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第四幕 その1
場所:羽黒山来世聖社
大晦日の夜。
卑弥呼が十字架にかけられている。頭にはいばらの冠が被せられている。近藤、土方、沖田、いたこが舞台にいる。
近藤「ひみこさん、あなたには敬服いたしました。わたしが行なったこの一か月の拷問にも、一切口を割ることはありませんでした。あなたはあの吹雪の夜に、拷問はあなたとわたしの過去の対決だとおっしゃいました。あなたは何も白状しませんでした。これまで、阿修羅のような極悪人もわたしの拷問によって、たった一日でおとなしく尻尾を振る子犬になりました。その拷問にあなたは一か月も耐えたのです。あなたとあなたの壮絶な過去に敬服いたします。少なくとも、あなたにはわたしに匹敵するほどの凄惨な過去があったのでしょう。わたしはあなたを尊敬しております。そんなあなたを処刑するのは、わたし個人としてはとても口惜しいことです。しかし、これも国家の命令です。
あなたの処刑は、まもなく23時30分より、世界同時中継されることになっています。国家はあの世からこの世に戻ることを厳しく罰するために、あなたをさらし者にします。あの三条河原の晒し首のように。わたしの趣味にはあいませんが、国家の命令ならばわたしはそれに従わなければなりません。
ところで、あなたがあの世から呼び寄せた岡田の遺体は、その後の懸命な捜索にもかかわらず、結局見つかりませんでした。十一月三十日に降った雪はそのまま根雪になりましたから、岡田の遺体は春の雪解けを待たなければ出てこないでしょう」
沖田「放送局はすべてスタンバイしているそうです。上空には、アメリカとロシアと中国の人工衛星が、今日の出来事を撮影しています」
近藤「かれらの人工衛星が羽黒山来世聖社を撮影しているのは、四六時中じゃないですか。構うことはありません。役者も舞台もそろっています。今夜は世界があっとおどろくショーをご覧にいれることにしましょう。ああ、まずは花火ですか。雪の降る夜に花火は似合いますね。
零時にあなたは処刑されます。その後、黄泉二号生誕二十五周年を記念して、恩赦によりあなたは黄泉二号に入ることが決まっています。なんという慈悲深い、寛大な処置でしょう。ですが、あなたのほとんどの記憶は消され、あなたは生まれたばかりの赤ん坊の情報となるのです。残念ですが、わたしのことも忘れてしまうでしょう」
沖田「近藤さん、まだ時間は23時20分ですが、吹雪が激しくなってきて処刑が見えなくなるおそれもあるから、政府は処刑を速やかに執行しろと言ってきております」
近藤「政府はなぜ零時が待てないのですか。こんな吹雪がいったいなんだというんですか。少しは感傷に浸らせてくれてもいいじゃありませんか。
わたしは子供の頃、こんな吹雪の日に素足で卵売りに行ったものですよ。寒かったかって、足の感覚なんてありませんでした。寒さよりも、胸に入れた生まれたての卵の温もりだけを覚えています。人間って切ないものですね。
ああ、それにしてもあなたが言うように日本は享楽的になりました。神は怒っていることでしょう。いつの日かその怒りが爆発することでしょう。いえ、いえ、わたしとしたことが。この世に神などいません。わかっていることじゃありませんか。ひみこさん、あなたは神ではないのです。あなたの怒りで黄泉二号を破壊することはできないのです。時間が来ました。
卑弥呼、これよりあなたを黄泉二号攪乱罪ならびに国家転覆罪によって、死刑といたします。しかし、恩赦によりあなたの赤子の時の記憶は、黄泉二号で永遠に生き続けることを保証いたします。処刑と同時にあなたの記憶は直接黄泉二号に入ります。
死刑執行」
沖田と土方が、両脇から卑弥呼を槍で突こうとしたまさにその瞬間、坂本が卑弥呼をくくりつけている縄を刀で切り、卑弥呼を救う。卑弥呼の口から小さなカプセルを吐き出させる。
卑弥呼「以蔵さん」
近藤「岡田以蔵、生きていたのか」
坂本「またまた、あの世から戻ってきちゃった。おっと、これは冗談なのよ。これからゆっくり説明するからね。そこ、動かないで。懐のピストルが火を噴くよ。
ところで、その岡田以蔵っていうのはもうやめてくれない。岡田以蔵って強姦魔なんでしょう。それになにか響きもよくないじゃない。いぞう、ぞう、って何かいかめしすぎるんじゃない。どうも繊細なおれには似合わないんだよね」
土方「仕方ないだろう。おまえは岡田以蔵なんだから」
坂本「実はおれ、坂本龍馬なんだよね」
土方「それはおまえが奪った肉体の持ち主の名前だろう。おまえの精神は岡田じゃないか。あの世から蘇った岡田以蔵じゃないか」
坂本「ははは、あの世から蘇った、おれがあの世から蘇った。おれは幽霊じゃないよ。おれは初めから正真正銘、坂本龍馬なんだよ。おれのこの足も腕も心臓も、ちんちんも金玉も、そしてこの少しいやらしい頭の中身、おまえたちが精神とよぶものまで、すべて坂本龍馬なんだよ。おれは隅から隅まで、ずずずいっと、坂本龍馬なんだよ。わかったか」
近藤「ひみこがおまえをあの世から連れ戻したんじゃないのか。あの晩、ひみこはそう言っていたじゃないか」
坂本「それはひみこさんがあの都鳥の羽を見た時から作り上げていた嘘。俺を逃がし、そしてこうしてひみこさん自身が捕まるための嘘だったんだよ。おれもあの時は記憶がなかったから、それを真に受けてしまったけどね」
卑弥呼「記憶が戻ったんですか」
坂本「あの夜、崖から落ちたショックで、やっと記憶が戻りましたよ。おれは肉体も精神も坂本龍馬で、生まれてから一度もあの世に行ったことはありませんし、ましてや体を乗っ取られたこともありません」
卑弥呼「坂本さん、もうお話をする時間はありません。零時が近づいています。零時を過ぎるとわたしは黄泉二号に入ることはできません。後生ですから、カプセルを返してください。わたしは望んで処刑されるのですから」
坂本「カプセルを返すわけにはいきません。これがあなたが言っていた最後のジョーカーなのですから」
近藤「最後のジョーカーとは」
坂本「最後のジョーカーとは、自分の脳の情報を狂わせることによって、その狂った情報を黄泉二号に送り込み、その狂った情報がコンピュータウイルスのように黄泉二号内で自己増殖を続け、結局黄泉二号を破壊してしまうことだったのです。そうなると、もはや黄泉二号は修復不可能です。これからは誰も黄泉二号に入ることはできません。それだけではなく、すでに黄泉二号に入っている死者の情報も木っ端微塵に破壊されてしまいます。日本にあの世はなくなってしまうのです。ひみこさんは、その薬の入ったマイクロカプセルを奥歯の中にしまい込んでいたのです。自分を狂わすこの薬、別名デーモンを飲み、自分の狂気によって黄泉二号を破壊する計画だったのです。当初は、おれにカプセルを忍ばせる計画でしたよね。おれが捕まって処刑された瞬間に薬が出るように細工してね。いまのひみこさんの役は本当はおれだったんだ。おれが狂える最後のジョーカーだったんだ」
卑弥呼「そこまでわかっているならば、後生です、わたしにデーモンを返してください。わたしの父に対する憎しみを、わたしをおかした父の記憶を消滅させるために」
坂本「あなたを狂気に追い込むことはできません。狂人として死なすわけにはいかないのです」
卑弥呼「わたしはすでに狂っております。十歳のあの夜からわたしは狂って生きております」
坂本「いえ、あなたは狂っておりません。あなたと過ごした月山での三か月でよくわかっています」
卑弥呼「そういうあなたはわたしの敵だったのですか。政府のスパイだったのですか。近藤の犬だったのですか」
坂本「そうではありません。ただ、あなたを愛しているだけです」
近藤「そうだったのか。あなたは世直しを企んでいたのではなく、私怨で「黄泉二号」様を破壊しようともくろんでいたのですか。しかし、個人的憎しみで日本の、日本人八千万人の幸福と未来を踏みにじっていいのですか」
卑弥呼「そんなことを思いやることができますか。わたしの父に対する憎悪はそんな思いやりをあざ笑うのです。八千万人に対する感傷など、わたしのどこに入り込む余地があるというのでしょうか。わたしは日本を敵に回した悪魔として、日本の歴史に名前を残すことでしょう。日本人の憎悪を一手に引き受けましょう。それとも、今の軟弱な日本人八千万人がわたしの憎悪に対抗できるほどの感情や信念を持っているというのですか。もし、いるとするならばそれは近藤さん、あなた一人です。いや、あなた一人だと思っていた。しかし、あなたの拷問は生温かった。女と思って手加減したのですか。残念ながら、あなたとの賭けは、わたしの勝ちで終わったのです。
もはや、なにを恐れることがありましょう。なにをためらうことがありましょうか。坂本さん、早くデーモンを」
坂本「ひみこさん、あなたのお怒りはごもっともです。あなたの怒りによって、わたしは日本国が潰れてなくなってもいいとさえ思っております。ですが、ここからが大事なことです。よく聞いてくださいね。
実は、あなたのお父様への憎しみは、あらかじめ他人に刷り込まれたものだったのです」
卑弥呼「それは、それは、いったいどういうことですか」
(つづく)