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戯曲黄泉二号伝説  作者: 美祢林太郎
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第二幕 その4


卑弥呼「以蔵という人の心根は優しいのですね。それでは、わたしがあなたをあの世に戻してあげましょう」

坂本「えっ、あなたにそんなことできるんですか」

卑弥呼「確約はできませんが、可能なはずです」

坂本「どうやって」

卑弥呼「羽黒山の地下一万メートルに眠る黄泉二号は、地上にあるオペレーションセンターと繋がっています。ですから、そのオペレーションセンターからなら、あなたの記憶は黄泉二号の中に直接入力することが可能だと思います」

坂本「そのオペレーションセンターとやらは、いったいどこにあるんですか」

卑弥呼「わたしはそれをずっと探してきました。当然それは国家の最高機密です。そのオペレーションセンターの名前も場所もほとんど誰も知りません。おそらくこのことを知っているのは日本で5人もいないでしょう。システムの構築に関わった研究者はほとんど殺されてしまいました。国家権力は血も涙もありません。いまはすべての作業は、AIとロボットで行われています。

 わたしはオペレーションセンターに近づきたくて、様々な努力を重ねてきました。しかし、ずっと手掛かりはつかめませんでした。そこで黄泉二号にもっとも近いところにいれば、なんらかの手掛かりを入手できるのではないかと、羽黒山来世聖社の巫女になったのです。巫女になるためには、そりゃあエグイ手も使いました。ほんの10歳の時に頼れる身内が誰一人いなかったのですからね。そんな子が一人で生きていくためには、いろいろなことがありました。おっと、同情は結構です。人生は浪花節ではありません。

巫女になっても情報を得るためならばなんでもしました。女の武器は、いつの時代も同じです。男の腕力よりよっぽど強力な武器です。お金に困ることもありません。

 そうしてわたしは政府の要人から手掛かりを手に入れることができました。男の口は軽いのです。黄泉二号のオペレーションセンターは、月山のどこかにあるということを突き止めました。おそらくそこにたどり着ければ、坂本さん、いや岡田さん、さあ、どっちです?」

坂本「やっぱりこの体は借り物ですから、わたしは意識のある岡田さんなんでしょうね。とりあえず以蔵って呼んでください」

卑弥呼「申し遅れました。わたしは卑弥呼です。月山にあるオペレーションセンターにたどり着ければ、以蔵さんはあの世に戻れるかもしれません」

坂本「そうですか。山の中に入ることができれば、追手の目も眩ますことができますものね。でも、ぼくひとりでそのセンターを探しだすんですか。なんか心細いな。ぼく、山登りもしたことがないし、根性もないし」

卑弥呼「心配しないでください。わたしも一緒に行ってオペレーションセンターを探します」

坂本「どうして会ったばかりのぼくにそんなに親切にしてくれるのですか。もしかして、ぼくに一目ぼれしたんですか。だから、やってくれ、やってくれって迫ってくるんだ」

卑弥呼「何をばかばかしい。今さっきからあなたの考えは短絡過ぎます。思慮がなさすぎます。愛だ、恋だ、にわたしは興味ありません。わたしにも目的があります。わたしもセンターに入って、少し細工をしたいと考えていたのです」

坂本「なんです、その細工とは」

卑弥呼「ある夫婦が黄泉二号の中に入っているのです。その夫婦の情報をわたしは消します。コンピュータをいじって、黄泉二号にいるその夫婦をあの世から抹殺するのです」

坂本「やはりあなたはとんでもない人間だ。いったい、その夫婦とは何者なんですか」

卑弥呼「知りたいですか」

坂本「知りたいです。教えてください。お願いです」

卑弥呼「私の両親です。私を生んで10歳まで育ててくれた父と母です」

坂本「親殺しをしようというのですか。親殺しを。なぜ?」

卑弥呼「そんなに驚かれなくても、わたしはすでに10歳の時、この世で父を金属バットで殴り殺しているのです。わたしは正真正銘の親殺しなんです」

坂本「えっ」

坂本「あなたたち家族にはいったい何があったのですか」

卑弥呼「わたしとしたことが、少々しゃべりすぎてしまいました」

坂本「そこまで喋ったんだから、10歳の子が親を殺したいきさつを教えてください。ああ、なにかじれったいな。全部話してくださいよ」

卑弥呼「いえ、あなたに話す筋合いのことではありません。ただ、わたしが死んであの世に乗り込み、あの二人を殺せるならば、わたしはいつ死んでもいいでしょう。ですが、あの世で殺人はできないのです。あの二人を黄泉二号から抹消するためには、オペレーションセンターに入り込まなければならないのです。そこで、やつらの情報を消し去るのです。あなたは行くのですか、行かないのですか。わたしのことをここまで知って、行かないということになったら、死んでもらいます」

坂本「えっ、聞かなければよかった。もう忘れました」

卑弥呼「行くのですか、行かないのですか」

坂本「行きますよ、行きますよ。そうきつく言わなくてもいいじゃありませんか。もっとソフトにソフトに。でも、二人だけでそのセンターを探せますかね。ぼくは多分山登りの経験なんてないと思うし、体もひ弱そうだし、根性もなさそうだし。あっ、ちんちんだけは大きい。見てみます」

卑弥呼「馬鹿言ってんじゃないわよ。わたしこう見えても、柔道と空手が4段で、柔術が3段、自衛隊では銃器や火器のプロフェッショナルでした。50キロのザックを背負って一晩で100㎞歩き、ゲリラ戦の訓練も受けました。あなたを素手で殺すなんてわけもないことです。そしてあなたの死体をナイフ一本で誰にも知られずに5分以内にさばき、痕跡を一切残さずに処分することもできます。医学から気象学、ロボット工学からAIまで、そこらの学者よりもよっぽど知識があり実践にも強いという自信があります。すべては両親を抹消するために、死に物狂いで身に着けたものです」

坂本「ひみこさんてすごいんだ。ぼくがお言葉に甘えて襲ったら、殺されていたんですね」

卑弥呼「そんなことはしませんよ。セックスくらいで人を殺していたら、きりがありません。そもそもあなたにそんな気はないし、殺気も感じられませんでした。わたしは心理学のオーソリティでもあるのです」

坂本「まあ、それならそれでいいですけど、そんなに凄いひみこさんなら一人でセンターにたどりつけるんじゃありませんか。ぼくなんかがいたらかえって足手まといになるんじゃないですか。だいたい、ぼくがあの世に帰ることができてもなにもお礼はできませんよ。無一文で金は払えそうもないし、そのときは体で払いますか」

卑弥呼「お礼は結構です。ですが、あなたにはあなたの役割があります。あなたには最後のジョーカーになってもらいます」

坂本「なんですか、ぼくが最後のジョーカーって」

卑弥呼「それは秘密です」

坂本「ぼくが最後のジョーカーですか。なにか格好いいですね。ぼくが最後のジョーカーですか。スパイドラマのヒーローみたいですね」

卑弥呼「夜が明けてきたわ。すべての死者が羽黒山に帰っていきます。わたしたちも早速月山に行ってセンターを探しましょう。一体全体、何週間、いや何か月かかるかわかりません。12月になったら月山も本格的に雪が積もり歩けなくなります。この三か月が勝負です」

坂本「三か月も山に入っているんですか。食料はどうするんですか。あっ、そう言えば腹減ってんだ。なにか食べさせてくださいよ」

卑弥呼「山はイタチでもウサギでも食べ物は豊富です。木の実はあるし、キノコもあります。根雪になるまでは大丈夫。夜が明けます。さあ、出発です」


二人とも出かける。

誰もいなくなった部屋へ、トラと庄助の卑弥呼を呼ぶ声が響く。

「ひみこちゃん、ひみこちゃん。どうしたんだろう。トイレかな。いないわよ。ご来光でも拝みに外に出たのかな。ひみこちゃん、ひみこちゃん。黄泉二号からの脱走犯は、あなたの両親を殺した岡田以蔵なのよ」

(つづく)


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