ラヴレターを書く時はなるべく冷静に書いた方がよい。
「副隊長。本日の残りと明日以降の勤務中は、禁煙でお願いします」
ポトッ、と。手に構えたタバコを落としてしまう。笹部蓮司は、自身の上官である東智香に命じられ、鬼と形容すべき姿に表情を変貌させた。
「おま、そりゃないぜ! 俺はデスクワーク中のタバコだけが唯一楽しみなのに!」
「この時代になってもニコチンが人体に及ぼす影響と言うのは軽減されていません。副流煙に対してもそうです。私はそれほど気にしませんが、健康を害すると言う部分が変わらないのであれば、禁煙日を設ける事は悪い事とは思いませんが」
「俺達喫煙者は身体に悪いもんに余分な税金払ってんだぜ!? 一箱千五百円とか法外の金額を! 今日だってほら、カートン買いしちまったし!」
「本数を減らせて節税ができますよ」
「断固反対だぜ! 俺は長生きなんかしなくたっていいんだよ、恋人も居ねえし!」
「そういえば副隊長ってどっちでしたっけぇ?」
智香と蓮司の問答に割って入り、同じく第一作戦部隊に所属する霧島サキがそう尋ねてくる。
「あん? 俺はメンソール入ってない奴が好きだが」
「や、タバコじゃなくて。副隊長って同性愛者でしたっけ、異性愛者でしたっけ、って話」
「俺はゲイだぞ」
「あー、そうだったんですね。こんだけ魅力的な女子揃いの第一作戦部隊で、副隊長の色恋沙汰を聞かないので少しだけ気になってたんですよぉ」
「魅力、的……?」
「副隊長ぅー。ぶっ殺しますですよぉー」
「ちなみに東ちゃんはどっちだっけか」
「私はバイセクシャルです。女性と男性にはそれぞれ良い所があると認識しています」
「サキは」
「アタシはレズですよー。このご時世可愛い子がいっぱいで選り取り見取りですぜーっ」
「お前元隊長殿に『ほの字』だったしな」
「え、サキ先輩そうだったんですか!?」
「そうなんですよー。元隊長の凛々しい目つき、男勝りな口調! それらが全てアタシの心をぎゅっ、と掴んで仕方なかったんです!」
前部隊長を勤めていた女性の事を思い出し、智香は「はー」と衝撃の事実に驚きを隠せないでいた。
「私、副隊長こそ前隊長に惚れているものだと思ってました」
「気持ち悪い事言うな。あのハムスターとは腐れ縁だったんだよ」
前隊長のあだ名を呼びつつ、蓮司が溜息をついて煙草を取り出そうとしたが。
「副隊長。どさくさに紛れて吸おうとしてもダメです。吸うなら一階の喫煙スペースへ」
手を掴まれて阻まれてしまう。
舌打ちをした上でタバコの箱を戻した蓮司は、量子PCを起動しようとした丁度その時、彼の持つ携帯端末が、震えた。
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聖アルト女学院・第三寮の夕食は、夜七時にリビング兼談話室で全員まとまって採られている。
夕食はヒマワリが作り、それを四人で机に座りながら食べる形である。
ヒマワリと真里菜が喋りながらビーフシチューを口にしてる間、美奈子と軌跡の間に会話は無い。
黙々と食べ続けた後、軌跡は食器を片付けて「ご馳走様でした」と礼だけを述べ、リビングからいなくなる。
「……はぁああ」
深く溜息をつく美奈子。彼女の姿を見たヒマワリは「どうした瀬川」と短く尋ねた。
「えっと……もうちょっとだけでも、軌跡さんとお話出来たならなぁ、と」
「先ほど身体と身体で語り合っていたじゃないか」
「だからあれは事故なんですっ!」
「でも美奈子ちゃん、どうして軌跡ちゃんとそこまでお話したいの?」
首を傾げて問う真里菜の言葉に、美奈子も「えっとね」と一拍挟んでから答える。
「どうしてって答えるのは難しいんだけど……軌跡さんってどこか、放っておけないんだ」
「放っておけない?」
「うん。印象なんだけど、軌跡さんってどこか、壊れやすそうな感じがあって、それが何だか、放っておけないというか、なんというか」
「わかる気がするな」
ヒマワリが天井を見上げ、ポツリと言葉を漏らす。二人は彼女を見据えて、視線に気づいたヒマワリが「大した事は言えないぞ」と断りを入れながらも、語る。
「ただ彼女と話しながら思うのは、彼女があまりにも、女性を嫌い過ぎているという事だ。真里菜はどうやらそほど嫌われている訳では無さそうだが、少なくとも私はダメだな」
「うーん。どうして軌跡ちゃんって、そんなに女の人が嫌いなのかなぁ。アタシと話してるときは、そんな風じゃないのに」
「真里菜。人には千差万別、色んな人生がある。軌跡ちゃんが今まで歩んできた人生が、真里菜と違うというだけさ」
「……でも、それを知りたいって、それでも一緒に居たいって思う事は、間違いなのかな」
それは独り言。風の音に混じり、消えていきそうな言葉が美奈子から語られた事は、真里菜もヒマワリも聞き取っていた。
「瀬川も言うじゃないか」
「え、もしかして、聞こえて――!?」
「美奈子ちゃん、そこまで軌跡ちゃんにお熱?」
「お、おお、お熱って、そんな……っ」
「違うの?」
邪気も無く、真里菜はただ美奈子へと問う。彼女の瞳には、本当の事を知りたいと言う疑問しかない。
からかいや悪戯心で自身の心を問うているわけでは無いと、すぐに分かってしまった美奈子は、しばしの思考を経て、顔を真っ赤にさせながら――頷いた。
「えっと、その。私、多分、軌跡ちゃんが好き、なんだと思います。初めて、会った時から、目を惹かれて……胸がぎゅぅって、締め付けられるみたいで」
「情熱的な事だな。しかし、なかなかどうして。そんな言葉が好きだぞ、瀬川」
「うんうんっ! それが恋なんだよ!」
「で、でもっ、私、恋なんかした事、今まで無かったから、どうしたらいいんだろ」
「そんなの、決まってるよッ!」
力強く立ち上がり、真里菜は両手を力いっぱいに横へ広げ、美奈子へ叫ぶ。
「告白だよっ! 告白しかないッ!!」
「え、ええええっ!? こ、告白……っ!?」
「こーいう時はラブレターだよ! だって本で読んだもんっ」
「で、でもこう言うのは、年長者にご意見を伺うべきじゃ」
チラリと、助けを乞うかのようにヒマワリへと視線を寄越す美奈子。しかし彼女の願いは無残に砕け散る。
「私が愛するは、最愛の妹と真里菜だけさ」
「えへへー。アタシ愛されてるー」
ダメだ、と。美奈子はガクリと頭を落としながら――しかし、真里菜の言い放った言葉を、無下にも出来ずいた。
「……ラブレター、か」
貰った事が無いわけでもない。しかし小学生の頃だったり、中学一年生の頃だったりするので、高校一年生である自分が出すラブレターの参考にするには、どうも弱い。
「こういうのは気持ちなんだよ! いくら軌跡ちゃんが女の子をキライだからって、好きって言われる事をイヤって思わないよ!」
「それは……確かに」
美奈子とて、過去に貰ったラブレターは、相手にとっての良い返事こそしなかったが、それでも気持ちは嬉しかったものだ。
――そう、今の彼女が女性を嫌いでも、ラブレターを出す事で『瀬川美奈子』という一人の人間を、意識して貰う事は出来るのではないか?
美奈子は自身の中で、そんな淡い希望を抱きつつ、小さく頷いた。
「……わ、わかりましたっ! 女・瀬川美奈子、これより、修羅に入ります!」
「お前は戦場にでも行くつもりか」
ヒマワリのツッコミを聞いてか聞かずか。美奈子は食べ終えた食器を片付けると、すぐに自室へと籠った。
勉強机の中に入っていた小さなレターセットを取り出し、深呼吸と共に、ボールペンを走らせる。
――習って良かったボールペン字講座。
『私は、貴女が好きです。
煌めく黒髪、凛々しく、美しい顔立ち、そして見る者を凍らせるような、けれど確かな光を持つ貴女の瞳、スラリとした身体、それら全てを持つ貴女が。
私には何にもありません。貴女にとっては他愛も無い、詰まらない娘でしかないでしょう。
しかし、貴女を好きであると言う気持ちだけは、誰にも負けるつもりはありません。
放課後、体育館の裏で、貴女を待っています。一度、貴女の目を見て、この気持ちを、言葉として、語らせて下さい』
一気に書き殴ってしまった為に、何だか読み返したくない気恥ずかしさがあったが、しかしこの時の彼女には、かなりの力作に思えてならなかった。
「よ――ようしっ!」
綺麗にレターセットに包み、付属されていたハートマークのシールで留める。
「だ、出すぞ……明日、お昼が終わったら、軌跡さんの机に……!」
美奈子は、ドクドクと脈打つ心臓の音が聞こえるような高鳴りを感じつつ、ベッドへ横たわり、目を閉じる。
――現在、夜の八時半。寝られる筈はない。
結局、彼女が眠った時間は、日付が変わってからだった。




