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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
25/85

11.再会

今週の方が忙しかったです。

ちょこちょこ編集を加えておりますが、これまでで大きかったのは1章幕間の黄色の少年の一人称をひらがなにしたことと、2章10話のリズの描写が一言増えたことです。他の部分は読む中で支障が出るものではありません。

 地面が盛り上がり、それは次々と人の形を作った。


 決して土の色ではない、生身の人間の肌色。服まで身に纏っている。先程の様子を見ていなければ信じて疑わないほどに、それは人間だった。

 しかし、動きは歪。屍を無理矢理動かしているようなちぐはぐなそれは、四人を警戒させるには十分すぎる。


「あの人……!」


「知ってるの?」


 息を呑んだユアへ、タクヤは油断なく目を逸らさずに尋ねた。


「あの人、ウォルダム研究所の所長さん……」


 一際年老いた男を指差したユアに、アーデスは少し驚いたような顔をする。


「こいつを知っているのか。ただの子どもと侮っていたが、案外期待できるのかもしれないな」


 はは、と笑いを零したタクヤ。あちらからは見えないが、その形の良い輪郭を流れる汗が一筋。


「予想的中ってか。当たって欲しくなかったよ。『全員カラーズにされた説』は」


 アーデスはポケットに手を入れ、ため息を吐いた。


「貴様は二つ、間違っている」


 眼鏡を押し上げ、タクヤに指摘する。


「一つ。全員でもない。多少は殺した」


 片手を軽く広げ、つまらなさそうに話すアーデス。その告白には感情の揺らぎが一切見られない。

 まるで当たり前であるかのような口振りに、ユウヤは視線を強くする。


「何だ、その目は。殺されても文句は言えない連中だ。然るべき報いは受けるべきだろう」


「そうだとしても、その罰をお前が下す権利なんてねぇだろうが」


 ユウヤの怒りに満ちた言葉に、平然としていたアーデスの顔色が変わった。


「あるのだよ。忌々しいことにな」


 その顔がほんの一瞬、不快に歪む。


「こいつらは私のことを……いや、当然の権利だ」


 アーデスは言い淀み、理由を話さぬまま自己を正当化する。


 追求のために口を開いたユウヤだが、アーデスが一歩先んじた。


「二つ。こいつらはカラーズではない」


 その話はさらに理解が難しいものだった。


 確かに浮上した者たちの目は光っていない。むしろその逆。


 ーー光がない。


 先程まで戦っていたカラーズとどこか違うのはわかる。しかし、カラーズではないというアーデスの発言がわからない。

 カラーズでなければ、アーデスは何を使役しているのか。


 明らかにされていくたびに不気味さを増す目の前の光景。底が見えないアーデスに、虹の恐ろしさを感じずにはいられない。


「……じゃあ、何だって言うんだい?」


 タクヤは用心深く周囲を探りながら、アーデスの真意をはかる。


「カラーズは貴様らが倒した使えない連中のことだ。教えてやろう、こいつらはな」


 ーー嗤う。


 見下したような目で、嘲笑う。


 次の言葉は四人を驚愕へと陥れた。


「ただの死体だ」


 死体。


 死んでしまった体。


 ユウヤの知識は間違っていないはずだ。現に死体なら見たことがある。故に断言できる。

 目の前を塞ぐのは、二度と動かぬ屍などではないと。


「……まさか、蘇生か!」


 思い当たる節を探り当てたか、タクヤが声を上げた。


 これが、ユアが話していた禁忌の研究か。


 四人の合点のいった表情を確認したアーデスだが、特に表情を変えることはなかった。


「そこまで知っていたか。……これは試作品だ。多少欠陥はあるが、及第点はつくだろう」


 アーデスは近くにいた男の頭を揺らしながら評価を下す。


「蘇生の実験は失敗にしたんじゃねぇのか」


 ユウヤの問いにアーデスは頭から手を下ろし、再び眼鏡を押さえた。


「そうだとも。無能な研究者の手によってな。だが、私は違う。私だけはこの力によって神に許されたのだ」


「神か。随分と大袈裟な話だね」


 この世界の神とはタクナバルトと対話を行ったと言われる創世神のみ。最も強大な力を持つ存在である。

 それ故に同じ神を信仰する宗教が乱立し、時には争いも起こる。


 たまにタクナバルトなどの人間を崇める団体も存在するが、その評価はどれも芳しくないものばかりだ。どこかねじの外れた人間ばかり、というのが共通の認識である。


 それを断言したアーデスはタクヤの言う通り大袈裟であり、大胆だ。


「ああ、そうだ。だから私はその力を行使する。これは、私を甘く見た愚鈍な人間への復讐なのだ!」


 目を爛々と輝かせるその様子は、かつての強敵を彷彿とさせる。


「心臓は動かず、思考能力もない。ただ命令に従うだけの土人形。ーーこいつらにふさわしいとは思わないか?」


「誰かさんと同じで趣味悪いね」


 同意を求めるアーデスへ首を振ったタクヤは皮肉を口にした。

 タクヤもユウヤと同じような感想を抱いたらしい。


 タクヤが指した人物には目星がついている。同じく虹だった、シャーロット。

 人を殺すためだけに夜宴を開いた、最低最悪の御令嬢。

 彼女と比べて随分落ち着いたものだと思っていたが、やはり本質は変わらないらしい。


「あの女と一緒にするな。あれはただの快楽殺人だろう」


「残念だけど、殺してる時点で変わんないよ」


 本心からの否定のようだが、タクヤはそれを否定する。


「あの斡旋屋(まわしや)が言うのなら、そうかもしれないな」


 タクヤは黙り、口だけを歪めた。


 それはあまりにも歪な表情。普段のへらへらしている男は影すら見えない。

 ユウヤは無意識に腕をさする。


 タクヤから滲む空気が怖かったのだ。怒りではない、しかしそれ以上の圧迫感。ここまで明確な恐怖をタクヤから感じたことはない。


 息をするのも忘れるほどの圧は、タクヤが息を吐くことでふっと緩んだ。

 次に口を開いた時にはいつもの調子で軽い口調。


「……まだ入り口にいるのか、それとも既に深みにはまってるのかは知らないけどさ。ーーアンタはここで終わりだ」


「笑えない冗談だな。……少し話をしすぎた。私は一旦引くとしよう」


 アーデスと入れ替わりで女が正面に位置する。


「申し上げましたでしょう。遺書を書く時間を差し上げると」


「俺も言ったよね。殺される準備をしておきなよってさ」


 何やら聞き覚えのない会話を終えたタクヤは不敵な笑みを浮かべ、リズの隣に並び立った。


「リズ、いけるか?」


「心配しないで。ちゃんとやるわよ」


 顔色の悪さが抜けないリズだったが気丈な姿を見せる。それをわかっているタクヤは頷き、一言加えた。


「そうか。ここは無理してもらわないと困るから、頼んだよ」


 タクヤはユアを連れて後方へ移動。


「では、参ります。ーー行きなさい」


 怪しげな光とその言葉に応じるかの如く、一斉に動き始める。その様子は今まで見た何よりも気味が悪いものだった。


 無意識的に一歩後ずさったユウヤ。その瞬間、横から影が飛び出した。


 影は真っ直ぐに進み、手の光るものをきらりと反射させ、周囲を取り囲んだそれらをあっという間に切りつける。


「ユウヤ、落ち着いて。大丈夫、強くもなければ血も出ない!」


 ユウヤへ叱咤激励の言葉をかけながら背後の男の腹を一突き、続けてなだれ込む敵を迎え撃つ。


 ーー顔色の優れないリズが奮闘している。それに比べて自分はどうだ。

 嫌悪感のみでその足を動かすことを躊躇った。


「……馬鹿か、オレは!」


 拳で太腿部を殴り、強引に足を動かす。


「おらあぁぁぁ!」


 声を上げ、取り囲まれたリズの下へ向かう。


 すれ違いざまに女の足を引っかけ、浮遊したところを横蹴り。女は仲間を数人巻き込んで壁へ沈んだ。

 その隙を逃さずに、リズとの距離を詰める。しかし、囲まれたのはユウヤも同じ。


「っ、うぜぇ!」


 執拗に背後から攻撃を仕掛けてくる敵に悪態が口をついて出る。


「ユウヤ!」


 その声に振り返ると、リズがこちらに駆けて来た。

 意図を汲んだユウヤはすぐさま腰を落とし、背中を水平に保つ。


「はっ!」


 リズはユウヤの背中に手をつき、勢いそのままに蹴りを放った。

 手が離れたことを確認したユウヤは、リズを追ってきた女の胴に体当たりをして転倒させる。


 そして気がついた。


 ーー体が異常に冷たい。生きている者としての体温が感じられない。


 生者である自分たちとは違い、死というベールに阻まれた決して交わることのできない存在と相対しているのだ。


 ようやく湧いた実感。

 心の端で主張する何かに蓋をして、見ないふりをする。


「さっきより体術使いが多いな」


 流れる汗が顎から滴る前に袖で拭う。


「そうね。でも大したことないわ」


「ああ」


 リズの言葉に同意し、疲労のたまった腕を回した。


「所詮、試作品だ。ーーしかし」


 その言葉でさらに増えた敵の数に顔が引きつるのを感じる。


 アーデスは静かに口角を上げた。


「数があれば、どうだろうか」


 飛びかかる敵を躱し、一発叩き込みながら、ユウヤはアーデスの言葉を聞いていた。


「ああ、最高だ! 実験は成功、何と得難い成果だろうか!」


 邪気の塊のようなアーデスだが、これまでと比べると無邪気に見える笑みを浮かべる。


 実験はユウヤたちのおかげで順調に進んでしまっているらしい。

 実験ということは、いつか本格的に始動させるのだろう。かなり戦力がある今でさえ苦戦を強いられているのだ。アーデスの口振りからは最悪が容易に推測できる。これが野に放たれてしまったら、とは考えたくもない。


「影よ、我が意志に従え。ーーピルスム・シャドウ」


 声と共に耳へ届いたのは、柔らかいものを貫通した音。


 振り返るといつの間に背後を取られていたのか、腹に複数の風穴が空いた先程の女。

 タクヤとユアの影が組み合わさって伸び、女の体を貫いている。

 そしてタクヤに目を覆われたユアがいた。ユアに見せないようにした結果だろう。


 ゆっくりと倒れる女を避け、動かなくなったことを確認してからダガーナイフを取り出す。


「もう、きりがない!」


 リズは次々と補充されてしまう敵に苛立ちながらも次々に沈めていく。

 ユウヤも体力を考え、急所への一撃に切り替えて制圧を試みる。


 先程よりは格段に楽になったが、何分数が多すぎる。ナイフが壊れてしまう可能性だってあるのだ。それだけは絶対に避けなければならない。


「……そうか」


 要は元を叩けば良いのだ。


 ユウヤはこちらに向かって走ってくる男を跳んで回避し、利用する。

 背中に足を乗せ、そのまま跳び上がった。

 不安定な足場だったが、何とか成功。全ての戦況が一目瞭然だ。


 リズが舞い、取りこぼした敵をユアとタクヤが魔術で迎撃。

 そこから少し離れたところに。


「……見つけた」


 空中で一回転し、標的を見定める。


 そこへユウヤの後に続き、同じ方法で飛びかかってくる複数人。

 しかし高さが足りず、バランスも全く取れていない。ユウヤを追いかけるということに専念し、慣れないことをした結果だ。ほとんどは何もできずに落下していく。

 偶然当たった手にナイフを叩き落とされるが、勢いまでは殺しきれない。


「ーー終わりだ!」


 アーデスと目が合い、ユウヤは顔面めがけて落下する。


 ーー届く。


「が、ぶ……ッ」


「んなっ……!?」


 それは女の身を呈した守りによって阻まれた。

 ユウヤ渾身の一撃をくらった女は吹き飛び、地面を転がって動かなくなる。


 初撃は失敗、動揺を走らせながら急いで第二撃に入る。

 アーデスは回避行動を取らない。とうとう必中の距離へ侵入。

 残りは拳一つ分。


「ーーッ!」


 ユウヤは即座に離脱した。

 本能的な恐怖に身を包まれ、肌が粟立つ。

 

 アーデスは無防備に立っていたが、目は違った。


 殺気、と言っていいのかはわからない。

 意識して放っている訳ではないようだが、激情を宿した瞳。それに気圧されてしまったのだ。


 空気がびりびりと震える。タクヤとリズも気づいたようで、じっと様子を伺っていた。


「この役立たずが」


 アーデスは自らの盾となった女の腹部を蹴り、壁側へと移動させる。


「う……」


 くの字になった女の微かな呻き声。両腕はユウヤの攻撃で目を逸らしたくなるような怪我を負った。下手をすれば、と思うほどの威力だったが、まだ生きている。


「……お前!」


 自分を庇った人間へこの仕打ち。さらにこれまでの高圧的な態度。

 ユウヤが抱いていた疑念は消え去った。


 女の不自然に腫れた頰。その原因は恐らくアーデス。


 虹は敵だ。それは理解している。しかしそれとは別にアーデスの行動は許せない。


「何を騒ぐことがある。そんなことよりも重要なのはこちらだ」


 憤慨するユウヤを流し、アーデスは地面に手をかざす。それに応じて再び浮上する人影。

 人数を警戒するが、現れたのは影一つ。周囲を見渡すが、他に異変はない。


「ついに成功したのだ! これが私の最高傑作! 誰も辿り着くことのできなかった境地!」


 ーーそれは一人の男だった。


 白銅色の髪を持ち、タクヤと似たような背格好。違う点は身に纏った異質な空気。これまでとは段違いの何かを孕んでいる。


 男一人に対してあまりにも大きすぎる高揚を見せているアーデス。

 理解できずに眉をひそめるユウヤだったが、ふいに金属質な音が聞こえ、そちらを向く。


「……あ」


 再び口元に手を当てていたリズはその男を見て硬直していた。ナイフを落としたまま、拾おうともしない。


「う、嘘、何で。だって、わた、私は」


 取り乱したリズの口から言葉が溢れる。はっきりとした意味をなさずに並べ立てるばかりだ。


「リズ! 何があっーー」


 異常事態と判断し駆け寄って来たタクヤだが、リズと同じように固まり、その場に立ちすくむ。


「何で? だって、あの時、私が!」


 錯乱の兆しさえ見られるリズは頭を押さえて叫喚。普段なら一番に声をかけるタクヤまでもが、口を開けたまま微動だにしない。


「リズ、どうした! タクヤも!」


 戦いの場で動きを止めた二人。それはあってはならないことで、あり得ないことだ。裏の世界に身を置いてきた人間が取る行動とは思えない。


「……なん、で」


 リズは今にも泣いてしまいそうな顔を上げる。


「エル」


 呆けたように呟いたタクヤは、これまでに見たことがないような悲痛な面持ちだった。

エル!

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