伸ばされる手、抱きしめる体
こうして、クシュラ討伐任務として現れた連合軍所属の織姫三機は、金匱との戦闘に明け暮れている。
蓮司が駆る織姫の二番機に向け、乱菊が背中を合わせると、接触回線が開き、会話が成された。
『お久しぶりです、笹部さん』
『おう、スミレちゃん。これどういう事だ。なんで中京の機体が』
『アリスの遺産が狙われています。少しでも戦力が欲しくて、第一作戦部隊に嘘をついちゃいました。ホントにごめんなさい』
『じゃあ、あのクシュラの大群は』
『はい、遺産が操っています』
会話をそこそこに、乱菊が残る金匱の討伐に当たる。その姿を見据えながら、蓮司は「なるほど」と小さく呟いた。
以前ヒマワリと話した案件が、今まさに訪れている、という事だ。
――ならば、アイツの願いを叶えてやる他無いじゃないか、コンチクショウめ!
『おい隊長、俺たちはまず金匱の迎撃に当たるぞ! 奴らの好きにさせたら、クシュラの制御は中京に奪われる!』
『とか言って副隊長ー。ホントは可愛い男の子に向けてカッコつけたいだけでしょー?』
『 (ちょっとあるけど)そんなわけあるか! で、どうなんだ隊長殿!』
『……そうですね。クシュラを討伐しようにも、金匱がこちらを狙ってくるのならば、迎撃をしなければならない事は確かです』
では、と。
思考を整理した智香が、強い口調で叫ぶ。
『各機、まずは金匱の迎撃に当たってください! その後、クシュラ討伐に入ります!』
待ってました、と蓮司が声を上げ、自身の機体が持つ遠距離狙撃兵装の引き金を引き、金匱の頭部と腕部をレーザーで焼き落とす。
その姿に続き、三番機のサキが駆る織姫が、レーザーサーベル二式を用いてコックピット以外の部位を切り落とした。
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まるで攻撃の意思を見せぬクシュラの大群。その隙間を縫う様に駆けた刹那が、真里菜のしがみ付くクシュラへと接近しようとした時、襲い掛かるは紺色の機体。
『させん』
『真里菜を、渡すわけにはいかない!』
掌のビームマニピュレーターを展開させながら襲い掛かってくる敵機――エネルの攻撃を、美奈子がバックアップしながら避け、思い切り蹴り付けた。
「邪魔っ!」
「なんだよぉ――ッ!!」
軌跡は、脳内のイメージをフル活動させる。
出撃前、乱雑に掴んだ一対の日本刀――【師走八式】と言う名称の武装を抜き放ち、それを一振りずつ、振り切った。
斬撃を紙一重の所で回避したエネルは、機体を刹那へと重ね合わせ、二機は顔面と顔面をぶつけ合う。
『真里菜は、ボクの……ボクとバルドの世界を守る為に必要なんだ! 邪魔はさせない!』
「知るかそんな事! いいから――そこをどけェッ!」
二機が、脚部スラスターを吹かし、その機体同士をぶつけ合いながら、真里菜を背負うクシュラへ近づいていく。
他のクシュラは、その行動を咎める事は無い。 真里菜を背負うクシュラの前で、刹那とエネル、二つの機体が叫ぶ。
「真里菜! 俺だ、軌跡だ! 助けに来た。君を助けに来たんだ!」
『真里菜! ボクには君が必要なんだ! ボクを救ってくれ! お願いだっ!』
二人の叫び声が、スピーカーを通じて――確かに、真里菜へと届く。
真里菜はクシュラの甲殻を掴みながら息を呑んで、後ろめたそうな表情で、俯いた。
「……ゴメン、ソウキ君」
――君を助ける事は、出来ない。
真里菜はそう言いながら、刹那に向けて手を伸ばす。刹那の左腕も同様に伸ばされるが……その腹部を、エネルが強く蹴り付けた。
『ソウキ、お前は優しすぎる。真里菜は力づくでも!』
バルドの声が響き渡ると同時に、真里菜へと手を伸ばしたエネルの腕部。
だが周りに点在したクシュラ全体が、一斉にエネルへ襲い掛かった。
クシュラの一体が、エネルへと体当たりを仕掛けた後、全体一斉に牙を、爪を、エネルへと向けて突撃していく。
『クッ――化け物共、退け!』
そのクシュラを対処しようとしたエネル。今――刹那と真里菜には、隙が出来た。
「軌跡ちゃんッ!」
行くよ、と。真里菜は叫び。
「来い、真里菜っ!」
刹那のコックピットハッチを開けた軌跡がハッチに立ち、彼女の声へ応えた。
真里菜は、軌跡と視線が合うと、そのままクシュラを掴む手を――離し、空を舞った。
海風に煽られながら、空を舞う真里菜の体。真っ直ぐでは無い。だが足掻きながら、彼女は軌跡へと手を伸ばす。
コックピットハッチに足を着きながら、真里菜を追うように動く刹那の上で、落ちないようにバランスを取る軌跡。
彼も、真里菜に向けて、手を伸ばす。
あと少し、後もう少しで、その手が掴める。
後数センチ、後一センチ――
今、二人の手と手が、触れ合った。
軌跡と真里菜は互いの手を掴み、軌跡が彼女の体を、思い切り引き寄せ、抱きしめる。
「良かった――君を救い出せた」
「すっごく、ドキドキした――良かった。本当に……」
胸に感じる、彼女の温もり。軌跡はホッと息をつきながら、コックピットの中に入り込み、ハッチを閉じた。
真里菜は、そのまぶたから涙を流しながらも、笑顔で喜んでいる。
「軌跡君っ」
「助かったぞ、美奈子っ」
軌跡は、彼女の体を抱えたまま、操縦桿に触れ、再び神経接続を開始。
今まで美奈子の外的操縦により覚束ない動きをしていた刹那が、しっかりと動くようになる。
そんな動きを見据えながら、今最後のクシュラを撃墜したエネルが、刹那へと突撃してくる。
『真里菜を返せッ! 返せよッ! ボクとバルドが幸せになる為には、真里菜が必要なんだッ!!』
ソウキの、奇声とも言える絶叫が、スピーカー越しに聞こえる。だが、軌跡は彼に向けて、無慈悲な言葉を言い放つ。
「真里菜の意思で、お前たちを選ばなかったのなら――返すわけには、いかない」
師走八式を抜き放ち、エネルと斬り合いに発展する。
エネルは掌のビームジェネレーターを用いて師走八式の攻撃を躱し、あわよくば攻撃をしかけようとしてくる。
しかし飛来する新たなクシュラ群。クシュラ達は軌跡達を守るように立ち塞がった。
「これ……真里菜ちゃんが?」
「ああ、この機体と」
「アタシが……操ってる、のかな……?」
軌跡の手と真里菜の手が合わさると、機体メインモニタの隅に【Cshla System】と表記がされる。
今まさに、この機体を通し、真里菜がクシュラを操っているのだ。
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クシュラの大群を潜り抜ける乱菊と、その後ろを追いかけるミズホの駆る織姫は、敵艦【夢來】の甲板に機体の足を乗せ、各部重火器を構えた。
『英語は分かるな。こちら防衛省情報局第四班六課だ。今すぐ攻撃を停止し、こちらの誘導に従え。さもなくば撃沈させる』
『素直に応じた方が身のためだよ~?』
英語で語り掛けた彼女たちの言葉も虚しく、夢來の艦砲が全て、二機に向けられる。二人は舌打ちをしながら、その引き金を引いた。
スミレの乱菊はレーザーサーベルを艦橋に突き刺し、ミズホの織姫が肩部のミサイルユニットを展開。
その弾頭を半分ずつ、残る二隻の艦艇に向けて放ち、それが着弾。
火花を散らし、轟沈していく艦艇を見据えながら、二機が空に浮かび、その散っていく様を目に焼き付けていた。
『バカ野郎が』
『スミレ、エネルはどうする?』
ミズホがメインカメラをエネルと、その機体と戦うクシュラへと向ける。だが彼女は『大丈夫だ』と言い切った。
『あの二人が――【ヒジリを継ぐ者】と【アリスの遺産】が揃ったのならば、刹那は無敵になる。……誰にも負けはしないさ』




