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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
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第二幕 その2


卑弥呼登場。

トラ「もう3時じゃない。ごめんなさい。16日の午前2時から夜明けまでしか死者とは会えないのに3時になっちゃったわね。4時過ぎには夜が明けるからあと1時間しかないわね。本当にごめんなさいね。だって、大事件が発生したのよ。あの世の凶悪犯がこの世の人間の体を借りて生き返ったんだって。ひみこちゃんもくれぐれも気を付けてね。それじゃ、これがご両親の位牌よ。ああそうよね。やはり15年ぶりだから親子水入らずよね。わたしたち隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでね。ご両親には庄助とトラがよろしく、と伝えておいてね」

庄助とトラが出ていく。卑弥呼だけになる。卑弥呼は位牌のスイッチを入れる。

両親が登場。

父「ひみこ、久しぶりだね。大きくなったね」

母「ひみこちゃん立派になって。15年ぶりなんだね。大変だっただろうね」

父「お父さんもお母さんもいつもおまえのことを心配していたんだよ。この15年間、こっちに来た人たちにおまえの消息をいつも聞き回っていたんだよ」

母「一人で辛かっただろうね。でも本当に元気に成長したね」

父と母は涙を流す。

父「ひみこどうしたんだい。そんなに無表情で。15年ぶりの再会で気が動転しているのかい。さあ、昔のようにお父さんと呼んでおくれ」

卑弥呼「15年前のあの夜、あなたは10歳のわたしをどうしておかしたのですか」

父「突然おまえは何を言い出すんだい」

母「ひみこちゃん、どうしたの。わたしたちはあなたのお父さんとおかあさんよ」

卑弥呼「2060年7月7日は、わたしの10回目の誕生日でした。あなたたち二人はわたしの誕生日を祝ってくださいました。わたしは、その夜、幸せな夢を見ていたのです。そうした時、息苦しくなって起きると、あなたが世界でもっとも愛した優しい父が目を血走らせてわたしの体の上にのしかかっていました。それは肉食獣の目でした。よだれを垂らし犬歯を見せ、荒い息をして獲物の衣服をはぎ取っていました。わたしはそのけだものに襲われた子羊でした。なんの抵抗ができましょうか。恐怖に震え、叫び声も上げることができませんでした。抵抗せずに、なすがままにされ、感情を失うこと、それが死にゆく子羊のできるすべてのことだったのです。わたしはあなたに凌辱されたのです。あの日までのあなたはわたしにとっての理想の父でした。だれもがうらやむ素晴らしい父でした。それが、なぜあの夜わたしをおかしたのですか」

父「ひみこ、いったいどうしたんだい。気は確かかい」

卑弥呼「ひみこちゃん、せっかく久しぶりに会ったのに、なんてことを言い出すの。そりゃあ、この15年間辛いことがあったでしょう。そして、あの夜、わたしたちが強盗に襲われた夜は修羅場だったでしょうけれど、お父様があなたをおそっただなんて、なんてことを言い出すの」

卑弥呼「お母さま、あなたも覚えているはずです。あなたは物音に気付いて、わたしの寝室にやってきて、わたしを助けるために半狂乱になって、父を背後からその細い腕で殴りつけていたじゃありませんか。わたしは、「おかあさま、おかあさま」と叫んでおりました。あなたが正気に戻らせてくれたのです。あなたは、涙ながらに「ひみこちゃん、ひみこちゃん」と呼んでくださいました。けだものは立ち上がって母を平手打ちにしました。何度も何度も殴りつけ、母の口や鼻から血が溢れていました。それでもけだものは殴るのをやめませんでした。母は倒れました。それでも勇敢な母は、けだものの足にとりつきました。けだものは母を踏みつけにし、今度は幾度も幾度も蹴ったのです。わたしの寝室は修羅場と化したのです。10歳のわたしは、気を失うこともできず、呆然としてこの光景を見せつけられていたのです」

父「どうしてそんな妄想を抱くようになったんだい。これまでの人生がそんなに過酷だったのかい。精神が病んでいるじゃないかい」

母「どうしてお父様がそんなことをしなければならないの。おとうさまは何もしていません。全部あなたの妄想です。わたしはお父様にそんなことをされた覚えはありません。お父様がわたしたちに手をあげたことは一度もないじゃありませんか。世界一優しいお父様です。せっかく15年ぶりに会うことができたというのに。お父様はあの世に行ってからも、いつもあなたのことを心配していました。それをけだものだなんて」

卑弥呼「あの夜の話は続きます。けだものが母を蹴り上げた拍子に、母は後頭部をタンスの角に打ち付けて動かなくなりました。血に染まった父はそれを冷ややかに見つめていました。わたしはけだものの背後から、そばにあった金属バットでけだものの頭を殴りつけていました。けだものは両手で頭を押さえ、うずくまりながら振り返りました。わたしは何度も何度も全力で殴りつけました。頭蓋骨が割れ、脳みそが外に飛び出しました。10歳のわたしにどこにそんな力があったのでしょう。それでも、わたしは手の力がなくなって、バットを握ることができなくなるまで、殴り続けていたのです。こうしてわたしはわたしの父を殺したのです」

父「何を言っているんだい。我々はあの夜強盗に襲われて、おかあさんもお父さんも金属バットで殴られて殺されたんだよ。それは警察でも近所の人もみんな知っていることじゃないか。わたしがおまえをおかした、おかあさんを殺した。ひみこがわたしを殺した。なんて恐ろしいことを言うんだ。どうしてそんな妄想に取りつかれてしまったんだ。あの事件でおまえは気がおかしくなってしまったのかい」

母「かわいそうに」

卑弥呼「私はあなたたちを殴り殺した後、確かに放心状態でした。明け方になって村上のおじさまとおばさまが来たのを少し覚えていますが、その日のことはそれ以上覚えていません」

父「どうしてそんな妄想に取りつかれてしまったんだい。辛いことがおまえの精神をおかしくしたのかい。病院に行っているのかい」

母「そんなに苦しいのなら、もうこっちにおいで」

父「そうだよ。悪い記憶を捨ててこっちの世界にくればいいんだ。3人で仲良く暮らそう」

卑弥呼「父と呼んだあなたがあの世にいる限り、私はあの世に行きません。黄泉二号に入ることはありません。あなたがあの世で永遠に生き続けることを私は決して許しません。私の手によって、いつかあなたを来世から黄泉二号から追放致します」

父「おまえはなんて恐ろしいことを口にするんだろうね。おまえはもはや私たちの愛したかわいいひみこではないのかい。10歳のひみことは別人になってしまったのかい」

卑弥呼「10歳のひみこはあなたによって葬り去られてしまいました。私はあなたを消滅させるためだけに、これまで生きてきたのです」

父「黄泉二号から私を追放するなんて、そんな恐ろしいことができるわけないじゃないか。もしそんなことをしたならば、それは国家転覆罪にも匹敵する大罪だよ。もしそんなことをしたら、わたし一人の問題ではなくあの世の秩序は破壊されるんだよ。もしその罪を犯したならば、おまえもあの世に行けずに消滅させられるんだよ。おまえの記憶は消滅するんだよ」

卑弥呼「もとより覚悟です。私の憎しみはあなたを消し、そして私を消すのです」

母「恐ろしい子に育ったことですよ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

父「仕方がないよ。これも定めなのかもしれない。それではもうおまえと会うことはないだろう。おまえがわたしたちを呼び出してくれることは二度となさそうだ。明け方までまだ時間があるが、我々はあの世に帰ることにしよう。ひみこの病気が治ることをあの世から祈っているよ」

卑弥呼「父と呼んだ人よ。あなたと会うことはもう未来永劫二度とないでしょう。お母さま、いまは記憶をなくされているとは言え、わたしはあなたの子として生まれたことに誇りを持っています。あなたに育てていただいたことを嬉しく思っております。15年前のあの夜の前までだったならば、わたしもあなたたちと一緒に黄泉二号の中で永遠に暮らしたいと願ったことでしょう。しかし、それはもうあり得ないのです。

本懐を遂げた後は、わたしの憎しみは永遠に消滅しなければなりません。わたしは母のもとで憩うことは許されないのです。わたしはあなたの愛した夫を消し去るのですから」

母「なんて恐ろしいことを。早く正気に戻っておくれ。わたしたちが覚えている素直で優しかったひみこちゃんに戻っておくれ」

父「かあさん、未練だ。ではひみこさようなら」

卑弥呼「おわかれです」

父と母のホログラムが消える。

(つづく)

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