中村スミレは宇宙で戦います。(同僚と共に)
宇宙空間に広がる闇が、目の前を覆うようだった。
中村スミレは、少しだけ乱れた呼吸を整えながら、操縦桿を強く握りしめ、視線を目の前の光景から、一つの要塞に移す。
円筒型のコロニーを模した、小惑星のような要塞は、鋼鉄の塊である機体を多く動員し、そこを守るようにしていた。
【メルトアリス】と呼ばれる、自動操縦システムを導入されたアーマード・ユニット兵器――通称AD兵器だ。それらは腕に一つずつアサルトライフルを持っていて、武力としては十分に見える。
「ミズホ、良いか」
『オーライ』
「これより要塞基地【初春】に突入。内部から破壊するから、なるべく派手に暴れてくれ」
『終わったら、イイ事してくれる?』
「そうだな。考えておく」
そこで通信が切れる。ミズホと呼ばれた女性の声はもう聞こえないが、宇宙空間を駆ける金色の光が、スミレの視線に捉えられた。
【織姫】と呼ばれる、純日本製のAD兵器。全身を金の塗装で覆われた機体は、速度を後押しするように搭載されたブースタから火を吹かし、メルトアリスの大群へと向かっていった。
メルトアリス群はその存在を認識すると、警告も無しに発砲を開始する。
アサルトライフルから放たれる銃弾は、無重力の海を流れ、織姫の装甲を貫く――と思われた瞬間、織姫は少しだけ体を横に逸らして、銃弾の雨を紙一重で回避していく。
全ての回避を確認した織姫は、左肩部に搭載されたミサイルポッドを開き、放てるだけの弾頭を全て「ぶっ放した」。
放たれたミサイル群は一つ一つが誘導をかけられ、漏れる事無く全てのメルトアリスに直撃する。大破した物、腕部や脚部だけを破損した物もある。
大破したメルトアリスを無視し、織姫がサイドアーマー部に装備していた【レーザーサーベル二式】を二本抜き、振り切ると、一機のメルトアリスが、宇宙空間で静かに爆ぜていく光景――それを見据えたスミレは、タッチパネルを軽く叩いた。
「ミズホの作った道を往く。中村スミレ、乱菊――出撃」
脚部に搭載されたカタパルトから、スミレの乗り込む機体が押し出される。
薄い桃色の塗装が成された機体。それは宇宙空間に射出されると同時に機体を稼働、変形させた。
人型形態から戦闘機形態に変形した機体【乱菊】は、先ほど織姫が作ったメルトアリスの居ない宇宙の道を駆けていく。
乱菊を撃とうと銃口を向けようとしたメルトアリス群だが、その行動は叶わない。織姫の背部に装備された巨大な砲身を右肩部へ稼働させ、放たれたビーム砲の一閃が、十、二十とメルトアリスを焼いていく。
メルトアリス群が危険性を鑑みたのかしたのか、織姫に向けて引き金を引いた所で、乱菊は小惑星『初春』内部侵入に成功。同時に人型形態へ変形を戻し、ラダーを用いてスミレが地に足をつける。
「内部は重力処理が働いている。これより潜入を開始する」
ヘルメットに搭載されたマイクに声を吹き込むと、パイロットスーツに用意していた自動拳銃の様子を確認する。銃弾、整備に問題は無いとし、それを構えてスミレが前進。
まず最初に辿り付いたのは管制室だ。管制室からメルトアリスの操縦システムにアクセスしようとしても、管理サーバーが違うのか弾かれる。舌打ちして、マイクに再び声を吹き込む。
「ミズホ。もう少し、ソイツらの相手を頼んでいいか?」
『むしろここでやめろって言われたら不完全燃焼かな』
「助かる」
短く意志疎通を済ませた後に、小惑星中のロック処理と警報装置を解除した。これで自由に行動が可能となると確認し、走り出す。
「情報通りなら――」
通信端末を一瞬起動し、予め与えられていた小惑星内部の情報を頼りに走っていると、備えられた窓から外の光が一筋、見て取れた。
「大暴れしているな」
微笑みながら、暴れまわる織姫を脳裏に焼き付けて、スミレは一つの部屋に辿り付く。小惑星【初春】の電力供給システムを稼働させ続けているコンピュータが、その部屋の外壁に埋め込まれている。
スミレは自身のパイロットスーツに、きちんとエアーがある事を確認しつつ、自動拳銃の安全装置を外し、引き金を引いた。
発砲。銃弾は作られた重力を一瞬で駆け、コンピュータに着弾。静かな稼働音を鳴らしていたコンピュータが、そも稼働しなくなる。
すると電力は蓄電されていたサブ電源に切り替わるが、無線送電にて給電を行うメルトアリスが、今も織姫を相手に戦い続けている。それ程長い時間、サブ電源が稼働するとは思えない。
「ミズホ。後数分、そいつ等を相手してて」
『後一時間でも行けちゃう――って言いたいけど、弾数的に難しそう。でも、その程度ならやったげる』
「ありがとう。愛しているよ」
『アタシもだよスミレ。後でイイ事しようね』
それは既に決定事項なのかとスミレが苦笑し、部屋を出ようとした時――床を歩く際の足音で、下が空洞である事に気付いたスミレは、床に設置された扉を開いた。
梯子。渡されていたデータには無い空間がある事に違和感を覚えて、スミレはその梯子を疾く降りた。
あと数分で『初春』の電源は全て落ちる。それは、重力やエアー管理も全て止まる事を意味している。
あまり長居する利点は無いが、それでもスミレは、梯子を降り切った足音を聞いて――
梯子の下の部屋の主が、口を開いた。
「お姉ちゃん、誰?」
梯子の下――誰も知る筈の無い謎の空間には、一つの部屋があった。
女の子の部屋だ。
可愛らしい装飾品、クローゼット、そして小さなテレビと勉強机。ベッドと肌触りの良さそうなカーペット。
どれをとっても、ただ女の子の部屋に他ならない。
そして勉強机に向かい、一人ペンを走らせていた少女が一人。
ショートボブの金髪と、その綺麗な顔立ちときめ細やかな肌が非常に美しく見えて、スミレは立ち尽くした。
「ねぇ、誰?」
呼びかけられて、スミレはハッと意識を戻す。少女の手を掴んで梯子を上り、乱菊の所まで駆ける。
説明をしている時間は無いし、少女の為に用意した宇宙空間用スーツなどは無い。急いで機体まで戻って、エアーがある状態で満たさないと、彼女は窒息と太陽風、絶対零度の真空で死んでしまう。
「走るの? お部屋、出ていいの?」
「ああ、走るんだ!」
初めて交わした、会話とも言えない短いやり取り。
そんなやり取りの中で、スミレはどこか、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになったのだ。