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美奈子、軌跡ちゃんとデートする。

「タバコ吸いてぇ……」



 笹部蓮司は小さくそう呟いた。



『禁煙』



 第一作戦部隊・執務室の壁にデカデカとプリントされた紙を恨めし気に睨みつつ、彼は量子PC上に表示されているデータと、過去のデータを照らし合わせている。


 胸ポケットに入れておいたキャンディの包装紙を乱雑に取り外し、口に咥える。


 唾液によって溶け始めたキャンディの甘みが口を潤したが、タバコを吸いたいと言う欲求は排せなかった。



「副隊長、何をなさっているんですか?」



 背後から声。東智香の声だと気づいた蓮司は「あー」とやる気ない返事をしつつ振り返る。



「四六から調査依頼を持って来られてな。俺が過去交戦した敵機と、四六がこないだ接触した敵機のデータに一致が無いか」


「四六――あの四六、ですか?」



 防衛省情報局には、深く枝分かれした先に第四班六課・通称【四六】と呼ばれる部署が存在する。


 公には国内外のテロ組織を調査する情報部署であるが、特徴として「独自の戦闘部隊」を持っている事が挙げられる。


十年程前に蓮司や智香の所属する第一作戦部隊は、四六と作戦を共にした事もある。



「あそこ、今どんなヤマ追ってるんです?」


「分からね。東ちゃんはコイツ、見た事あるかい?」



 智香が【敵機】とやらの画像を見る。紺色の機体色、織姫のようにスラリとした外観を有しているが、しかし見覚えのない所を見ると、諸外国製のADではないか、という事くらいしか思い浮かばなかった。



「というか私は対クシュラを行う部隊の隊長であって、対人戦は行った事はありません」


「十年前の【アレ】があんじゃん」


「【アレ】は、無人機のメルトアリスです! 副隊長みたいに【タイプラブレス】との交戦経験はありません」



心外ですね、とそっぽ向き、自分のデスクへと戻っていく智香を見送った後――蓮司はキャンディを落とした。



「おいおい、嘘だろ?」



 キャンディに気を寄越す事無く、彼は自分の量子PC上にあるデータを一つ残らず監視していく。彼は対人及び対クシュラの戦闘は数えきれない程経験を持つ。そう簡単に目当てのデータは出てこない。しかし――出て来た。



すぐに、四六から与えられた分かる限りのデータと、彼が見つけた過去交戦した機体のデータを刷り合わせる。スラスター出力、装甲、そして排熱構から散布されるRV濃度まで全て。



結果、一致した。



調査依頼をされたAD兵器の名は――タイプ・ラブレス二番型【エネル】



**



瀬川美奈子はその日の授業が終了すると、重たい足取りで聖アルト女学院の正門に向けて歩き出していた。


 正門前にある警備室で呼び止められ、名を告げると「ああ、申請通っていますね」と女性警備員が何やら名簿のような物を確認しつつ、正門を通してくれた。


学校外に出るのは久しぶりだ、と考えながら、しかしそれを喜ぶ事も出来ない。


美奈子は担任教師であり学院長であるヒマワリに「今日は授業が終わった後、校門を出た所で集合だ。来なかったらお前を裸に引ん剥く」と言われ出向いただけだ。これからどこに行くかも定かでは無いし、それを聞くほど元気も無かった。



(……ホント、アタシ、バカだ。勝手に期待して、勝手に告白して、勝手にフられただけなのに……こんなに、胸の中、ぽっかり穴が、空いたみたいになってる)



 深く深く、溜息をつく。ヒマワリから何も聞いていないものだから、彼女は聖アルト女学院の制服姿そのものである。久しぶりの外出なのだから、私服に着替える位は良さそうなものとは考えたが、そう言う気分でも無かったのだ。



「……今日、どこ行くんだろう」



 ようやく気になってきて、小さく呟いてみる。呟きは風に流され、消えていく。誰にも聞こえる事は無い。――そう思っていた瞬間。



「デートだ」



 横から、声が聞こえた。急ぎ振り向くと、眼前にある美しい顔。真船軌跡の、いつもと同じく仏教面がそこにあり、美奈子はパクパク口を開きながら、二、三歩程、彼女から遠ざかった。



「で、でで、デデデ……デー、ト!?」


「そうだ」


「な、なんで!? き、軌跡さんに一体何があったんですか!? 天変地異の前触れですか!? 私とデートなんてそんな! 今日は中京から核の雨でも降るんですか!?」


「実に失礼なアホだ中京は一応同盟国だぞこのバカ」



 流れるような罵倒を繰り広げた軌跡の言葉は、間違いなく彼女のものであると分かった美奈子は、ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、目を見開いている。そんな彼女の前に、今度は二人の人物が。



「あ、美奈子ちゃんはやーいっ」


「瀬川はデートだと言うのに制服か。軌跡ちゃんも制服だから、制服デートも良かろう」



 伊勢真里菜と、中村ヒマワリだ。真里菜は白一色のワンピースで彩り、ヒマワリは白のシャツと紺のジーンズという、爽やかな印象が持てる私服姿であった。



「せ、先生っ! デートって、どういう……!?」


「言葉通りだ。今日は私と真里菜がデートするから、お前たち二人もデートに勤しめ」


「と、いう事だ。……諦めて俺とデートしろ。拒否したらお前を一生恨んでやる」



 デートしろと言う割には殺意のこもった視線を送り続ける軌跡の言葉を聞いて――美奈子は、表情を真っ赤にさせつつ、コクンコクンと頷いた。



「す、するするっ! 私、軌跡さんと、デート、するっ!」


「じゃあ、行くぞ」



 ついて来いと顎で示しながら歩き出す軌跡について行こうとした所で――美奈子の背後から、小さな声が聞こえた。



(がんばって!)



 真里菜の声だ。軌跡には聞こえていなかったようだが、美奈子にはキチンと届いている。



「……うんっ」



 頷き、急いで軌跡の隣へと位置した美奈子の姿を送り出した真里菜。彼女は、ヒマワリの手を掴んで、言う。



「さあセンセー……尾行するよっ!!」


「合点承知」



 軌跡と美奈子の二人を、少しだけ離れた位置から尾行する事に決めた両名は、電柱の影に隠れながらも、二人を見失わぬように歩き出した。

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