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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
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第一幕 その2


そんな騒動の中、誠の字を背にした羽織を羽織った新選組の近藤勇が土方と沖田を引き連れて登場。近藤はトラたちに深々とお辞儀をする。


近藤「わたくし、新選組局長を仰せつかっております近藤と申します。この神聖なおやしろで騒いでもらっては困ります。またあなたですか。境内でいたこ商売をしてはいけないと何度も注意したではありませんか。商売をするのならばきちんと指定された「国設いたこエリア」があるでしょう。こう何度も規則に違反されると、いたこの鑑札を取り上げることになりますよ」

いたこ、揉み手をしながら殊勝な声を出し、近藤に近づく。

いたこ「旦那、実は私もここでやるのはいやだったんですよ。でもこちらのお客さんが是非ともこの聖社の中でやってくれと言うもんで、仕方なく私は来た次第なんですよ。

だから言ったじゃないですか、新選組がうるさいって。新選組は融通が利かないんだから。もしもいたこの鑑札をとりあげられたら、わたしのような老婆はこれからどうしておまんまを食っていったらいいのやら」(おろおろと泣き崩れる)

トラ「嘘泣きするんじゃないよ。わたしらだって、金はずんだじゃない。せっかく口寄せの佳境に入って、さあこれからもっと面白くなるって時に、なんて野暮な新選組だこと」

近藤「野暮だと言うことはないでしょう。新選組は日本国民のためにこの神聖な羽黒山来世聖社を守るという守護職を仰せつかっているのですから。ここは恐れ多くも羽黒山来世聖社である。きをつけ、なおれ。

来世とは、三世すなわち前世、現世、来世の来世です。あの世のことです。死んでから行く世界です。死者の霊が行くという世界です。来世、またの名を後の世と書いて後世ゴゼとも言います。天国、極楽、浄土、地獄、霊界とも呼ばれ、少し難しいですが、黄泉の国、泉下せんか、さらには冥土、冥界、冥府、幽冥、幽界とも呼ばれてきました。(よく言えたでしょう)

来世を守ることとは、この現世を守ることにも匹敵する、いやそれ以上のことです。なにしろ、来世は永遠なのですから。いまや日本は現世あっての来世ではなく、来世あっての現世なのですから」

トラ「まあまあ、そうしゃちほこばらずに。しかし、来世聖社を守るって言うけれど、敵なんてどこにいるの。いったいだれがこの聖社を襲ってくると言うの。日本は平和じゃない。時代錯誤じゃないの。国費の無駄遣いじゃないの」

近藤「あなたたちにはわからないのですか。あなたたちは平和ボケしている。しかし、それはあなたたちお年寄りには致し方のないことかもしれません。あなたたち老人世代は小学校、中学校で来世の授業をまったく受けていない世代です。学校は宗教教育を排除していました。今の日本の小学生は全員週一回の来世の授業が必修となっていて、来世の重要性を深く認識しています。

 そもそも地球上で真の来世があるのは、この日本だけなのです。天国だ、地獄だ、神だ、天使だ、閻魔だ、血の池地獄だといういかがわしいあの世のことを言っているわけではありません。正真正銘のあの世があるのは、世界広しといえどもこの日本だけなのです。あなたたちもわたくしも日本国民はみんな、あの世へ行くことが約束されているのです。

 西暦2050年、日本で完成した来世とは(ライセトハ)、決して宗教のような如何わしいものではありません。科学が来世を作ったのです。日本の科学技術があの世を作り上げたのです。それがこの羽黒山の地下1万メートルに鎮座しておられるスーパー量子コンピュータの「黄泉二号」様なのです。亡くなった方々の情報は生前にストックされ、死後に来世である「黄泉二号」様の中に移されるのです。

 そもそも、わたしがわたしと言えるのは(ワタシガワタシトイエルノハ)この情報の賜物なのです。情報こそが霊です、魂です、霊魂です。わたしたちはこの情報を、声をレコーダーに入れるように、映像をビデオに入れるように、スーパー量子コンピュータの中に仕舞い込むことができました。情報はコピーも、削除も、編集も可能です。情報はインターネットを使ってコンピュータの間を、世界中を自由に飛び交うことができます。どんな機械にでも転送可能なのです。

我々の個人の情報すなわち記憶は生きている時には脳にあります。しかし、それは脳にある必要もなければ必然性もありません。言葉が口を必要とせず、スピーカーであってもかまわないことと同じです。情報は脳細胞から引き出すことが可能なのです。

こうして生きている時、脳細胞にあった情報は生きている間にコンピュータの電子チップの中に複製され、本人が死ぬまで凍結されます。生きている間はスマホを介してしょっちゅうコンピュータに入れられ更新されていきます。そして本人が死ぬと、スーパー量子コンピュータの中で凍結されていた本人の情報が稼働し始めるのです。私たちはこうして肉体から解放され、スーパー量子コンピュータの中で永遠の夢を見続けるのです。そうです、夢をイメージしてください。我々は夢の中で目覚め、おはようと挨拶し、新聞を読んで朝食を食べ、歯を磨いて着替えて出勤できるのです。会社でいつものように仕事をこなし、昼食にそばを食べ、仕事が終わったら同僚と帰宅の途中に飲み屋で一杯飲めるのです。家に帰ったら妻とセックスができるのです。いえ、妻でなくともセックスできますが。そして夢の中で眠ることができるのです。肉体がなくても生きているような体験ができるのです。「黄泉二号」様のあの世は夢のように飛躍したり断片的ではありません。この現世とうり二つであり、合理的で連続的で、なおかつ日常的なのです。

こうして我々日本国民はスーパー量子コンピュータの中に来世を作り上げることに成功したのです。すでに二千万の死者がこの地下一万メートルにあるスーパー量子コンピュータ「黄泉二号」様の中で生き続けています。楽しい日々を送っているのです。

 秦の始皇帝を始めとした時の権力者が願って果たせなかった夢である永遠の生を獲得できたのは、歴史上現代の日本国民だけです。ですから他の国の人々が嫉妬しても仕方がないのです。さらには、いまだ非科学的な宗教というものを信じている連中がいます。かれらは何千年も神だ仏だと言って、あの世を売り物にして布教という名の商売をしてきました。しかし、あの世を見た人は誰もいなかったのです。宗教家はないものをさもあるかのように偽って商売をしてきました。それはまるで大きな袋の中にいもしない八つの頭のある蛇を口先だけであたかもいるかのようなふりをして商売している大道芸人のようなものです。

宗教を信じているものの中には、天国や地獄を純粋に信じている原理主義者がいます。かれら原理主義者にとって「黄泉二号」様は最大の敵なのです。あってはならない存在なのです。かれらはなんとかして「黄泉二号」様を破壊しようと企んでいます。つい先日も、何者かによってケニアの日本大使館が爆破されました。その後「インコ」と名乗るカルト集団が犯行声明を出したことは、ご存じのことと思います。

 日本の「黄泉二号」様は世界中の羨望と嫉妬と、そして憎悪の目に晒されているのです」

トラ「どうして日本人しかあの世にいけないの? 外国人があの世に行きたければ、黄泉二号に入れてやりゃいいじゃないの。けちけちすることはないわよ。博愛主義よ、博愛主義。私らの世代は、子供の頃に学校で自由・平等・博愛を習ったものよ」

近藤「たしかにそうかもしれません。しかし残念なことに「黄泉二号」様には記憶容量に限界があります。現時点での収容能力は一億人分しかありません。すでに建設されて25年が経ち、およそ二千万人が「黄泉二号」様に入っています。あと八千万人しか入ることができないのです。今生きている日本人がやっと入れる容量なのです。次の世代のためにもう一つのスーパー量子コンピュータ「黄泉二号B」を増設しなければならないのですが、Bを作ったとしても、現在の理論ではAとBの情報の連結がうまくいかないようなのです。つまり、子供世代と同じ世界に住むことができない、文字通り世代の断絶が起こるのです。これが解決されない限り、あの世は我々の世代だけの特権になってしまうのです。他のもっと大きな容量のスーパー量子コンピュータ「黄泉三号」様の研究が進められていますが、まだ開発の目途はたっていません。現時点では、外国人に割り当てる余地はまったくないのです。

 しかし、なにごとにも例外事項があります。日本に帰化した外国人には「黄泉二号」様に入れる特権が与えられるのです」

                                          (つづく)


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