15 完
第四幕 その3
近藤「それはどういうことなんだ」
坂本「近藤さん、わたしの名前に心当たりはないかい。坂本だよ、坂本。坂本龍一の息子だよ」
近藤「ま、まさか、あの黄泉一号の生みの親、坂本龍一博士の・・・」
坂本「そうだ。わたしはその坂本龍一の忘れ形見、龍馬だ。わたしの父、龍一はわたしが母の腹のなかにいる時に、黄泉一号の完成を発表する朝に車にひかれて死んだ。父はその開発者として名誉あることに黄泉一号に入ることのできた百人のうちの一人に選ばれた。わたしは毎年、お盆に父と会った。しかし、それがなぜか私の思い描いていた父とは違うように思えた。それは父へのわたしの勝手な思い入れのせいだと思っていた。そう自分に言い聞かせていたんだ。だが、何年経ってもホログラムの父とはどこかしっくりこなかったんだ。やがてわたしは尊敬する父の遺志を継いで完成された黄泉二号の改良に乗り出すために、来世研究所に二十二歳の時に入所したんだ。世界中の百億の人を収容できる黄泉三号の開発に着手するためにね。人類の幸せを願ってね。
研究所は月山にありました。それはおれが脱出した後に、すぐに破壊されたようですがね。あの鉄条網はオペレーションセンターではなく研究所のなごりだったんです。オペレーションセンターのためのダミーじゃありません。
研究を始めても、おれの研究はまったく進まなかった。黄泉二号の改良どころではなく、原点である父が開発した黄泉一号の原理が解明できなかったんだ。おれの能力と未熟さのせいだとずっと考え、悩んでいた。だが、今年になってとんでもない事実を発見してしまった。父は黄泉一号を完成させていなかったんだ」
近藤「えっ、それはどういうことですか。「黄泉一号」様は未完成だったけれど、新たに「黄泉二号」様ができたということなのか。「黄泉一号」様と「黄泉二号」様はまったく違う原理で動いていると言うのか」
坂本「父はたしかにコンピュータの中に、日本人が行けるあの世を作ろうと夢見て、長年研究していました。黄泉一号の完成が、どん底の日本を再生させる切り札だと確信していたのです。ですが、コンピュータに入れた人間の記憶はすぐに薄らいでいき、ばらばらになっていきました。その後、一人の人間の記憶を固定することはできたのですが、他の人間とのコミュニケーションはできませんでした。コンピュータの中では意思疎通ができないのです。社会を形成できないのです。それは単に技術的な問題ではないことがわかりました。きっと父にもわかったはずです。あの世を作り上げることは、原理的に人間には不可能だということが」
近藤「それはおまえの思い上がりだろう。おまえに理解する能力がなかっただけだ。研究所には他にもすごい研究者がたくさんいたはずだ。そいつらは、気づかなかったというのか。独りよがりもいい加減にしろ」
坂本「たしかに研究所にはたくさんの素晴らしい研究者がいました。しかし、かれらはホログラムの精度や記憶容量を大きくすることだけに関心があり、原理について問い返す研究者はいなかったのです。研究とはひたすら細部を深堀りするものです。研究者の習性です。原理を問わなかったからといって、かれらを責めてはいけません」
近藤「おまえはかれらとは違うというのか」
坂本「わたしの頭脳を過小評価しないでいただきたい。父の再来だと言われていたのですよ。いずれにしても、父はコンピュータの中にあの世を再現できないことを証明したのですが、政府に報告書を持っていく途中に何者かに殺されたのです。あれは単なる交通事故ではありません。父は殺されたのです。その首謀者は日本国政府だったのです。父が死んだ翌日に黄泉一号が完成したことにされ、それこそがわたしが見て違和感を覚えた父のホログラムだったのです」
近藤「「黄泉一号」様が改良されて今の「黄泉二号」様ができたんではないのですか。いつ誰が、どこで「黄泉二号」様を作ったというんですか。それとも、この地下一万メートルには、「黄泉二号」様はいないというのですか。日本にはあの世は存在しないというのですか。わたしの敬愛していた「黄泉二号」様は」
坂本「この地下は使い古された一千億台のパソコンの廃棄物処理場となっているだけです。たんなるゴミ捨て場ですよ。
はっきり言いましょう。黄泉二号は出羽三山のみならず、日本中どこをさがしてもないのです」
近藤「では、毎年お盆に会っていた死者は、いったいあの二千万人の死者はどこにいるのですか。かれらは「黄泉二号」様の中にいるのではないのですか」
坂本「ははは、あれは子供だましの動画からのAIを使った合成映像ですよ。そんなの簡単にできることはみなさんもよくご存じじゃないですか。年末の紅白歌合戦に出場した歌手のほとんどは、ただのAIによる合成映像だということは、みんな納得して楽しんでいますよね」
卑弥呼「では、わたしが会った父と母も」
坂本「生前にとった写真や動画からの合成ホログラムですよ」
近藤「日本は、政府は、この25年間国民をだまし続けていたのですか」
坂本「日本だけじゃないだろう。世界中をペテンにかけていたじゃないか。日本の繁栄はすべて大でたらめな嘘の上に築かれていたんだ。これを知ったら世界中の人たちが怒るだろうな。日本に帰化した外国人はみんな母国に戻るんじゃないの。金返せの暴動も起こるだろうな。世界中のロケットから総攻撃を受けてもしかたないよな。日本に正義はどこにもないぞ」
近藤「世界中に、この話が流れているんじゃないのか」
沖田「まだ大丈夫です。しかし、あと3分後には、アメリカの衛星がこの場所をとらえて映像と音声を世界中に流すことでしょう」
坂本「おれがこの秘密を解明し、所長に説明した時、所長はおれに銃口を向け、おれは拉致され記憶を消されてしまった。さらに、国家権力は黄泉二号の物語を補強するために、この夏の一大スペクタクルショーとして、おれをあの世からの逃亡者に仕立て上げたんだ。すべてはうまくいく予定だった。おれでさえ自分を岡田以蔵だと思い込んでいたんだからな。
だが、そもそもみんなが恐れおののく強姦魔の岡田以蔵なんてどこにもいなかったんだ」
近藤「いや、岡田はいただろう。日本人ならみんな知っているぞ」
坂本「おまえは岡田に会ったことがあるのか」
近藤「いや、でも、ここにいるみんなも知っているよな。インコ教団の信者たちだって、そうだよな」
坂本「誰も会ったことがないよな。どうやってみんなは知ったんだ」
近藤「テレビで言っていたじゃないか。新聞のトップ記事になったじゃないか。SNSで発信されたじゃないか。被害者の顔やその家族のインタビューも流れたぞ」
坂本「すべてがフェイクだ。テレビのキャスターは誰だ。AIが作り出したホログラムだろう。SNSの発信元を知っているのか。すべておおもとは国家権力なんだ。岡田以蔵なんてどこにもいなかったんだ。おまえたちがそれを拡散し、戻ってきた情報を信じ込んだんだ。日常を退屈させないようにしているんだよ。おれたち庶民も同罪だ。
お盆明けにはおれは捕まって、ここで世界に向けておれの処刑が発信されるはずだった。世界中の人たちが、リビングルームで楽しんでいたはずだった。しかし、そうはならなかった。なぜか。その計画が狂ったのは、おれとひみこさんの出会いにあった。なんの偶然か、いや運命なのかもしれない。運命が我々二人の出会いを導いたのかもしれない。出会ったことによって、おれは生きていて、黄泉二号のペテンが大晦日の夜に羽黒山来世聖社で暴かれることになったんだからね」
沖田「世界にこの情報が流れ始めました」
近藤、きっと立ち上がり刀を振りかざし、庄助とトラを切り、あっというまに坂本からデーモンを奪い取り、頭にいばらの冠を被る。
近藤「日本のみなさん、ご覧になっていますか。世界中の人々、わたしの声が届いているでしょうか。「黄泉二号」様の安置されている羽黒山来世聖社にて、わたし新選組局長近藤勇は狂いました。近藤勇は乱心いたしました。わたしは「黄泉二号」様に対する燃えるような恋心を鎮めることができません。「黄泉二号」様は私だけのものです。「黄泉二号」様は誰のものでもありません。私一人のものであります。世界中で私だけのものです。いま、デーモンを飲んで「黄泉二号」様を独占しましょう。もう、誰もあの世に行くことができません。「黄泉二号」様の中で、わたしの恋心は永遠に燃え盛ることでしょう。日本の繁栄を築いた「黄泉二号」様は、わたしの狂気によって破滅します。わたし、近藤勇は世紀のエゴイスト、狂人、極悪人として死んでいくのです。これこそエクスタシーです」
近藤、デーモンを飲む。何千発もの銃声がし、近藤は倒れる。
坂本は近藤を抱き起す。
坂本「あなたの中に日本が失った誠をみました。あなたが日本の誠を一人で守ってくれました。あなたは世紀の大悪人として、未来永劫、日本国民全員から憎悪されるでしょう。遺体は八つ裂きにされ、燃やされ、骨も砕かれて、埋葬されず、墓もなく、人知れず灰は捨てられてしまうことでしょう。あなたが望んでいるように。ですが、世界中の憎悪を集めようと、あなたこそが真の英雄です」
近藤「日本は、日本はこれで少しは救われるのでしょうか。世界の笑いものにならずにすむのでしょうか」
坂本「黄泉二号を失った日本は絶望の底に落ちることでしょう。再び、日本国民は貧しさにあえぎ苦しむことでしょう。長く辛い時代がやってきます。もしかすると黄泉二号のペテンはそう遠くない先に暴かれるかもしれません。日本の経済状態は、以前よりももっとひどくなるかもしれません。しかし、いつかまた始めることができます。今度こそ、いつわりのないところから始めることができるのです」
近藤「後のことはお願いします。坂本さん、ひみこさん」
近藤死ぬ。雪が降り、遠くで除夜の鐘が鳴り響く。
卑弥呼「わたしにも狂気を、死を。わたしはこれからどうして生きて行ったらいいのでしょう。わたしに何の生きる目的があるというのです。わたしに死を。呪われしわたしに死をください」
突然、いたこがガタガタと震えだす。その震えが激しいものとなっていく。
いたこ「ひみこ、生きるのです」
卑弥呼「その声はお父様」
いたこ「愛するわが娘をおかした父が、おめおめとおまえの前に顔を晒すなど、なんと恥知らずなことでしょう。父はどのような罰を受けようと構わないのです。永遠に地獄の責め苦に苛まれることも厭いません。わたしに救いはないのです。
わたしの魂は救われることなく、あの世を彷徨い続けています。わたしの魂はおまえを思い続け彷徨っています。お母さんも一緒に15年間苦しんでくれています。教団の命令とはいえ、おまえにとんでもないことをしてしまいました。おまえに決して癒えない深い傷跡を心と体に残してしまいました。わたしもお母さんも、その悔いを引きずりながら、成仏できずに歩いています。われわれの彷徨は、おまえのこの15年の辛さに比べたらとるに足らぬものだということは、よくわかっています。わたしたちの過ちを許してくれなどとは言いません。
ですが、生きてください。絶望したひみこが生きることが、我々夫婦の、そして日本の希望なのです。おまえが生きていくことが、日本の希望であり続けるのです。おまえが生きてくれるなら、わたしたちは消え去ることができるでしょう。永遠に消えることができるでしょう。ひみこ、生きるのです」
ひみこ「お父様、お母さま」
いたこ「さようなら、さようなら。ひみこ、ひみこちゃん」
いたこ倒れる。
坂本「総理大臣から国民に向けて新年の挨拶が始まりました。黄泉三号が完成し、今日から運用するとのことです。黄泉二号の情報はすべて黄泉三号に入れたそうです。笑わせてくれますね。国はまだペテンをやめないのです。
ひみこさん、感傷にふけっている暇はありません。われわれはもっと忙しくなってきますよ」
卑弥呼「そうですね。近藤さんの死を無駄にしてはいけません。国と全面対決ですね。再び、全身に力がみなぎってきました。今度こそ、永遠に黄泉三号を葬りましょう。欺瞞に満ちた国家権力を潰すのです」
坂本「いざ、東京へ」
暗転
幕
完