グッドラック
監視衛星から、敵母艦の位置データを早々に受信できたことは幸いだった。
敵母艦は中京の保有するイージス艦【夢來】で、その高速艦艇を捕捉・攻撃すること自体は難しくは無い。
だが肝心のAD所有状況を把握する事は出来ていないし、何より向こう側には真里菜が捕えられている。
ヘタに攻撃を仕掛けて、彼女を殺してしまう事は出来ない。
「――となれば、戦力が足りない」
独り言を、睦が呟く。
金匱を足止め出来る者、敵艦艇に突入して真里菜を奪還する者、エネルを打破する事の出来る者――
それらを全てスミレとミズホに任せるだけでは解決しない。
せめてヒマワリが動ける状況であるのならば、状況は幾分か楽にはなるのだが――そう考えていると。
「か、艦長。連合省日本横須賀支部の支部長から、衛星通信が入っておりますが」
「は?」
通信手からの報告に、思わず変な声が出た。
連合省と防衛省には、確かに横の繋がりはあるものの、この情報局第四班六課に直接通信が入る事は前例がない。
だが通信を出すにしたって、一度は連合省上層部と情報局、防衛省情報局を通し、その後に転送を行う必要がある筈だ。
となれば上層部が許可を出したと言う事だから、無下にも出来ない。
「……繋いで頂戴」
忙しい時に、と自棄になりながらも艦橋の通信機に手を伸ばすと、男性の声が聞こえた。
『四六、聞こえるか。こちら横須賀支部、第一作戦部隊の副隊長、笹部蓮司だ。――霜山さん、久しぶり』
「あら、笹部さん? お久しぶりです」
睦と笹部蓮司は、ヒマワリが第一作戦部隊の部隊長を務めていた十年前に一度、偶発的に作戦を共にしたことがある。
その際に彼が多大な戦果を上げているものだから、名前は未だに覚えていた。
「申しわけありません。これから私たちは作戦が御座いますので、お話があるのならば、手短にお願いできますか?」
『そんな時にすまない。ウチの現隊長が、どうしてもアンタらと話がしたいと』
『現、第一作戦部隊の隊長を務めています、東智香と申します。霜山睦さん』
新たに聞こえた声は初めて聞くが、名前には覚えがある。十年前に蓮司らと共に作戦行動を行った際、一番下っ端だった筈の女性だ。
「東さん、部隊長に出世なされたんですね。おめでとうございます」
『ありがとうございます。そちらもお忙しいようなので、要件を手短に』
「はい」
『連合軍では、常に優先度の高い作戦情報を欲しています。
こちらでは知り得ない情報を、あなた方防衛省情報局の方から頂ければ、こちらとしてもクシュラの情報を頂けますし――
あなた方にも無茶な事をさせずに済みます。その業務連携のご提案をと思っております』
正式な書類は後日送りますが、と説明をした彼女の言葉を聞き――睦に閃きが走った。
「いえ、いいお考えだと思います。手始めに情報をお話ししたいのですが、その前に。今すぐにそちらも、作戦行動を起こす事は可能ですか?」
『え、は、はい?』
まさかポンポンと話が通るとは思ってもいなかったらしい智香の声が、若干上ずった。
「今すぐクシュラの情報提供を行います。これはおそらく、そちらも掴んでいない情報だと思いますが、今後のクシュラ討伐を左右する重要な案件です。
もし今すぐに作戦行動が出来ない、と言う事ならば、今後も即時対応が難しいと判断し、業務連携のお話は無かったことに」
『ちょ、ちょっと待ってください! ふ、副隊長、可能で――あ、はい。だ、大丈夫、だそうです』
焦っている焦っている。どこか彼女の反応が面白くて、睦はニヤニヤと笑いながら、先ほどまでの怒りを忘れたように、嬉々として話を進める。
「では今すぐ、今すぐ。先日爆撃があったら・し・い、ギガフロート建設計画跡地付近に部隊の派遣をお願い致します。
第一作戦部隊に、です。可能ですよね?」
『ぎ、ギガフロート跡地? あそこまでかなりの距離が――』
「可能ですよね?」
第一作戦部隊には、突然の事態にも対処が出来る様に、長距離支援用輸送機の準備が、何時でも万全にされている筈である。
その輸送機を用いれば不可能では無い。到着に一時間半程かかろうが、それはすぐに作戦行動を起こそうとしている四六も同様だ。
『あー。霜山さん、可能だ。すぐ出せる』
悩んでいる智香に変わり、蓮司がそう声を入れ込んだ事を確認、ニッコリと笑みを浮かべる。が、向こうにはその笑みは見えていない。
「結構です。では正確な位置データはすぐに送信致します。一刻も早いご到着を、お待ちしておりまーす!」
『ちょ、ちょっと待って副隊――』
『了解、交信終了』
ブツッと、回線が切れる音がすると、睦はそのまま無線機を置いて、安堵した。
「あの笹部さんに動いて頂けるのなら、是非もありません」
――今後の些細な情報など、くれてやる。
彼女は笑みを浮かべた後、艦内全域に声を響かせた。
「これより、強行作戦を開始します! 艦内乗員は、作戦マニュアルB2に従い、行動してください!」
艦内の練度は高い。彼女の声を聴いて、返事を返す前に行動を開始していた。
**
連合省日本横須賀支部の支部長室で、東智香は頭を抱えていた。
その姿を見据えて支部長は不憫そうな表情を浮かべて退室、笹部蓮司は彼女の肩にポンと手をのせる。
「ま、これが隊長殿の望んだ状況だろう。さっさと出撃準備だ。サキも呼び出さねぇとな」
「うぅ……」
四六を利用するつもりが逆に利用されてしまっているような気がする。
どこか腑に落ちない表情をしながら、智香は本来部下である蓮司に「どうしましょう……」と嘆いた。
「どうしましょうも何もねぇだろ。相手が情報提供に好意的であるなら、利用しない手はねぇ。
こっちは戦力を提供する、あっちは情報を提供する。まさにウィンウィンだ」
「支部長を苦労して説得して、ようやく四六の仕事を奪えると思ったのに……!」
「情報は最大の武器。これで分かったろ。畑違いの情報局と手を結ぼうとするから逆に利用されんだ」
「分かってますっ」
「はいはい。いい勉強代だと思って、都合よく利用されてくるぞ」
「分かりました――今回の作戦で、我が第一作戦部隊の練度を、見せつけてやります!」
「いえっさー、東隊長」
もはや自棄になっている我が隊長の頭を撫でながら慰めて、蓮司は行動を開始する。
(四六が動いてる重要な案件って……もしかしてアイツの言ってた【アリスの遺産】関連か……?)
そして彼の考えは、見事に的中する事となる。
**
作戦準備を行ってから二時間。中村スミレと鳴海ミズホは、機体チェックを万全に済ませた上で、自らの機体に乗り込んで作戦会議を行っている。
『じゃあ、アタシがエネルをやるよ。スミレは敵艦に突入して、真里菜の奪還をお願い』
「了解した。睦さん、第一作戦部隊の到着予想時刻は」
『先ほど笹部さんからご連絡を頂きました。行動は既に済ませており、作戦区画まで到着するのに、後三十分ほどかかるとの予想です』
「三十分弱は、二機だけでエネルと金匱を相手にしなければならないのか」
随分と難しい注文だが、第一作戦部隊が行動を共にしてくれると言う安心感が、スミレにはあった。何せ――
『私の元部下だ。安心しろスミレ』
元々ヒマワリが部隊長を務めていた第一作戦部隊だ。練度は誰より、彼女が知り尽くしている。
当のヒマワリは艦橋でアドバイザーとして着任。彼女が戦術指揮を執るのならば、作戦行動中に無駄な動きをする事はないだろう。
『スミレ、笹部からの伝言だ』
「伝言?」
『「無茶すんなよ、スミレちゃん」――だそうだ。アイツの言葉なんか適当に聞いておけばいい。精一杯無茶して来い』
プフッ、と。思わず笑ってしまう。スミレは緊張していた手の力を少しだけ緩め、そして適度な力で操縦桿を握り直した。
『じゃあ、行こうかスミレ』
「……ああ」
甲板に設置された、AD用カタパルトに脚部を固定させ、機体の腰を落とした。出撃シークエンス開始に入る。
機体とカタパルトが連動。スミレとミズホの準備が万全である事を確認すると、そのまま機体エンジンを点火させ、二人が叫ぶ。
「中村スミレ――乱菊。突撃する!」
『鳴海ミズホ――織姫。ブッ飛ばしてくるよ!』
エンジンの点火と連動し、脚部にはめ込まれたカタパルトが機体を前方に押し出していく。
三、二、一。
――カウントダウンがゼロになると同時にカタパルトから脚部が外され、そのまま機体を空中へと舞わした。
機体が空を舞うと同時に、二機は背部スラスターを点火させ、速度を保ったまま空中を滑空する。
その姿を見据えながら、艦橋に居る睦とヒマワリは、口を開く。
『グッドラック』
二機に幸運があらん事を。そう祈りを込めた言葉を放つと同時に、作戦が開始となった。




