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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
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第一幕 その1


場所:羽黒山来世聖社


いたこ「苦しい、苦しいよ」

トラ「おばあちゃんどこが苦しいの」

いたこ「熱い、熱いよ」

トラ「おばあちゃんどこが熱いの」

いたこ「身体中が燃えているんだよ。真っ赤に真っ赤に肉が燃えているんだよ。ああ、肉が真っ黒こげになって、あの卵の白身が焼ける時のにおいが鼻の穴を貫き、脳を突き刺していく。骨が熱い、骨が砕けてしまいそうだ。鏡を見せておくれ。私の顔は皮が溶けているのかい。血管が浮いて血走った目ん玉は、頭蓋骨から落ちそうになっているのかい。鏡をとっておくれ、鏡を。この神経だけでつながった目ん玉を持って鏡に近づけるから」

庄助「かあちゃん、どうして死んでまで苦しんでいるんだい。火事で死んだときはそんなに熱かったのかい」

いたこ「熱かった。熱かった。どうして足腰の立たない私をおまえたちは見捨てたのかい。わたしゃおまえたちを恨んでいるよ」

トラ「わたしゃ助けに行こうと火の中に飛び込もうとしたよ。何度も何度も飛び込もうとしたよ。でも消防士に羽交い絞めにされて助けられなかったんよ。わたしゃ燃え盛る家を見ながら、おばあちゃんおばあちゃんと叫んどったじゃないかね。喉も張り裂けんばかりに叫んだ声が、おばあちゃんの耳には入らんかったんかね」

いたこ「真っ赤な火が、黒光りする火が、龍のようにうごめく。無数の炎のこん棒が肉を叩き、骨を砕いていくよ。うぎゃ」

庄助とトラ「成仏してください。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

いたこ、憤怒の表情をして立ち上がった後に、うしろに倒れる。それから再び座り直す。

いたこ「保険金、いくら出たんかいね」

トラ「何のことですか」

いたこ「金じゃ、金。わしと家を燃やして出た金のことじゃ」

トラ「保険金なんて」

いたこ「あの世から全部お見通しなんじゃ。私が死んですぐに上山城のような家を建て、秋田犬とベンツとホームシアターじゃよ」

庄助「それは、それは」

トラ「燃えてしもうたら、わたしらの住む家はないね。建てんと雨露を防げんじゃなかね」

いたこ「それが上山城かいね。隣の家のペペの犬小屋よりも狭く、豚小屋よりも臭く、鳥の巣よりも粗末だと言われて蔑まれていたボロ家から一挙に上山城かいね」

トラ「見かけだけじゃ。なりだけでかいだけよ。ありゃ、紙で作った安普請じゃ、あばらやじゃ」

いたこ「一本一千万円の檜の柱が安普請ね。あの一つ一億円の金のシャチホコがあばら家ね」

庄助「檜の柱は、ありゃ集合材ね。中は中空のスカスカで、外に檜に似せてわしが絵を描いたんよ。みんなから上手、上手と褒められるとよ。

シャチホコは、かあちゃんもよく知っているあのお濠の鯉が死んで黴が白く浮いていたのを拾ってきて、乾燥してゴールドのラッカースプレーをかけたのよ。上手やろ。遠目に見たらわからんじゃろう。あの世からじゃ遠すぎてわからんとよ。時々、カラスがつつきよるから、追い払わんといかけどね」

いたこ「あんたは子供の頃から器用じゃった。小学校4年生の時は、夏休みの工作でかかしを作って、山形県のコンクールで金賞をもらったものね。よう覚えとる。ありゃ、名作じゃった。我が家の家宝じゃったのに、燃えてしもうた。

しかし、あんた田圃はどうしたね。先祖伝来の田圃を売ってしもうたろうがね。畑の人参はどうしたね」

トラ「母さんが死んで世の中変わったんよ。母さんが生きている頃から、子供たちは人参が嫌いだったじゃなかね。その子供たちが成長して大人になり、日本人はだれも人参を食べんようになったとよ。作っても作っても売れんとよ」

いたこ「カレーに人参は入れんとね。カレーと言ったら人参じゃろう」

トラ「いまではカレーの具の主役の座はマンゴーたいね。子供もみんな好きじゃから」

いたこ「マンゴー? あの熱帯のマンゴーかいね」

トラ「地球温暖化で、生産の中心地が福島の浜通りになったとね。原発跡地は特に大きくて、甘いマンゴーがとれるとね。わたしらあ、農業やめたとね。趣味でキッチンガーデンしてるぐらいだわね。プチトマトを植え、ハーブを植えてるわいね。イングリッシュガーデンたいね」

いたこ「エングリッシュ、それはなんね。ギャーデンとはなんね。百姓は田圃よ、畑よ。それにそのちゃらちゃらした格好はなんね。あんたには百姓が似合っとるとね。もんぺが似合っとるんね。ジャガイモが、ネギが、ニンジンが似合っとるね。なにがブーじゃ」

トラ「ブーじゃない。ハーブじゃ。ハーブ。パセリ、セージ、にローズマリーアンドタイムじゃ。サイモンとガーファンクルのスカボロフェアを知らんのんね。私が唄うちゃるけんね。あーゆごーんぐとぅすかぼろふぇあ・・・・」

いたこ「やめてくれ、やめてくれ。脳みそが腐ってしまう。相変わらずひどい音痴やね。昔はあんたの歌で随分と野菜が腐ったもんよ。隣の家の畑に向かって歌わせたら、隣の畑は全滅だったわいね。あんたの唄はなんでも枯らす強力除草剤なみたいね。

それにしても、そのわけのわからん文句はなんね。念仏かいね。お経かいね」

トラ「アメリカの唄じゃ。リバイバルソングじゃ」

いたこ「それが唄かいね。あんたは唄の意味がわかっとるんかいね」

トラ「それは、それは、みんなでパセリとセージとローズマリーとタイムを植えようじゃないかと言っとんよ。砂漠緑化運動よ。アメリカの花いっぱい運動の唄よ。地球温暖化に抵抗するためのプロテストソングよ」

いたこ「地球温暖化? プロテストソング? プロテストソングは日本の岡林信康様ね。「今日の仕事は辛かった。あとは焼酎をあおるだけ。・・・・」、なんちゃら、なんちゃらね。アメリカの唄はあかん。何を言っとるかさっぱりわからん。どうせあんたもわかったふりをしてるだけじゃろう」

トラ「ば、ばかにすんじゃないよ。英語くらい、もうグーグルの自動翻訳機ができとうもんね」

いたこ「なんじゃそりゃ。どうせおまえのことだから翻訳されてもそれが正しいかどうかさっぱりわからんじゃろう。お互いに適当にうなづいているだけじゃよ」

庄助「ちょっと、母ちゃんもトラも冷静にならんとね。母ちゃん、こちらは春になってブーゲンビリアがきれいに咲いているけど、あの世はお花畑がきれいかい。蓮の花は満開かい。あの世も花いっぱい運動をしとっと。いや、いや、お釈迦様は本当はどんな顔をしとっと。ハンサムかい。仏像に似ているのかい」

トラ「あんたは黙っとり。スカボロフェアを唄ってなんでこんだけ馬鹿にされにゃならんの。わたしゃ、音痴の汚名を返上すべくボイストレーニングにも行くようになったがね。そこでスカボロフェアを学んだんじゃ。スカボロフェアは名曲じゃがね」

いたこ「時代は変わっても、百姓には北島三郎先生の『与作』じゃがね。与作は稲植えるヘイヘイホ、ヘイヘイホ。わしゃあ死んでも美声だわね」

トラ「それはいくらなんでも古かね。それに私ら今は百姓じゃないもんね。100ヘクタールのパイナップル畑の経営者じゃもんね。ばあちゃんが死んで私らつきにつきまくっとんよ。思い出せば、わたしゃあんたにいびられ通しじゃった。19で嫁いでから41年もわたしの人生暗かった。わたしの人生、あんたのために真っ黒けよ。真っ黒け。

私の手のひら見てごらん。手の皮が黒々とゴム手袋のようになって、皺の中には泥が入り込んでとれんとよ。ファブリーズをいくらかけても、玉ねぎとニンニクと納豆と青菜漬けの匂いがとれんとよ。ママレモンに一晩浸けてもとれんとよ。キッチンハイターに一晩入れても漂白されんとよ。私の41年返しやがれ。90年も生きりゃ立派なもんよ。くそばばあ、苦しめ苦しめ。わたしにゃ、パシセジロズメリアンタイよ。ラベンジャーよ。ケケケ」

いたこ「この性悪女、呪い殺してやる。死ね、死ね、死ね」

トラ「この妖怪、死ね。いや、死んでるか。まあええわ。地獄に落ちろ、地獄に落ちろ」

庄助「怨霊退散、怨霊退散。成仏してけろ。生きて修羅場、死んで修羅場や」

トラ「あんたはどいてろ。これは嫁姑の永遠の戦争よ。これが女の業よ。さあ来い、ばばあ」

いたこ「あの世で身につけたかかと落としを食らえ」

                                         (つづく)


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