銃弾の軌跡
「式波アリス――お母さんは、ホントに、アタシの事も、お姉ちゃんの事も、愛してないの?」
『しつこいわよ。私が愛するのは――三人だけ。ヒジリと、あの子達だけ』
あの子達とは、誰の事を言っているのか、スミレには分からなかった。
だが、自身の中に――母親へ向ける愛情が無くなっていく感覚がある事に、気が付いてしまった。
もう既に、何度も口にしたが、今一度、口にする。
「殺す、アンタは……お母さんは、アタシが、殺す……っ!!」
戦闘機形態に変形し、疾くとラブレスの下へ駆けた乱菊。
その頭部をラブレスの腹部に叩きつけて、機体が動きを止めた瞬間、乱菊は人型形態へと変形し直し、その手に持つレーザーサーベルを、頭部と腹部に突き付けた。
『ちぃ――!』
コックピット部が緊急脱出装置として切り離され、搭載されていたスラスターを吹かしながら、初春内部に向けて逃げていく。
その姿を追いかける乱菊。初春内部に侵入した乱菊は、その機体を駆る少女を、格納庫に降ろした。
パイロットスーツをまとい、駆ける。
彼女を探し――そして見つける。
そこは一つの部屋だった。ノートが敷き詰めらた本棚が部屋の面積を狭める、恐らく式波アリスの自室であろうか。
部屋にある机で、女性が涙を流しながら一つのノートへ向け、ペンを手に取っていた。
『十二月二十四日。スミレが私を殺そうとしてくれた。
嬉しい、私は今とっても嬉しい。
自ら産んだ子供が、私に殺意を向けてくれている。私を、止めようとしてくれている事が、何より嬉しい。
私はこれから死ぬ事になるけれど、それでいい。
私の望んだ幸せはここに無いのだもの。
この世界は【あの子達】が幸せに暮らせる世界となる。
そして私は、あの人の所へと、逝けるのだから』
自らが記す文章を書きながら読み上げる女性。
身に朱色のゴシックロリータをまとい、輝かんばかりの金髪を揺らめかせている彼女は、やがてペンを置き、スミレへと視線を向けた。
その顔は、本来美しい女性であった筈なのに――今、彼女の顔面は、心労と過労により、酷く醜い表情を浮かべていた。
「あは……スミレ、来たのね」
「……うん。殺しに来たよ」
パイロットスーツに備えられていた9㎜拳銃を手に取って、スミレは銃口を女性――式波アリスへと向けた。
「最後に、確認していい?」
「ええ。なんでも聞きなさい、スミレ。これがお母さんの、最後の言葉なのだから」
「ホントのホントに……お母さんは、アタシを……お姉ちゃんを、愛してなかった?」
無駄な事だと思いながら、幾度も問いかける。
彼女はまだ、十六歳の少女なのだ。
今まで親の愛情を知らず育ってきた彼女にとって、何より欲しいのは――実の母からの、愛情なのだから。
「そう、ね」
フゥッと、そこで一息ついた式波アリスは。
「貴女達二人が生まれてきた時は――愛情を、覚えたのかもしれないわ」
ニッコリと微笑みをスミレへと投げて、その銃口に慈しむような視線を向けた。
「貴女の手で、殺してくれる? スミレ」
「うん。ごめんなさい、お母さん」
「どうして、貴女が謝るの?」
「さっきの言葉だけでも、アタシはとっても嬉しいんだ。これから、お母さんと一緒に、生きていきたいって、そう思った」
「……ええ」
「けど、ダメなんだ。お母さんはこれから、もっといろんな人を傷つけていく。
大好きなお姉ちゃんも、お姉ちゃんの大切な人たちも……アタシを好きで居てくれる、ミズホの事も」
「そうね。そうしなければ、私はとても、生きていけないんだもの」
「だからごめんなさい。アタシは、アタシの今、大好きな人を守る為に……大好きになれるお母さんを、殺します」
その言葉を最後に、引き金を引く。
消音性高い拳銃から奏でられる、タンッ、と短い銃声と共に、式波アリスは頭部に銃弾を受け、ブルリと身体を震わせて――絶命した。
死体を、ずっと見ている事は出来なかった。
スミレはすぐに踵を返し、歩きながら格納庫へと戻っていく。
格納庫には、既に一人の少女が待ち構えていた。左目に眼帯を付けた――スミレを愛してくれている親友・鳴海ミズホ。
彼女は、肩まで伸びるツインテールをなびかせながらスミレの下へと向かい、手を握った。未だに、拳銃を握る手を。
「スミレ、大丈夫?」
「やったよ、アタシ。お母さん、殺せた」
「……スミレ」
「褒めて。ねえミズホ、褒めてよ。アタシ……皆の、為に……アタシ」
薄ら笑いを浮かべながら、ミズホへとそう願い出るスミレの小さな体を、ミズホは、ただギュッ――と、抱きしめた。
「泣いて、いいんだよ。スミレ」
「……アタシ、もうちょっとで……アンタを傷付けたお母さんを、殺せない所だった」
「そっか」
「情けないよ。アンタはアタシの為に、戦う事を決めてくれたのに……アタシは何も、守る事、出来ないかもしれなかったんだ」
「それが、スミレの優しさだもん。アタシは、そんなスミレが大好きなんだよ」
「アタシ、アタシ……っ! 人を、殺しちゃったよぉ……お母さん、殺しちゃったよぉ……っ!!」
「ごめんね、スミレ。辛かったね。――ごめんね、そんな役目ばっかり、押し付けちゃって」
溢れ出る涙を、もう堪える事など、出来なかった。
スミレはただ、その場で泣き続けた。後悔を胸に宿して、作られた重力と空気の中で、彼女はただ、ミズホの胸を借りて。
一度中止となった初春掃討作戦の後、スミレは自らの右目に、ミズホの眼帯と同じ物を付ける事となった。
それは、自身を守る為に目を失ったミズホの『左目』になる事の、決意表明である。
彼女は眼帯をまとったまま、四六のパイロットとして成長を続け――
そして十年後の、今に至っている。




