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真里菜、怒る。

「……俺は、女が、嫌いだ」



愕然とした表情を向ける美奈子の事を、軌跡は輝かしく鋭い――刃のような瞳で、ただ睨み付けていた。


しばしの時を固まって動かずにいる美奈子を放って、身を翻しながら歩き出す軌跡。


 美奈子へ視線の一つも寄越さない彼女の後ろ姿を、美奈子はただ、見つめている事しか出来なかった。



軌跡が、体育館裏からいなくなり、どれだけ時間が経過しかたも定かでは無い。


 美奈子はボーっとする心に鞭を打ちながら、一先ず教室へと戻る事にした。


教室へ向かう足取りが、何時もの三倍は重たかった。


 ドアを開けると、そこには自分の椅子へ腰かけて、鼻歌を歌いながら何かを待っている、真里菜の姿があった。



「あ、美奈子ちゃんっ」



 どうやら美奈子を待っていたようだ。彼女は軽やかな歩調で美奈子へ近づくと「どうだったどうだった!?」と興奮した様相で問うてくるので――ニッコリと笑みを浮かべた上で、述べた。



「……ダメだったよ。やっぱり女の人は、キライだって」


「え……」


「仕方ないよ。元々軌跡さん、女の人を嫌いって言ってたのに、それでも告白した、私がバカだったんだよ」


「そ、そんな事無いよ! だって、だってだって、自分の事を、好きになってくれたんだよ!? アタシだったら嬉しいし、美奈子ちゃんだってそうでしょ!?」


「……うん。私も、真里菜ちゃんも、きっとそうなんだよね。でも……軌跡さんは、違うんだよ。これも、きっとだけど」



 人の心って難しいね、と。強がるように笑う美奈子の表情は――彼女自身が分かっているかは不明だが、涙を流していた。


きっと、真里菜の前だから、美奈子はみっともなく泣かぬのだ。


美奈子は強い。美奈子は偉い。


 自分の気持ちに嘘を付かず、でも決して、他人に心配をかけさせぬよう、強がる事が出来ている。



――なのに、軌跡ちゃんは。



ワナワナと、怒りが込み上げてくるようだった。


 真里菜はギュッと美奈子の身体を強く抱きしめた後、すぐに彼女を離し、自身のカバンを肩にかけ、教室のドアに手をかける。



「ま、真里菜ちゃん?」


「アタシ――納得できないっ!」



 ただその言葉だけを、彼女は口にしながら走り出す。校舎の中を見て回り、先日出くわしたカフェテリアに行っても軌跡はおらず、真里菜は第三寮へと駆けていく。


 乱雑に靴を脱ぎ捨てた真里菜が談話室へと向かうと、冷蔵庫のドアを開け放ち、紙パックからコップへ牛乳を注いでいる軌跡を確認。彼女の眼前へと駆ける。



「軌跡ちゃん!」


「近い近い近いっ」


「どーして美奈子ちゃんの告白断ったの!?」


「唾を飛ばさないでくれ」


「答えてっ」


「どうしても何も……女が嫌いと明言している俺に告白する、瀬川が悪い」



 牛乳の注がれたコップを飲む軌跡が。



「アタシの事はキライじゃないって言ってたもんっ!」


「ぶふっ」



 真里菜の言葉によって、口にした牛乳を少量噴き出した。



「……それと、これとは、話が、別だ」


「どー違うのさ!? アタシだって女の子! アタシだけヒーキにするの、良くないっ」


「そ、それは、だな」



 言いよどむ軌跡。彼女の態度を見て、ぷくぅと頬を膨らませている真里菜。


軌跡とて分からぬのだ。伊勢真里菜という一人の少女に抱く感情と、瀬川美奈子という一人の少女に抱く感情。


 それがどう違って、何を持ってして『好き』か『嫌い』か。しかし答えあぐねる軌跡の気持ちなど、真里菜に理解できる筈もない。彼女は感情に身を任せ、ただ身勝手な要求を軌跡へと求めた。



「じゃあ、一回美奈子ちゃんと、デートしてあげてっ」


「……は?」


「デートっ! アタシともカフェテリアデートしたんだし、美奈子ちゃんともして! そしたらきっと、軌跡ちゃんも美奈子ちゃんが好きになるよっ」


「意味が分からん。どうして俺が瀬川とデートをせにゃならんのかと、なぜそこまで真里菜さんが必死になるのか」


「美奈子ちゃん、すっごく温かい子だもんっ! 同じ温かい軌跡ちゃんとだったら、絶対いい恋人になれるもんっ」



 何か文句ある!? と言わんばかりに、腰へ両手を当てて、誇らしげに語る真里菜の言葉に、軌跡は唸る事しか出来なかった。



――彼女の命令に背く事は簡単だ。ただ美奈子とデートへ行かなければ良い。



 しかしそうすると美奈子どころか、真里菜への反感を強く買ってしまう事になりかねない。別に女性がどういう感情で軌跡を嫌いになろうが知った事ではないが――と思考する軌跡と、返事を待つ真里菜の元へ、一人の女性が現れた。



「おい、少年少女諸君……違った。少女少女諸君。朗報だぞ」



 中村ヒマワリだ。彼女は手に十枚ほどの束になった書類を持っており、軌跡はチャンスと言わんばかりにそちらへ駆けだした。



「何でしょう」


「センセーっ! 今トリコミチューだから後にして!」


「そう言うわけにもいかん。何せ校外学習のお知らせだからな」



 書類の三枚を軌跡へ。同じく三枚を真里菜へと手渡したヒマワリは、ポカンと状況を掴めていない二人へ、説明を開始した。



「オーストラリア連合が所有する基地での実地訓練に漕ぎ着けた。期間は来週の日曜夜から飛んで、五泊七日を予定している」


「何故国内の連合軍基地では無いんです?」


「そっちは横須賀支部といつでも実施できる。国外の機体と実地訓練は滅多に出来ないんだ。光栄に思え」



 三枚の内、一枚はオーストラリア連合の制式AD・T-20の画像が。オーストラリア連合が基本設計を行い、日本の高田重工がバックアップを行った機体として有名である。



「で。軌跡ちゃんはパスポートを持っているか?」


「いえ、国外へ出るのは、生まれて初めてです」


「瀬川も似たような事を言っていたな。真里菜は以前パスポートを取得したので、それでいいが」



 確認事項を淡々と話すヒマワリの言葉を――真里菜は、何か考える様な面持ちで聞きながら、一つ問う事にした。



「……ねぇセンセー。校外学習の為にお買い物行くのは、外出申請の理由になる?」


「ああ。こればかりはしょうがないだろうし、私が口添えすれば四人で出かける事も」


「じゃあ――」



 真里菜は一拍、言葉を止めた上で、ヒマワリへと一つの提案を述べた。



「センセー、アタシとデートしてっ!」


「大歓迎だッッ! じゃ、軌跡ちゃんは瀬川とデートな」


「なぜそうなるッ!?」



 真里菜は「よしっ」とガッツポーズをして喜び、ヒマワリも「デートは久しぶりだな」と表情を綻ばしている。しかし軌跡は二人と反し阿修羅の如く眉間に皺を寄せた。



「別に構わんだろう。というか、君はいい加減に女性嫌いを直せ」


「べ、別に迷惑をかけているわけでは」


「これからの将来、人間関係の七割以上は女性になるんだぞ? 今の内に女性に慣れろ」


「それは……上手くやります」


「今上手くいかずに絶対上手くいかん。命令だ、さもないと校内放送で君の秘密を流す」



ヒマワリの口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。



(あ、マジだコレ)



秘密とはおそらく『軌跡が男性である』事だろう。そうなれば女学院であるこの学院から退学させられる事は間違いないし、何より周りの生徒からどれだけ責めたてられるか、分かったものでは無い。



「……分かりました」



 彼女に従う他ない事に無力感を抱きつつ、軌跡は溜息を一つ溢しながら、頷いた。



「よし。じゃあ明日の放課後だな。真里菜、おめかしして来いよ」


「センセーもいっぱいおめかししてね?」


「任せろ。こう見えても私は昔、プレイガールだった気がする」


「気がするだけかよ……」



 ツッコミながら、しかし明日に控える美奈子とのデートを如何にやり過ごすか。軌跡の頭は、そんな考えでいっぱいいっぱいになっていた。

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