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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
9/16

第二幕 その3


カーテンの陰に人影。

卑弥呼「誰ですか」

のそっと坂本が出てくる。

卑弥呼「どこから入ってきたのですか」

坂本「玄関から。いえ、玄関が開いていたもので。物騒ですよ、山形の家は。寝る時は、鍵くらいかけましょうよ。防犯のためですよ」

卑弥呼「こんな夜中にどなたですか。強盗ですか」

坂本「怪しいものじゃありません。いえ、こんな夜中に他人の家に入ってきたのですから、怪しいことは怪しいでしょうけれど。強盗などという乱暴者ではありません。本当です」

卑弥呼「お金が欲しいならわたしの持っているお金を全部あげましょう。足りないならば後日取りに来てください。もしわたしをおかしたいなら、すぐにおかして出て行ってください。両方とも欲しいなら、まず私から。さあどうぞ。さあ、遠慮することはありませんよ」

坂本「ちょっと、ちょっと。そんな嬉しいことを。いや、いや。清楚なくせに、なんて積極的で大胆なんだ。俺の方が侵入者なのに、どうして向こうから攻められなくっちゃいけないんだ。何か悪いことをしたかな。上がり込んだんだから、悪いことしているか」

卑弥呼「ぶつぶつ言ってないで、早く決めてもらえませんか。やるのですか、やらないのですか」

坂本「やりたいのは、いえ、したい、いえ、させていただきたいのはやまやまなのですが、そうかと言って、わたしは強姦魔ではありません。やりたいですけど強姦魔じゃありません」

卑弥呼「それならどなたなんですか。もしかして、村上さんのお知り合いの方なんですか」

坂本「村上さんって、誰です」

卑弥呼「この家の主です」

坂本「あなただってこの家の人じゃないんですか。その坂本さんのお嬢さんじゃないんですか。するとあなたも・・・」

卑弥呼「わたしは村上さんとは昔馴染みです。で、あなたは誰なんですか? 強盗でも、強姦魔でもないんですか。あとはお坊さん?」

坂本「どうして唐突にお坊さんになるんですか。それは飛躍のし過ぎじゃないですか」

卑弥呼「お盆ですから」

坂本「いえ、そうじゃなくて。怪しいものではないんですが・・・、やっぱり怪しいよな。実はぼくも自分が誰だかわからないんですよ。わかることはみんなに追いかけられているということだけです。追いかけられているから、ぼくは逃げ回っているのです」

卑弥呼「逃げているから、追いかけられているんじゃないの」

坂本「追いかけられているから、逃げているのです。当事者にならないとわからないかな」

卑弥呼「確かに、追いかけられたら逃げますね。映画でも追いかけられたら、理由もなく捕まらないように逃げていますね。なるほど、これは阿吽の呼吸というものですね」

坂本「そんなところで納得しないでください」

卑弥呼「追いかける側にも何か理由があるはずです。ただあなたとかけっこをしたいからではないでしょう。何か悪いことをしたのですか」

坂本「いえ、心当たりは何もないのですが、追っかけられているところをみると何かしたのかもしれませんね」

卑弥呼「何を他人事のようなことを言っているのですか。とりあえずとまって、追っかけている人たちに理由を聞いてみてはどうでしょうか」

坂本「私もそう思うのですが、追っかけている人の形相がみんな鬼のようなのです。立ち止まったら、すぐにみんなから殴る蹴るのリンチを受けそうなのです。ガソリンをかけられて燃やされるかもしれません。かれらの怒りの形相は、それだけでぼくを逃走に駆り立てるのです」

卑弥呼「いったいあなたは何者なのですか。そんなに極悪犯人のような顔には見えませんが」

坂本「記憶がないんですよ。自分の名前すら思い出せないんですよ」

卑弥呼「記憶喪失なんですか。でも、追いかけられているところを見ると、おそらくろくでもないことをしたんでしょう」

坂本「そうなんですよ。もしかしたら、強姦魔だったのかもしれません。もしそうなら、やっぱりここでやっちゃわないといけませんね」

卑弥呼「さあ、どうぞ」

坂本「そんな涼しい顔して、挑発しないでくださいよ。だんだんその気になってきたじゃありませんか」

卑弥呼「ですから、どうぞ」

坂本「それじゃ。いや、そうじゃないったら。恐ろしい女性だ。自分がもし悪人だったらと、そう思うだけでぼくは怖いのですよ。でも、自分が誰なのかも知りたいですしね。いったい私は誰なんでしょうね」

卑弥呼「もう勝手にしてください。これ以上あなたみたいな軟弱な人と付き合っているわけにはいきません。今夜の私は気がたっているのです」

坂本「こんな夜中に、もうすぐ夜が明けますね。夜中に怒ってはいけません。やすらかに布団の中で眠って、ウサギが飛ぶ夢を見るのです」

卑弥呼「あんた、頭おかしいんじゃないの。ウサギが空を飛んだら幸せなの。耳でばたばた飛ぶの。どんな耳をしているのよ。私の頭もおかしくなりそう。

 もう私は寝ます。私をおかしたくなったら、勝手にどうぞ。断らなくていいですから。お金はバッグの中にありますから、必要なだけ、全額でいいです。いずれにしても、私の目が覚めた時には家を出て行ってくださいね。わたしはあなたを追いかけたりしませんし、誰にも通報したりしませんから」

坂本「なんて冷めているんだ。おお、美しきアイスドール。ぼくを見捨てないでおくれ。では、知っていることをお話しましょう。ぼくは坂本龍馬、いや岡田以蔵です。どっちがどっちかわかりませんが、ぼくは二つの名前を持っているようです。体は坂本さんのもので、精神は岡田さんという人のもののようです。寝ないでください。嘘じゃないんだから。いえ、ぼくだってよくわからないんですよ。いつから追いかけられているのか記憶がないのですが、気が付いたら追いかけられていたので、どこか空き家に逃げ込もうとして空き家を物色していたら、ある家の中をのぞくとぼくがテレビのワイドショーに登場しているんですよ。ぼくはびっくりしました。ワイドショーによると、ぼくはすでにあの世に行っていて、そのぼくというのが岡田以蔵さんという人です。自分のことをさんづけするのもおかしいですがお許しくださいね。この人は強姦魔であり殺人犯というとてつもなく悪い人らしいんですけど、この人がこの世の坂本龍馬さんという、この体の人ですね、この人の体を乗っ取って生まれ変わったそうなんですよ。どうもいま喋っているこのぼくという意識は岡田さんらしいんですが、ぼくはやっぱり強姦魔なんですかね」

卑弥呼「はい、どうぞ」

坂本「勘弁してくださいよ。そんなに挑発されると強姦魔でなくても、男なら誰だってやりたくなりますよ。いや、そうじゃなくて、ぼくが岡田さんなら坂本さんにきちんと体を返してあの世に帰りたいんですよ」

卑弥呼「あなたは本当にあの世から抜け出してきたのですか。黄泉二号から脱出してきたのですか」

坂本「テレビではそう言っています。それにこのお盆にどの家庭に帰ったきた死者もそう言っていますから、間違いないんでしょう」

卑弥呼「あの世に戻りたいならば、捕まりゃいいでしょう。再び死ねばあの世に帰れるんじゃありませんか」

坂本「それがワイドショーだと、ぼくは捕まったら黄泉二号に戻れずに、ぼくは無に帰すらしいのです。そりゃ重罪人ですものね。でも、あの世から消滅したくないんですよ。あの世におとなしく帰って、黄泉二号の中で永遠に生き続けたいのですよ。それにわたしがのっとったこの坂本さんの肉体も消され、わたしのせいで過去の記憶もなくなってしまったので、坂本さんは黄泉二号に入れないそうなのですよ。わたしのせいです。わたしはいいですよ、ですが坂本さんが不憫で、不憫で、捕まるわけにはいかないんですよ」

(つづく)


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