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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
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第三幕 その2


夜、山小屋の中。

坂本「十一月も今日で終わりです。雪も一メートルは積もっています。根雪になりました。もう月山を調べることもできないでしょう」

地図を見ている卑弥呼

卑弥呼「もうすべてを調べました。わかったこと、それはセンターはどこにもないということです。この月山のどこにもありませんでした」

坂本「そうですね。どこにもありませんでした。地下に通じる入口もなかった。私たちはいま目をつぶってでも月山を歩けるくらいに知り尽くしました。どこで清水がわき、どこのほこらで熊が眠っているのかも、わたしたちは知っています。でも、センターはなかった。するとあの鉄条網と監視カメラは何だったのですか」

卑弥呼「あれはダミーだったのです。センターがあるように信じこませるためのダミーだったのでしょう。月山にセンターはないのです」

坂本「では、これからどうします」

卑弥呼「明日下山して、作戦を立て直しましょう。オペレーションセンターは絶対に日本のどこかにあるはずなのですから」

坂本「外は吹雪ですね。明日は降り止むでしょうか」

卑弥呼「すごく荒れていますが、天気図では明日は快晴のはずです。しかし、この分だと今晩中に二メートルは積もるでしょう。明日の下山のラッセルは大変ですよ。でも、以蔵さんはタフですね。この三か月一緒に山を歩いていてみて、よくわかりました。わたし以上に体力があって、精神力があります」

坂本「意外とそうだったのですね。この坂本さんの体に体力があるのか、それとも岡田さんの精神力が凄いのか、わたしもびっくりしているところです」

卑弥呼「わたしが熊とばったりと出会ったときなんか、不意をつかれたので戦うどころか防御するのも間に合わなかった時、わたしはあの爪で顔面を吹っ飛ばされるはずだったのです。その時、あなたは私を突き飛ばし、熊の懐に入り、巴投げで熊を崖下に落としました。あの勇気と巴投げは、ただものではありませんでした。あなたは相当な武芸者ではないのですか」

坂本「ぼくは強姦魔として名が通っているだけで、武芸者であったかどうか、岡田さんの氏素性はまったくわかりません。もしかすると、この体の坂本さんが凄いのかもしれません。ただのやさ男で臆病者だと思っていたのですが、臆病者はぼくのせいかな。肉体と精神と言いながら、二人がブレンドされてその境界がわからなくなりました。岡田と坂本がミックスされて、新しい人格の岡本ができたのかもしれません。もう岡本として生きていきたいくらいです。岡本、岡田と坂本の平凡な名字を足してもやっぱり平凡ですね。どうせなら、岡坂、いや坂岡、本田、田坂、こりゃ色々な組み合わせができますね」

卑弥呼「そんなことで楽しんでいる場合じゃないでしょう」

坂本「そりゃあ、そうですね。やっぱりわたしは岡田以蔵であり強姦魔なのですよね。自分が何者かわからないとしても、その責任から逃れるつもりはありません」

卑弥呼「黄泉二号ができて、この世とあの世の境界がはっきりしないくらいだから、自分が誰だかわからなくなっても、不思議ではないかもしれないですね」

坂本「でも、いまは充実しているのです。こうして三か月間、ひみこさんと二人でずっと行動できてとても楽しかったです。この世がこんなに楽しいならば、もはやあの世に帰らなくていいような気持ちなってきました。ひみこさんと一緒ならば」

卑弥呼「何をばかなことを言っているのですか。あなたがこの世で捕まったならば、あの世に行けずに消されてしまうのですよ」

坂本「なにかだんだんとあの世にいくことがどうでもよくなってきたんです。この月山での三か月間、はじめは早くあの世に戻りたいと必死でした。あの世の入口を一日でも早く突き止めたかったのです。あの世がどんな世か覚えていないのにも関わらずです。あたかも、みなさんから洗脳されたみたいです。滑稽ですよね。

 でも、徐々にぼくのそばにいるあなたを意識するようになっていました。ひみこさんと一日でも長く一緒にいたいと。この月山の三か月はあの世を探す、あの世へ戻るための日々ではなく、あなたと一緒にいるための尊い時間となったのです。私の至福の時間だったのです。過去の記憶のないぼくが他のことと比較することはできませんが、ぼくはあなたとの時間を一日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも、多く持てれば、あの世へ行けなくても本望です。あなたなしで、ぼくひとりで永遠の中で生き続けるならば、ぼくは永遠を望まないでしょう」

卑弥呼「外は吹雪です。この吹雪の叫びがあなたをいささか感傷的にしているようです。わたしも少し気が滅入ってきました。こんな話はやめにして眠りましょう。明日はラッセルですよ。雪の中を潜水のようにして泳ぐのです」

坂本「今夜は言わせてください。あなたへの思いはこの月山の雪のように降り積もっていきます。ぼくはすべての思いを吐き出したいのです」

卑弥呼「山が笑っていますよ。大笑いしていますよ。これでは大衆演劇です。好いた惚れたはわれわれには不必要です。感傷を捨ててしまいましょう。

 私に迷いはありません。わたしの人生は、ただ復讐があるだけです。わたしをおかし、のうのうと黄泉二号の中で生きている父に復讐するためだけに、わたしの残った命があるのです。恋、そんな甘っちょろいゲームに時間を浪費することはありません。愛、そんなやわな人間ではありません。そんな感傷にふけって、いったいどうするのですか。わたしには私に課した使命があるのです。以蔵さん、明日山を下ります。下山したらもはやあなたとはお別れです」

坂本「どうしてですか。二人でオペレーションセンターを探さないのですか。ぼくをあの世へ帰してくれないのですか。ぼくがあなたへの思いを口にしたからですか。いま言ったことは忘れてください。ただ、口が滑っただけです。あなたに対する恋愛感情なんて、これっぽっちも持ち合わせていません。わたしはあの世に帰りたいだけです。あなたに助けて欲しいだけなのです」

卑弥呼「未練です。いったん男が口にした言葉は再び飲み込むことはできません」

坂本「飲み込みます。何度でも飲み込みます。飲み込んだので忘れてください」

卑弥呼「このまま二人でいると、わたしたちの感情は激しく共鳴し合うことでしょう」

坂本「もしかして、ひみこさん、あなたもぼくのことを」

卑弥呼「ばかなことを」

坂本「女は吐いた言葉を飲み込めるのですか」

卑弥呼「ははは、飲み込めますよ。どんなに飲み込んできたと思うのです。飲み込むことに躊躇はありません。女はずるいのです。

寝ますよ、以蔵さん。明日のラッセルは厳しいですよ。新雪が二メートルは積もっていますからね」

坂本「ひみこさん」

卑弥呼「寝ます」

二人は離れて横になる。坂本は卑弥呼ににじり寄る。

坂本「ひみこさん」

卑弥呼は動かない。坂本は寝ている卑弥呼を抱く。卑弥呼と坂本は上半身を起こす。

卑弥呼「やりますか」

坂本「ちょっとそれはいくらなんでもムードがないんじゃない。いくらなんでも、やりますかは、ないんじゃない」

卑弥呼「ごめんなさい。それならなんと言ったらいいのでしょ。一発かましますか」

坂本「いったいどこでそんな言葉を覚えたんですか。折角その気になったのに、萎えてしまったじゃないですか」

卑弥呼「ごめんなさい。わたしだってあなたに抱かれたいのです。その気になってきたのです。目がトローンとなってきたのがおわかりですか」

坂本「なってきた、なってきた」

卑弥呼「でも、抱かれるための言葉や作法を知らないのです。セックスは数限りなくしてきました。体も売ってきました。でも、心を通わせるセックスなどしたことは一度もありません。そもそも、わたしは人を愛したことが一度もないのですから。わたしは愛する人を前にどうしていいかわからないのです。あっ、言っちゃった」

坂本「ひみこさんもぼくを愛してくれていたんだ」

卑弥呼「知りません」

坂本「ひみこさん」

二人ひしと抱き合う。

坂本「ぼく童貞なんです。

卑弥呼「えっ、あなた童貞」

坂本「どうしていいのか」

卑弥呼「あなた、岡田以蔵は強姦魔だったんじゃないの。万人の女を強姦した世紀の強姦魔じゃないの。そのあなたが童貞。冗談でしょう」

坂本「そうですよね。ぼくは世紀の強姦魔ですよね。どうして童貞なんて言葉が口から洩れてしまったんだろう。過去の記憶がないからかな。愛あるセックスをしたことがないからかな。そうですね。ここはぼくの本領を発揮して手荒く」

卑弥呼「私も処女、のようなけがれをしらない少女のつもりなんだから、そっとやさしくしてください。一夜限りの契りなんですから」

坂本「処女と童貞か。これは難儀やな。ひみこさん」

卑弥呼「以蔵さん」

二人はひしと抱き合い横になる。

(つづく)

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