」

 若菜はそう言ってから少しの間、何も言わずに黙っていた。

「とにかく、それでおじいちゃんは、最近はずっと寝たきりなんです。本当に、ごめんなさい……」

 そうして、深く頭を下げた。

 さすがに、これにはシキも申し訳なくなった。立ち上がると、若菜のことを撫でて、なんとか慰めようとしてやる。

「ごめんね。そんな大変な時に……そういうことなら、私たちも何も言わないよ。

 あー……そうだ、お菓子、食べる? これ、全部あげるからさ」

 そう言って、先ほどコンビニで山ほど買ったお菓子を持たせてやる。

「いいです……もうお昼ですし……ご飯買いに行かなきゃ……」

 シキは若菜のことを抱いて宥めようとするが、うまく行かずにリンのほうを見る。

 リンは、シキの助けを求める視線には気付かず、しばらく、部屋の周囲を見回していた。

 それから、何か思いついたように立ち上がると、若菜に近づく。

「若菜ちゃん……お昼、なに食べるの?」

「ふぇ……? 何も考えてません、けど……」

「そう……それじゃあ、待ってて。

 私が買ってくるから。……お話、聞かせてくれたお礼」

 それだけ言うと、リンはリュックを背負い、小走りに外に出て行ってしまった。

 あとには、なかなか泣き止まない子供と、シキだけが残された。

(……リンのやつ、逃げやがった!!)

 リンの奴はマジで鬼だ。

 シキは若菜の背中を撫でながら思った。


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