表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夜を歩きて

作者: 笹桔梗

 夜空に浮かぶ月が彷徨(さまよ)える民たちの道しるべになっている、ということを知る者はどれぐらいいるのだろうか。


 今日もひとり、男は誰もいない道をゆっくりと歩く。

 漆黒の闇の中にある、ただ一筋の光。

 その先にある何かを目指して、誰もいない荒野を独り進む。


 かつて、男に対して、ひとりの幻獣が語ったことがある。

 月の裏側には我らの起源ともなる場所があった、と。

 少年の日の思い出。

 それ以来、月の裏側を目指すことが男の生きる目的となった。


 そこにあるかも知れないという理想郷を目指して――――。



 眠らないということ。

 眠れないということ。


 男はある特性を抱えていた。


 それは。


 生きていく上で睡眠を必要としない、という素養だった。


 ある視点から見れば利点とも呼べるような、男の素養は。

 また別の視点から見れば、その本質をがらりと変える。

 男はその資質を得たことにより。

 日の半分の孤独を得ることとなった。


 人の倍する時を自在に渡ることができる資質。

 されど、それは同時に眠りという甘い夢を奪い去る煉獄に過ぎず。


 男が剣士として名を馳せ、強者として名を称えられるのと引き換えに、どこまでも虚ろな孤独を身に受ける結果となってしまった。


 今日もひとり、誰もいない道をゆっくりと歩く。

 行く手を塞ぐ妖魔(もの)は斬り捨て、不意に生じる自然の害は斬り裂き、ただ、その歩みの先は、まだ知れぬ月の世界へ――――。



 だが――――。


 その夜は少し普段の(それ)とは異なっていた。


「とんとんとん、とんからり」

「……は?」


 男の前に姿を現したのは、巨大な狐の姿見をした妖怪変化だった。

 金毛九尾の化け狐。

 意味不明な言葉を投げかけてきたそれに対して、男は困惑の表情を浮かべた。


「何者だ――――と問うには有名に過ぎるな、お前」

「あら……くく、いやね、私のこと、ご存じ?」

「師匠から聞いた。古来より、国や種を傾ける『傾城』の化け狐だろ?」

「化け狐とはご挨拶ね。これでも妖怪の中では真っ当なのよ? 『天狐』ですもの。くくく、まあ、『傾城』ではなくて今の属性は『傾世』なのだけれどね」

「より駄目だろ」

「ふふ、私も成長しただけじゃない。もっとも、好き好んで世界を傾けようとは思っていないわよ? だって、それをすれば私も死んじゃうじゃないの」

「国はいいのか?」

「くく、その程度で滅ぶなら、その程度の国でしかないの。その証拠にきちんと乗り越えて成長している国もあるじゃないの。大事なのは成長。その次の段階へと歩みを進めることができるかどうか、それだけよ?」


 私だけのせいじゃないわ、と化け狐が笑う。

 一瞬、問答無用で叩き斬るか悩み、ややあって、男が問う。


「それで、俺に何の用だ?」

「別に。ちょっと興味深かったから、ご挨拶に来た、というところかしら」

「何だそれは」


 やっぱり斬るか、と逡巡する男に対して、化け狐が笑って。


「まあまあ、落ち着いて、ね? まったく、沸点が低いわねえ。冗談も通じないのかしら? まあ、だからこそ、私がやってきたのだけどね」

「……何がいいたい?」

「このままだと、あなた、世を倦んで壊れちゃうから。それだともったいないじゃない。せっかくのめずらしい能力なんだから」

「お前――――」

「はい、ストップ。再三言ってるけど、落ち着きなさいって。そもそも、あなた月の裏側を目指してるって話じゃない。そこに何があるか(・・・・・)わかってるの?」

「幻獣の起源の都だろ? 俺みたいなやつにとっての理想郷だ」

「違う」


 どこか薄笑いを続けていた化け狐が、そこで初めて強めの否定をして。


「あなたにその話をした幻獣は、単に感傷に浸っているだけよ。そこにあるのは滅びた都の残骸だけ」

「…………」

「月は夜に明かりを照らすだけよ。それも月が自ら発した光じゃない。それでも『放浪の民』たちにとっては救いになったけどね。でも、あなたはそうじゃないわ。年老いた幻獣の感傷に付き合う必要はないわ」

「…………お前の言うことを信じると思うか?」

「信じるも信じないもあなた次第だけどね。でも――――あなたは信じるわ」

「……何を根拠に?」

「だって、私があなたにとっての月だもの」

「――――は?」


 自信満々に含み笑いをする化け狐に呆気に取られる男。

 あまりにも、根拠のない自信。

 にもかかわらず、どこまでもその言葉を信じているであろう化け狐の笑みを見て。


 思わず、毒気を抜かれた。

 不意に、怒ることすら馬鹿馬鹿しくなっている自分に男が気付いて。


「つまり、何か? お前が俺にとっての道しるべだ、って言いたいのか?」

「そういうこと。だけじゃなくて、私は誰にとってもそうであろうとしているわよ? ひとが次へと進むための道標。そのためにだったら何だってするわ」

「国を亡ぼすことも、か?」

「もちろん。必要とあれば、ね」


 壊れてやがるな、と男が内心で苦笑して。

 だが、そんな化け狐の唯我独尊な物言いに、どこか惹かれている自分もいて。

 もしかすると、それ自体が、この化け狐の能力なのでは? と疑いつつも。


「俺を殺すことも、か?」

「まさか。そんなもったいないことはしないわよ、くくく」


 もったいない、か。

 相変わらずの物言いに、だが、すべてを信じたわけでもなく。

 それでも少しだけ、目の前の化け狐に興味が湧いた。

 すべてに無関心になりつつあった、自分にとって、意外であることを受け止めつつも、男は化け狐に対して笑って言葉を返す。


「いいだろう。その代わり、裏切った時は叩き斬るぞ?」

「ふふ、望むところね」

「それで? 俺に何を望むんだ?」

「ええ。ちょっと『学園』で学生をやってほしいの」

「…………は?」


 …………。


 これは、男が勇者として歩み始める最初の物語。

こちらの作品は、秋月忍さん主催の「夜語り」企画のために書いたものです。

プロローグのみでおしまいです。

続きは、そのうち、機会があれば書くかも……?



(他の皆様の作品を拝見しました。『うーん……まずい、自分のだけ系統が違いすぎる……』 ですから、端っこの方で静かにしてますね。こういう企画ものは初めてでしたので、個人的にはドキドキで楽しかったです)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 企画からお邪魔しました。 化け狐、いいですね。そこはかとなく色気があって。 オチでビックリしましたが。 うーん、それにしても眠らずに済む主人公が羨ましいです。本人には怒られそうですが。 …
[一言] 企画より参りました。 がっつり和風ファンタジーかと思っておりましたので、最後の「学園」にびっくり! せっかく盛り上がってきたところでしたので、良ければこのまま続きが読んでみたいです。どんな世…
[良い点] いや、ここで終わったらあかんでしょう。 どう見ても、序章だもん。 つづけるべきです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ