7.呪いの術
「じゅ……なんだって?」
「呪う術と書いて呪術と言います。私たちは、呪術師なのです」
聞き慣れない言葉に困惑を見せる四人。
いち早く普段の調子を取り戻したのはタクヤだった。
「呪いか。随分と怖い名前だね」
「そうでしょうね」
タクヤの発言に、ソウタは薄く笑みをたたえる。
それは自嘲気味であり、悲しげでもありーー。
とても文字通りの笑顔と捉えることはできなかった。
「タクナバルト伝説はご存知かと思います。しかし、あの話には不足している点があるのです。あの方は魔術を生み出したとされていますが、もう一つ。ーー呪術を生み出しました」
「ま、待て。タクナバルトは実在したのか!?」
「ええ、この里にはそう伝わっております」
思わず身を乗り出したユウヤの質問、それはあっさりと肯定される。
「す、すげぇな……」
ユウヤは感嘆の息を吐き、初めて耳にした事実を噛み締めた。
幼い頃から何度も読み込んできたおとぎ話、『タクナバルト伝説』。
神と対話した唯一の人間であり、魔術の生みの親であるタクナバルトの栄光の日々が描かれた物語だ。
創世神が天から世界を創造したのだとすれば、タクナバルトは地に足をつけながら世界を創造したと言える。魔術を生み出したという点から、大袈裟ではなくそう捉えることができるのだ。
これまでヒュールとして生きてきたため、その世界に組み込まれていなかったユウヤだが、実際に魔術を使うようになると改めてその凄さに気づかされる。
何より偉人として描かれていたタクナバルトが実在していたと知り、内心飛び跳ねたくなるほどの興奮を覚えていた。
「この話は我が里だけに伝わるもので、世間に浸透しておりません。知れば、タクナバルト教の信者供が黙っていないでしょう。どうか、ご内密に」
タクナバルト教は過激な思想を持つ集団で構成される宗教の一つである。
信徒がこの事実を知ったなら、必ず何らかの行動を起こすはずだ。当然、それはよからぬものに決まっている。
ユウヤは夢見心地のまま、ソウタの忠言に何度も頷いた。
さて、とソウタは脱線した話の終わりを定める。
「もともと、魔術と呪術は二つ合わせて『魔法』と呼ばれるものでした。これらの効果はほとんど変わりません。大きく違うのは、『回路』と『代償』です」
ソウタは指を二本立て、反対の指の腹で一つずつ押さえた。
「私は魔術について詳しくないのですが、魔術師には血管に似た重要な器官がもう一つ存在するような感覚があるそうですね。回路はそう考えてくださればわかるでしょう」
指を一本折り、残る相違点は一つ。
「そして、代償。詠唱によって時間を犠牲にする。これは軽度のものです。魔術も、ここは共通しているでしょう。しかし、呪術にはそれ以上の代償を支払うものもあります。ばば様がその例です」
ウメは自然と集まった視線を受け止めながらも動じず、ただ静かに遠くを見つめている。
ソウタは痛ましげに目を細めた後、話を再開させた。
「ばば様は姉を引き止めるために呪術を使い、足を動かすことができなくなりました」
「足を……」
「そうじゃな。もう、これっぽっちも動かせん」
ウメは自らの足に目を落とし、悲しげに目を伏せた。
それは足に対してというよりも、その原因である呪術を使ったことの想起によるものであるように思える。
聞き覚えのある単語でありながらまるで異なるその性質は、ユウヤたちの心構えをさらに上回る形となって現れていた。
「わしは必死だったんじゃ。スミレに、この里を出て行って欲しくなかったのじゃ。……結果は、この通りじゃがな。あやつ、いつの間にかわしよりも強くなりおって」
ウメは寂しげに語る。
最後の言葉にはどこか懐かしむような、娘の成長を喜ぶ親の顔が垣間見えた。
家族を持たないユウヤだが、その情の存在は知っている。
親が子に、子が親に抱く感情は本でよく描かれているものだからだ。
決まって感涙に溢れる作品に分類されるそれは、きっと美しいものなのだろう。
親子の情に関して、それどころか人との関わりについては未経験もいいところのユウヤには一生理解できないだろうものであることが残念だ。
しかし、その形はここにもあるということはわかる。
ウメは言葉から明らかだ。それはスミレも同じはず。
もしスミレにその気持ちが無かったとしたら、駆け落ちをする以前に関係は悪化していただろうし、ウメはこれほどにスミレを想うことも無かっただろう。
ただ、それは本のように整えられたものではないらしい。
今の状況とまるで同じ設定の本は読んだことがないため、正確に測るのは難しい話である。
負った傷を鑑みて次元は違うが、喧嘩別れのような状況。
そして、永遠に訪れなかった和解。
不思議な親子の形を前に、ユウヤは言葉が出ない。
一瞬の沈黙の後、今度は向こうから質問を投げられた。
「リズベットさん。姉も、どこか体を悪くしていたのではないですか?」
「……そう言えば、耳が聞こえにくいって」
「……耳、でしたか」
リズの答えに納得したように頷き、復唱。
僅かに滲ませた感情が次の言葉に影響することはない。
「実際に代償を支払うまで、何を失うかをはっきりと知ることはできません。それが個人で済むものなのか、全てに影響を及ぼすものなのかも、正直なところわかりません。経験則に頼って判断しているのが現状です」
「全て、と言うと?」
タクヤの質問に、ソウタは範囲を示すように手を広げた。
横幅いっぱいに伸ばされた手だったが、それでもまだ足りないとばかりに指の先までぴんと張られている。
「ーーこの世界です。大がかりなものだと、世界そのものに干渉してしまう危険があります」
話が大きすぎるせいで、想像が難しい。
それが表情に出ていたか、ソウタは話を止め、しばし考え込んだ。
それなら、と何かを思いついたような口振り。
「例えば、呪術で天候を変えたとしましょう。乾きがつらく、恵みの雨を求めて行使したとでもお考えください。これまでの傾向から考えるとするならば、この場合は術者には何らかの障害が残った上で、その地域の天候は未来永劫、雨に固定される可能性があります」
ぽかんと口を開ける、こちら側四人。その様子は魔術行使組、特にユアに顕著に見られた。
雨を降らせる。その行為自体がまずわからない。
天気は変えられるものではない。魔術にできるのはせいぜい上から水を降らせ、雨に見立てることくらいだ。
天気そのものを変え、挙句に固定させてしまうという話はにわかに信じられるものではなかった。
「他にも、認識の変化などが起こります。人々の認識、あるいは記憶が綺麗に上書きされ、元の意味を無いものとしてしまうといったような……これに関しては例がほとんど無いため、難しいところです。しかし、恐らく最上級に位置する代償だと考えています」
「そんなに、すごい力が……」
「ええ。それ故に、呪術は恐れられました。呪術という名はそこから来ているのです。……この術は、まるで呪いのようだと。全く、誰が言い出したのやら」
リズがぽつりとこぼした一言をソウタが拾う。
呆れ、吐き捨てるように言ったソウタが見せた表情は、諦観のそれだった。
「そこから始まったのが、呪術師狩りです。呪術はその歴史も、使い手も尽く消されました。……それはそれは、ひどい勢いで減っていったそうです。同胞と呼べる存在など、もはやほとんどいないでしょう。……ここは、ようやく見つけた安寧の地なのですよ」
「俺らは、そこに入り込んで来た異物ってことだね」
「そう思っていました。外部の人間は、私たちにとって……少なくとも私にとって、敵にしか思えないのです」
ソウタはあまりに直接的なタクヤの発言を素直に肯定し、加えて顔を歪める。
「……敵、というのは聞いてもいいお話ですか?」
躊躇いがちに尋ねたリズにソウタは首肯。
「……実は、私は見たことがあるのです。まだ父が生きていた頃、二人で買い出しに出かけた時です。大きな声が聞こえ、私たちは物陰から覗いていました。その者は、大怪我で縋り付いてきた人を救っただけでした。もう助かる見込みはないと思われていた怪我人を、呪術を使って治しただけです。それを他の人間に目撃されました」
微かに震え始める低い声。
ユウヤの頭の中には、嫌な予感が駆け巡っていた。それはこの場の全員が感じ取っていたことだろう。
ソウタは暗い瞳で見据え、言った。
「何をしたのか問い詰められ、呪術を使ったのだと答えたその男はーー殺されたのです」




