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昔々、人間は同性同士で子供を作る技術を生み出した……

「あ、軌跡君戻ってきたー」


「先生のお話って何だったの?」



 一年五組の同級生――清水と植川が、教室へ入室した軌跡へ訊ねると。



「話しかけるな」



 軌跡はキッパリと言い放ち、自分のカバンを肩に掛け、教室を後にしようとする。


 清水と植川はため息と同時に彼の背中を指さしながら、聞こえるように彼の態度へ一言嫌味でも行ってやろうと口を開く。



「あーあ、軌跡君ってば、男の子じゃなかったらイケてんのにね。男だとあのツンケンした態度も、ただいけ好かねーだけ」


「ホントにねぇ。勿体ない」



 扉に手をかけた所で、彼女たちの声が聞こえたので、軌跡はムッと表情を歪めつつ、少しだけ声を低くしながら言う。


「女は女同士で乳繰り合ってろ。俺を巻き込むな」


「ていうかさ、軌跡君も素直になればいいのに。――男好きなんでしょ、軌跡君てば」


「別に。確かに恋愛対象にするのなら、女よりは男の方が選択肢に入りやすいがな」


「別にさぁー男好きを卑下する必要なんかしなくたっていいんだよ。同性愛は悪じゃないよ?」


「そーそー。ホーリツで認められてるもんねーっ」



 ――二千六十七年に、同性同士の遺伝子情報を用いた、外的生殖手術が可能となった今の日本は、同性同士による婚約が法律的にも可能となった。


 男性と男性、女性と女性、男性と女性。異なる愛の形を受け入れたと言っても良いこの技術と法案は、二十五年ほどの時間をかけてゆっくりと普及し、今や日本国内で問題視されている現象の直接的な原因にもなっていた。


それは、同性同士の生殖により生まれる子供は、同じ性別の子供しか生まれない、と言う問題に他ならない。


この法案の影響により、日本国内で女性同士の婚約が劇的に増え、結果女性同士の生殖手術率は全体の六割を占めた。


二千九十二年現在、日本人口の七割は女性となり、男性は残す所三割のみとなってしまった。


 男女比の逆転は女性優遇社会を更に拡大、外部妊娠手術支援にて同性同士の出産を金銭的に援助。公共交通機関での男性専用車両の普及により、異性とバスや電車で共になる事も無い。


もちろんこの政策や支援に関しては、男性の同性愛者にもメリットはあるものの、男性の同性愛者はあまり表だったものでは無く、むしろバイセクシャルな者が数多い。実質的には女性優遇の政策である事に変わりはない。


それに加えて女性同士の恋愛は、綺麗な百合を愛でるように祝福されるにも関わらず、男性同士の恋愛は、未だに良い目では見られない。レズセクシャルの女性にとって、男性は汚らしいものだと、そう認識される事も少なくない。



「別に俺は男が好きだから、相反して女が嫌いなわけじゃない。……俺はただ、女に嫌悪感を持っているだけだ。だから、話しかけるなと言ってるのがわからんなら、お前らは相当の阿呆だ」


 元々鋭い目つきを更に細め、言い放った彼の言葉に、周りの者は委縮していく。鼻で笑いながら教室を後にして、聖アルト女学院へと続く道を、彼は歩き始めた。


 横須賀高等学校は、聖アルト女学院と自衛隊及び連合省日本横須賀支部の、丁度中間に位置しており、それぞれに向かう為にはタクシーでワンメーター程度の距離しかない。


その道を歩きながら、軌跡は道を歩く者達を見据える。


女、女、女、男、女、女……時勢として女性が多い世の中だ。通行人も八割が女性となり、男性は一握り。内の一人である事を再認識しながら、彼は小さく溜息をついた。



 ――生き辛い世の中だ。



女性嫌いである軌跡にとって、今の世界は苦痛以外感じぬものである。


 どこを見ても女性ばかり。学校に行っても女性ばかり。絶対数が多いものだから、必然的に女性の権利は主張されていき、男性である自身にとって生き辛い世の中となっていく。


軌跡はそんな世界を、窮屈としか感じていなかった。


と。彼がセンチメンタルな気分に浸っていた時。横須賀基地から、一つの轟音が鳴り響いた。舞い上がる煙、空高く射出される何か――軌跡は上空を見据え、横須賀基地から飛び立った【何か】を捉えた。



「……ADか」



それは人の形をした、高機動兵器だ。



 AD――アーマード・ユニットと呼ばれる人型機動兵器であり、約十メートル弱の全長が印象強い陸空両用の機体だ。元々は宇宙空間で作業をするパワードスーツを改良した物だが、今や軍需産業の一角を担うものとなってる。



「……どこへ行くんだろう」



 小さく問うが、しかし答えなどない事は、彼自身知っている。上げていた視線を戻して、彼は前を見る。



――生き辛い世の中だとしても、それが彼の生きる【現実】なのだから。



 **



 一人の男子に見られていた事など、この男は知る筈も無い。


笹部蓮司――連合軍日本横須賀支部の第一作戦部隊に所属する男性であり、彼は自身の駆るGIX-P6【織姫】の操縦桿を押し込み、フットペダルを強く踏み込んだ。


 加速する、灰色の塗装を施された機体。背部に背負った【遠距離狙撃兵装零式】を構え、スコープを覗き込んだ。



「来やがったな、虫野郎」



 スコープが見せる、紅色の巨体。それはAD兵器では無い。


 化け物と言うべき姿をした、異形の生物だ。鋭い牙と爪、背部から生える六枚の羽がその巨体を羽ばたかせ、薄い桃色の光を放っている。



【クシュラ】と呼ばれる、異形生命体――主食は人肉。


 人類の平和を脅かす、正体不明の異形侵略生命体と称しても良い。



 それが蓮司の駆る【織姫】を視界に捉えると、真っ直ぐ向かってくる。蓮司は動きを見据え、短くトリガーを引いた。


 銃口から伸びる細いレーザーが、クシュラの頭部を貫き、死滅。


 だが背後からクシュラが三体姿を現れた事を確認し、チッと舌打ちをしながら次弾を装填、放つ。


 狙いの定まっていないそれは命中することなく、クシュラ達が拡散する。



「すまん、こっちがしくじった。援護頼む」


『全く。笹部先輩は、相変わらずドンクサイですね。行きましょう、サキ先輩』


『はーいっ』



 蓮司の織姫が通信を取ると、それを受ける機体が二機。蓮司の機体と同じく【織姫】が、手に【レーザーサーベル二式】を構え、突撃した。


まずは左に散ったクシュラを、一機の織姫が隣接すると、クシュラはその機体に向けて爪を振り切るが、見抜いていたような動きで避け切った織姫が、爪を切り裂いた。


 海空に蔓延る絶叫。だが気にする事も無く、続けて二振り目がクシュラを襲う。光刃がクシュラの首を焼き切ると同時に、クシュラは死滅して海の藻屑となり、消えていく。


続けて、右に散ったクシュラは織姫と距離を取った後、口を大きく開けて、胃液を吐き出すと、それは太陽の光と外界に吐き出された事による摩擦で燃え、ブレスとして織姫に襲い掛かる――はずだった。


 それを、急上昇をかける事で回避するだけでなく、クシュラの上を取った織姫は、レーザーサーベルを逆手持ちしてそれを振り下ろし、クシュラの腹部を貫き、海に向けて蹴落とすと、熱と海面に叩きつけられた衝撃で、死に至る。


残るクシュラ一体に向け、今度は正確に、重力誤差と滞空誤差を修正した照準を定め、蓮司が発砲。


 伸びるレーザーは一瞬でクシュラの体を焼き切り、痛みすら感じさせていないだろうスピードで、死に至らしめた。



全てのクシュラ掃討を確認し、蓮司は溜息をついた。



「助かったぜ。東ちゃん、サキ」


『本日の晩御飯は奢り決定ですね。笹部先輩』


『ご馳走様でーすっ』


「たく……まぁ、良いか」



 今日は給料日だしなと呟いて、蓮司はヘルメットを外し、無精ひげに触れて気持ちを落ち着かせた。

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