1.無茶
3章、始まります!
町を発つ前、タクヤの最後の一言はこうだ。
「君たち、野宿するけど大丈夫?」
首を傾げる三人に、タクヤは頭を抱えながら説明を始めた。
タクヤが言うには、どれだけ急いで進んだとしても、ユドミネに向かうまではいくつかの宿場町を経由しなければならないらしい。そして、その宿場町にも一日で辿り着くことはできない。
要は強制的に野宿という訳だ。
しかし、これは旅なのだから特に異論はない。
全員が了承したところで、とんでもない朗報がユウヤの元に舞い込んできた。
内容は、野宿の間の食事は全てユウヤに一任するというもの。
ここ最近、全く料理に関わることができなかったユウヤは小躍りで喜んだ。
「うわあ……上機嫌だなぁ」
浮かれるユウヤを見ながら距離を取るタクヤの苦笑い。
他二人からは驚いたような、怖がるような空気を感じたが、そんなことは関係ない。
誰に何と思われようと、ユウヤの喜びが消えることはないのだ。
そうしてユウヤは半ば狂気と取られかねない感情表現の後、三人と共に食料の買い出しを済ませて町を出た。
◆◇◆◇◆
少し歩いて目に入るのは木々。
町を離れてしまえば、ユウヤの住んでいた森とあまり代わり映えのない光景が広がっている。
違う点を挙げるとするなら、草花だろうか。家の付近にも、ハモバダの草原にもないものがたくさんあった。
色鮮やかな花々。その香りが入り混じり、さらに自然の匂いも加わって不思議なものとなっている。
しかしどこか落ち着くそれは、自然で育ったユウヤには心地良い環境だ。
「何もないね、ここ」
タクヤはそう捉えなかったようだが。
ユウヤは呟く。
「……花冠でも作るか」
「え、何でまた。俺以外にあげてよ」
以前の経験からか、タクヤは咄嗟に頭を押さえる。
よほど効いたのだろう、あの後タクヤは目に闇をたたえていた。
仕返ししてやる、と言わんばかりのその視線は全員から無視されることによって弱まり、今に至る。
何だかんだでその兆しはないので大目に見てくれるということだろう。気にしないことにする。
「今日はいい天気だねぇ。旅日和ってやつ?」
「そんなもんか?」
少しおちゃらけて空を仰ぐタクヤにユウヤも続いた。
高く昇る太陽が眩しい。
段々と次の季節に移り変わっていくこの隙間の時分はユウヤのお気に入りだ。
もう時期、一年の内の二つ目の季節に入る。
「そろそろアムの季節か。暑くなるな」
「うへえ、既に暑いのに。俺、暑いの苦手」
舌を出してあからさまに嫌そうな顔をするタクヤへ、ユウヤは指摘した。
「そんな手袋してるからだろ。外せ」
「これは必要だから」
タクヤはさっと後ろに手を隠す。
手の平が半分ほど出ているだけで、他は全て覆われている黒の手袋。
思えば、タクヤは常時手袋を装着している。
そもそも全身を黒に近い色で固めているタクヤ自体が暑苦しい。
「羨ましい?」
「いらねぇよ。見てるだけで暑苦しい」
「だよねー」
顔を顰めたユウヤだったが、元から期待はしていなかったのか、タクヤは返答は薄い。
「早く涼しくなんないかな」
気が早すぎるタクヤの一言だった。
◆◇◆◇◆
そろそろ日も暮れ、夕焼けが眩しくなってきた頃だ。
「んー、こっち行こうか」
タクヤは方向転換、森の中へと足を進めた。
何の前触れもなく行動するタクヤに面食らうが、引き止める間もなく進んでしまう。
リズも迷いなく後ろをついていく。残った二人も慌てて追いかけた。
「あ、いい感じの場所発見。ここにしよう」
辿り着いたのは木に囲まれながらも程よく開けた空間だった。
周囲の確認が容易く、逆にこちらの様子は見えにくい。野宿には最適の場所と言えるだろう。
「よく見つけられたな」
「慣れてるからね」
ユウヤの称賛はさらりと流され、タクヤは野宿の準備に入ってしまう。
手伝いのために辺りを見回すユウヤだが、その動きは何の意味も為さなかった。
手伝う必要のある場所が見当たらない。
タクヤ、そして後から準備に加わったリズの手際がよすぎるのだ。
ユウヤにだって、野宿の準備はできる。これはアレン直伝だ。しかし、やろうと思った矢先にその作業が終了する。
タクヤはリズと共に、黙々と作業をしている。
特に会話をしている訳でもない二人だったが、息のあった動きで環境を整えていた。
やはり、経験の差なのだろうか。
ユアも足踏みをするばかりだ。
何となく目が合ったユアと隅に集まり、邪魔にならないように二人を見ていた。
「……やること、全然ないね」
「だな」
ここまで暇になると、逆に罪悪感が湧いてくる。しかし、棒立ちでいるのも退屈だ。
ユウヤが屈んで土を捏ね始めると、それに続いてユアが土の山を作り始める。
ユウヤは何か形のあるものを作ろうと考えながら触っていたが、ユアは高さにのみ重点を置いていた。
そうして、黙々と遊んでいた二人。
「ユア、ちょっと」
「うん! どうしたの?」
リズの手招きに嬉しそうに駆け寄るユア。
裏切られた。
土を触ることを通して少しずつ高められていた仲間意識が、こんなにいとも容易く崩れ去るとは。
疎外感に襲われるユウヤは再び土と向き合う。
いっそ地属性の魔術を使って、とも考えたが、すぐに諦める。こんなところで騒ぎを起こす訳にはいかない。
せめてもの仕返しにとユアの作った山から土を移動させ、ユウヤは一人、土いじりに勤しむ。
どれだけ時間が経っただろうか。
異様な集中力を発揮していたユウヤだったが、その上から影が降ってくる。
ユウヤが見上げたそこには、微妙な顔をしたタクヤがいた。
「……ねえ、何やってんの」
「あ、悪い。手伝うことあるか?」
遊んでいたことを指摘されたのかと思い、手を払いながら立ち上がったユウヤ。しかし、タクヤは首を振る。
「もう全部終わったからいいんだけどさ。ほんと、ユウヤって器用だよね」
「そうか?」
ユウヤは自分の作品に目を落とした。特に自信作という訳ではない。受けた評価に対して首を捻る。
「そこの二人。準備終わってるのに何してるの」
「お、ちょうどいい。見てよ、これ」
リズと共にやって来たユアは、タクヤの手招きに従って視線を移した。。
「何なの……ってすごいわね」
「わ、すごいね! 可愛い……」
三人の視線は一点に集中していた。
ユウヤ作、土のカリムだ。
ユウヤが住んでいた森を生息地とする、なかなか厄介な動物である。
両手で包み込めるほどに小さく愛らしい姿を持つが、人の持ち物を奪っては自らの巣穴に隠すという面倒な習性があるのだ。
これは自分のものにするというより、相手を困らせるための行動であると考えられている。
カリムは高い知能を持つ動物である。しかし、その知能が嫌がらせに全振りされているのだ。それは奴らの表情を見るに明らかである。
ユウヤも幾度となく被害に遭い、その度にカリムを追いかけ回すという生活をしていた。
「……何で褒めてんのにそんな顔するのさ」
タクヤの指摘に、ユウヤは自分が顔を苦々しく歪めていたことに気がつく。
「散々手を焼かされた思い出しかねぇから……」
「君、カリムの被害者か。だったら作んなきゃいいのに」
呆れたような声を出すタクヤの横で、リズは少し考え込む。
「カリムって、この辺りでは全く見ないわよね」
「私、本物見たことないよ」
「会わねぇ方がいい。アクセサリー、全部取られるぞ」
カリムは光り物に目が無い。
ユアを指差し、その危険を具体的に知らせると彼女はそっとバングルと髪飾りを庇った。
「これで食っていけそうだよね。お金に困ったらユウヤに何とかしてもらおう」
「何でだよ」
ちゃっかり人を使おうとするタクヤへ、ユウヤは一言物申す。
「ま、半分冗談として。もう時間も時間だし、ご飯食べようよ」
その物言いは、半分は本気と取っていいのだろうか。タクヤならやりかねない気もする。
誤魔化されたようで腑に落ちないユウヤだったが、料理の前でその感情は無力だ。
いそいそと準備をするユウヤだった。
◆◇◆◇◆
「まさか、野宿でこんなに美味しいご飯を食べられるとは思ってなかったよ」
「いくらでも作るぞ」
「ありがたいけど、加減してね」
タクヤはおかわりのために皿を差し出しながら、ユウヤの握った拳を見て苦笑い。
今日の夕飯は湯気の立ち上るスープに、ハモバダで購入した硬いパンだ。
野宿において最も重要な水問題だったが、ユアのおかげで一切の心配がない。綺麗な水をふんだんに使用できる野宿など、そうありはしないだろう。風呂の心配さえないのだ。
本当はパンも自分で作りたかったユウヤだが、それは時間と環境が不十分なために諦めざるを得なかった。
「な、何でそんなに怖い顔してるの……?」
考え込みながらスープを口に運ぶユウヤだったが、突然のユアの言葉に吹き出しそうになる。
「こ、怖い? 別にそんな顔してねぇ……元から、ってことか」
「あ、そういうわけじゃないの! ユウヤは、その、えっと……」
「ユウヤの顔は怖いよねぇ。前にも言ったけどさ」
途中で全てを察し、肩を落とすユウヤ。
タクヤはユアに助け舟と言わんばかりに口を挟む。
タクヤからのその評価には何も思わなかったユウヤだが、ユアから言われるのはなぜだか相当に応えた。
日頃の行いが、こんな形になって現れるとは。
「顔はどうしようもねぇだろ、顔は……」
「笑ってたらそう思わないんだけどね。真顔だと、顔が綺麗な分怖いんだよ」
顔を押さえて下を向くユウヤへ、タクヤの追い打ち。
「常に笑っていればいいんだな?」
「極端だな。顔を何とかしても、君は口が悪いからあんまり変わんないよ」
タクヤの指摘に、ユウヤは再び黙考。
「口が、悪い……?」
「自覚ないの!?」
大袈裟に驚くタクヤ。逆に驚愕したユウヤは話す相手を変える。
「リズ……」
静観を決め込んでいたリズへ問う。
「えっと、そうね。正直言って、相当悪いと思うわ」
「そ、そうなのか」
散々視線を彷徨わせた挙句、慰めすらない。
あまりにはっきりとした物言いに、逆に面食らってしまう。
「君のそういう正直すぎるところ、嫌いじゃないよ」
リズの発言は、タクヤからは高評価を得たようだ。当の本人は喜んでいる様子を微塵も見せないが。
「……それなら、アレンも悪いのか」
「へえ、君の口の悪さはアレン譲りってことか」
一人納得したように頷いたタクヤは、その口の端を吊り上げた。
ユウヤの脳が発令した危険信号。言い換えれば悪い予感。それが、見事的中。
「じゃあ、この機会に直してみる? 試しに、俺の真似してみようよ」
自らの模倣を要求するタクヤ。ユアとリズも興味深そうにこちらに視線を送っていた。
気乗りしないが、いずれ必要になることかもしれない。やってみる価値はあるだろう。
そう言い聞かせて、ユウヤは心を決める。
「お前の……じゃねぇ、なくて。……き、君の、真似? やりづれ……やりづらいな」
笑顔を作るも、自分で引き攣っていることがわかる。
これだけで全員が理解したことだろう。
「……ごめん」
タクヤが静かに謝罪。笑ってすらもらえない。
「ユウヤって演技とか下手そうよね」
リズはばっさりと切り捨てる。彼女はもう少し誤魔化すことをした方がいいのではないかと思う。
「……似合わないね」
ユアの言葉が一番刺さった。普段はユウヤを否定することのないユアにさえこの評価だ。
彼女は自分の言葉の影響力を自覚すべきだ。
ユウヤ自身、ここまで傷を負うことになるとは想像もしていなかった。
これが、誠実に生きている人間の破壊力か。
「よってたかって、悪口かよ……」
パンに齧り付き、もそもそと咀嚼しながらいじけるユウヤ。
パンが硬いせいで顎が痛い。しかし、今はこの痛みがユウヤの心の痛みを和らげるのだーー。
「ユウヤ、違うの! ごめんね、顔が怖いなんて言って! タクヤと一緒にしないで!」
「それは俺が傷つく」
純然たるユアの弁解は飛び火し、タクヤをも巻き込む。思わぬ攻撃を受け、沈黙していった。
「ユア、流石ね」
たった一言であっという間に男二人を撃沈させたユアに、リズは感心の声を上げる。
「え……あ、ちが、そういうことじゃないの!」
自分の膝に顔を押し付ける男たちを見たユアは大慌てで手を振った。
「ユウヤ、ごめんね。大丈夫、ユウヤはかっこいいよ!」
「それは別に嬉しくねぇ……」
口を腕に押し当て、くぐもった声を出すユウヤ。完璧にふてくされたユウヤに、ユアは困り果てていた。
「ええ……そ、そうだ、ご飯! やっぱり、ユウヤのご飯は美味しいね!」
「…………」
ようやく顔を上げたユウヤに効果ありと見たか、ユアは必死に言葉を続ける。
「このスープ、具材がごろごろ大きくて、でもほろほろ溶けて、その、すっごく美味しい!」
「……本当か?」
「本当だよ! ユウヤのご飯、美味しいよ!」
「……じゃあ、もっと食え」
ユウヤは少なくなっていたユアの皿を奪い、大盛りにして返す。
「ゆ、ユウヤ。これは多いよ……」
困ったように笑うユア。
「……こっちの方が楽だな」
やはりそう簡単には変えられない。
落ち着くと共に苦笑したユウヤだった。
「ようやく立ち直ったわね」
「俺を慰める人は……」
「いないわよ。諦めなさい」
一方こちらは俯いたままのタクヤ。隣に位置していたリズは我関せずと食べ続ける。
「俺も、かっこいいとか言われたい……」
「今のその姿はかっこ悪いわ。しゃんとしなさいよ」
タクヤはその言葉に反応を見せた。
「……しゃんとしたら、かっこいい?」
「してないよりは、いいんじゃないの?」
「じゃあ、する……」
起き上がったタクヤは食事を再開する。
タクヤの扱いがうまいリズだった。




