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ソウキの願い、真里菜の想い

【ひとひら】の艦艇から離れた位置に、中京共栄国が保有する艦艇があった。


 艦艇は三隻。いずれもイージス艦【夢來】で、三隻は敵艦との距離が離れている事もあってか、慣性航行に入っている。


 先頭にある旗艦の捕虜収容所に、伊勢真里菜は閉じ込められていた。扉の向こうには男が二人。


 いずれも中華系の顔立ちをした男で、手にはゴツゴツとしたアサルトライフルがある。逃がしはしない、と言う意思表示でもあるのだろう。



「やあ真里菜。手荒い歓迎でゴメンね」



 男たちの間に割って、収容部屋の鍵を開錠し、入って来た子供、軌跡と似た顔立ち、幼く可愛らしい外観。


 真里菜も一瞬警戒を解きそうになるが、彼の後ろを歩く大男――体長二メートルは有ろう体格をしたアメリカ系の男を見て、ビクリと体を震わせた。



「ああ、バルドは怖いよね」


「では下がっている」



 バルドと呼ばれた男は、少年の言葉に頷いて、その身を翻した。少年は真里菜の前に立ち、名乗る。



「ボクはソウキ。真船軌跡と同じく【ヒジリを継ぐ者】だ」


「あの、帰してほしいんだけどな」


「残念だけど、それは出来ない。ボクは君に用があるんだ」


「用?」


「君の体を調べさせてほしい。――ああ、やましい意味は無いよ。言葉通りの意味で、君の遺伝子構造を調べたいんだ」



 一歩身を引き、自分の身を守ろうと距離を作る。だが、真里菜が一歩後ろに下がる度に、ソウキと名乗る少年も前へ出る。



「お願い。ボクには時間が無いし、あんまり手荒な事は、したくない」


「意味、分かんない。アタシの事調べて、一体どうするつもりなの? アタシ、バカだから、ちゃんと教えてくれないと、わかんないよ」


「じゃあ説明しよう。君は式波アリスが作り出した、式波アリスのクローニングなんだ。ボクや真船軌跡は中村ヒジリのクローニングだけど、君は式波アリスの遺伝子情報から生み出されたんだよ」


「じゃあ何で、アタシを調べたいの? それが分かんなかったら『うんいいよ』なんて、言えないよ」


「当然の疑問だね。もう少し詳しく説明する」



 ソウキは、自分の胸に手を当てて、フッと微笑んだ。



「ボクは式波アリスが作り上げた、中村ヒジリのクローニング。真船軌跡には説明したけど、ボクはちょっと長生きが出来ない身体なんだ。


 遺伝子に欠陥があり過ぎて。そこで君か、真船軌跡の遺伝子データがあれば、もしかしたら遺伝子上の欠陥を見つけて、修正できる可能性があるんだよね」


「長生きが、出来ない……?」


「そう。長い目で見て、あと一年持てば万々歳。そんな状態」



 笑いながら、重たい事実を口にした彼は、最後に口を紡いで、視線を真里菜へと真っ直ぐに向けて、言い放つ。



「君や真船軌跡は、クローニングとしての成功体だ。普通の人と同じ人生を歩めるだろう。


 ――だけど、ボクは違う。いつ倒れるか、いつ死ぬか分からない恐怖と戦いながら、生き長らえている。


 けれど、君か真船軌跡の遺伝子データを解析出来れば……もしかしたら、生き長らえる糸口が、見つかるかもしれない」



 お願い、と頭を下げた少年。その少年の願いを――真里菜はどう受け取ればいいのだろう。


 遺伝子データの提供だけならば、皮膚の一部、血を数滴、髪の毛の一本でも差し出せば良いだろう。


だが、はたして本当に、それだけで済むのだろうか?



「あの……アタシはこれから、どうなっちゃうの?」


「――出来れば、恨まないでほしい。君はこれから中京の研究室で、脳を弄繰り回されるだろう。死ぬ事は無いと思いたいけど、どうなるかは、ボクには分からない」


「遺伝子が欲しいだけって言いながら、アタシは中国に連れ去られちゃうんだよね。そこは、変わらないんだよね」


「そうだ。ボクはただ、君の遺伝子データと、データを解析できる設備が欲しかったから、ボク自身とバルドの能力を、中京に売り込んだ。恨まれたくないから、素直に話すよ」


「……卑怯だよ。そんな話聞いて、首を横に振る事なんて、出来るわけないもん」


「そうだね。ボクは我が身可愛さに、君を陥れた。中京に心まで売った。恨んで欲しくないなんて、勝手過ぎるよね」



 二人が沈黙し、一分経つか――そう思われたその時、艦内が揺れた。


 揺れはそれ程大きくは無いが、真里菜の小さな体が傾き、お尻から地面に預けられる程ではあった。


 反対に、ソウキはその場でバランスを取って背後を振り返ると、いつの間にか近くに居たバルドが「敵襲」と短く伝える。



「炸裂魚雷。艦艇の近くで爆発したようだ」


「――四六だね。思ったより早かったかな」


「ああ。増援を呼ぶ時間は無いだろうから、恐らくあの二機だけだ」


「鳴海ミズホ、中村スミレ――名うてのパイロットとはいえ、二機だけでボク達やこの中隊を相手に出来るかな」


「やらせはしない。行くぞ」


「うん」



 短く返事を返したソウキは、真里菜の手を取って彼女を起き上がらせると、彼女の服に付いた埃を払い、そしてその場に座っているように指示をした。



「君がいるから、艦を沈める事はないと思う。君は大人しくしていなよ」


「……優しいね、ソウキ君」


「優しくなんかない。ボクは自分が可愛いだけさ」


「ううん、優しいよ。――でも、温かくは無い」



 真里菜の言葉が気になって、ソウキは首を傾げた。



「軌跡ちゃんは、目付きは悪いけど、もっと温かい。ソウキ君は目付きも、行動も優しいけど……軌跡ちゃんの方が、温かい。そんな感じがする」


「真船軌跡は成功体だから、人の気持ちを、理解できるんだよ。ボクとは、違う」



 ソウキは俯きながら翻り、バルドと手を繋いで、収容所を出て行く。その背中をずっと、真里菜は見据えていた。


寂しい背中だと思いながら、真里菜は目を閉じ、祈るのだ。



――軌跡ちゃん。助けて、助けてよ。

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