真船軌跡の秘密、お話します。1
「……すごい」
軌跡とヒマワリが搭乗したジェット機の中は、機内と言うよりは部屋と言うような外観をしていた。
しっかりと固定はされているものの椅子と机が。下に敷かれたカーペットは非常に柔らかく、踏むだけで足が吸い込まれるような感覚がした。
「では出発だ。座ってシートベルトを着用するんだ」
頷き、椅子に座ってシートベルトを着用する。乗務員の男たちが安全確認を実施。確認を終えた後に隅の椅子に座ってシートベルトを付ける。
「貨物室、管制室、その他、大丈夫か?」
ヒマワリも、耳元の無線で通信を取った上で確認を行い、最後に彼女が言う。
「では、出発しろ」
彼女の命令と共に、ジェット機が少しずつ動き出す。
最初は地に足を付けて走行していたジェット機が、次第に上空へと舞い上がり――最後には、雲より上に飛び立った。
「シートベルトを外して大丈夫だ」
機が安定した事を確認してから、ヒマワリが率先してシートベルトを外すと軌跡も外し、席を立ってみた。
揺れも何もない、普通に地面を歩く感覚を楽しんだ後に、再び椅子に座り込む。
「凄いですね、自家用ジェット機というのは」
「まぁ、乗る人数が限られれば、このように立っていても問題が無いように内装するさ」
乗務員と護衛以外は数人乗れれば上等だと言ったヒマワリは、乗務員に飲み物を運ばせた後に退席を命じる。
乗務員がそれぞれの居るべき扉の向こう側へと消えていった事を確認すると、ヒマワリが軌跡に向け、言葉を放つ。
「さて。では本題へ入ろう」
「わざわざ男の呼び方で呼んだからには、何か理由があるんでしょうね」
「ああ。君は、なぜ自分が聖アルト女学院に招かれたか、理由を知りたがっていたな」
「教えて頂けるんですか?」
「その前に。なぜこうして、君をこのジェット機へと連れ出したか、解るかい?」
「いえ、わかりません」
何かを語るだけならば、寮にある軌跡の部屋でも、何ならヒマワリの部屋でも構わない筈だ。
「日本では何時、どこで、誰が、何を聞いているか分からない。空の上、しかも私が個人で所有するジェット機であれば、細心の注意さえすれば、情報漏洩の心配も無いだろう」
「よくわかりませんが……それ程まで情報漏洩を気にするような内容なのでしょうか」
「――【式波軌跡】君。君の出生についても関わってくる、重大な事実をお話するからだ」
その言葉、その名前に。軌跡は目を見開いて、ヒマワリに向けて口を開けた。
「俺の【旧姓】を……なぜ、知っているんですか? 旧姓を知っているって事は、母さんの事も」
「知っているさ――私は、知っていなければならない」
彼女はジェット機に備え付けられたモニタを稼働させて、一人の女性を映し出した。
中性的な顔立ち、枝毛一つ無さそうな綺麗な黒髪、目つきは少し細いが綺麗な瞳を持つ女性。
少し、ヒマワリに似ていると感じた事は、決して間違いでは無かった。
「彼女は中村ヒジリ。既に故人。遺伝子研究の第一人者だった女性だ。彼女はこの世界に、同性同士の生殖技術を授けた張本人でもある」
そして次に映し出される女性は――軌跡にとって、二度と忘れる事の出来ぬ女性だ。
和らかな笑顔を浮かべる、ウェーブの効いた金髪ロングヘアの女性。
その顔立ちは非常に整っており、女性としての全てに優れていると言っても良い。
――そう。あの美しい顔だ。
彼女の事を、軌跡は良く知っている。
「彼女は式波アリス。かつて中村ヒジリと共に遺伝子研究を行いながらも、様々な物理学に精通していた女性で、元は高田重工の所属だ。今のAD兵器の基礎理論を生み出した一人と言っても過言では無いし――」
一拍置いて、ヒマワリは続く言葉を、言い放つ。
「君の母親でもあるだろう。式波軌跡君」
僅かな沈黙。軌跡は、突然の事でどんな言葉を投げれば一番いいのか、それだけを考えながら、しかし考えのまとまらない頭を抑え、続く筈の言葉を待っていた。
「彼女は、二十年前から世界を騒がせている異形生命体【クシュラ】の生成技術を発明し、世界を脅威に陥れた張本人であり――
その命は既に、私の妹により、殺されている」
え、と。思わず声が出た。
クシュラの存在は一般に公開されているものの、存在理由は未だ解明がされていない筈だ。
なのになぜ、自分はクシュラの生みの親として、母親を紹介されているのだろう。
軌跡は自らに紹介された中村ヒジリと言う女性と、母親である式波アリスの繋がりが、何より真意が見えずに、苛立ち、思わず声高らかに叫ぶ。
「ふ……ふざけてんのかアンタは!? 母さんが殺されてるだとか、クシュラの産みの親だとか、AD兵器の基礎理論を生み出したとか、そんな事、俺には何の事だかわからない!」
「そうだな。順序立てて説明しようではないか。君が窮屈に感じるこの世界の成り立ちも――君と真里菜の、出生に関する秘密も」
「俺だけで無く、真里菜さんの出生も?」
そう言われては軌跡も、彼女の言葉を聞く他無い。
キッと目の前を見据え、自らの足に力を込める。決して膝を折ってやるものかと覚悟を決めた軌跡の表情を見据えて、ヒマワリは微笑んだ。
「本当に、あの人に良く似ているよ」
「もしかして、母さんの事ですか?」
「そうだ。子は親を写す鏡とは、よく言ったものだよ」




