ロケハンと作戦と②
「――一体、どういうつもりなんだ、お前」
逃げ込んだ屋上で既視感を感じつつ、省介は怒りをぶつける。
「学校では近づかないって約束だろうッ。それをなんであんなよりにもよって誤解を助長させる不必要なことを……ッ」
「ごめんごめん、ご主人様、そんな怒らないで……」
「――怒るだろッ! 好きな人に『露出テロリスト』と誤解され、童女相手に制服主従プレイ強要した変態ロリコンだと思われたかもしれないんだぞ。……もう人生お先真っ暗、THE・ENDだよ、マジで……」
「むしろ光栄なことじゃんッ、それ程の域に達した高校生はなかなかいないし、聞いたこともない。前人未到の偉業だよッ、ご主人様、すごいッ!!」
パチパチともはや拍手すら受ける始末に、
「…………」
両手両膝を地面につき、省介は声すら出せない。
「……本当、どこまで無駄なんだ、お前って……」
どっと押し寄せる疲労に耐えかねる省介に、
「そうかもだけど、……その無駄が楽しくない? 人類の発展や文化は無駄ナシには有り得なかった……とも、どっかの偉い映画監督が言ってたしー」
「それについては反論が二言も三言もあるが、なんにせよお前は比重が偏り過ぎている」
「人のこと言えないけどねー。……まぁでも、途中で寝ちゃって魔法が解けて周りに見られちゃったのは確かにマズかったよねー。……だからごめんね、ご主人様ッ」
ぺこり、とルンが頭を下げる。
ゆるゆるの胸元が見えそうになり、省介はそっぽを向いた。
「お前の行動については、もういい。……そんなに謝られても逆に不愉快だ」
不機嫌そうな表情をする省介に、
「あ、でも考えてみると」ルンが思い出したように言う。
「そもそも、そんな悲観的になる必要も、もうないんだった」
ルンの言葉に、省介は後ろを振り返る。
「……どういう、意味だ?」
ルンはびし、と省介に向けてVサインを作り、ドヤ顔を見せた。
「――ロケハン、完了いたしましたッ」
「そ、それって……」
「そう。その通りさ、比田」
いつの間にかブラウニーの姿があった。
「魔法、何とかなりそうなんだ」
「ほ、本当かッ?」
「僕が言うんだから、間違いないよ。……今回の魔法に最も適した場所を見つけてきたんだ。ボーハンはまだ一人居残って、魔法円の下準備を始めてる。そこでなら、きっと大規模な忘却魔法にも対応できると思う」
「で、どこなんだ、それ?」
省介の質問にブラウニーは、ふふん、と意地悪い笑みを浮かべる。
「……比田、せっかくだから当ててみてよ。……ヒントは、記憶に関わり深い場所」
「……記憶に関わり深い場所?」
省介は該当する場所を思い出そうとするが、ピンとくる答えが思い浮かばない。
「あー、もう。まだわからないのかッ?」
「……悪かったな。……もう一つヒントをくれないか?」
「……ここからも、見えるところ」
「え?」
顔を上げて周囲を見回す。
そして、すぐに思い当たった。
「……体育館だ」
「どうしてそう思う?」
「……体育館は毎年、入学式や卒業式、始業式や終業式なんかが行われるから、記憶が密接にかかわっているとしても不思議じゃない……」
ブラウニーは、うんうんと頷いた。
「ご名答。正解だよ。……そもそも、式典というもの自体、出来事を意図的に意識させるために行うものでもある。意識するほど記憶に残りやすいし、それを何十回も重ねてきた場所だからこそ、記憶係の魔法とは相性がいいから、今回の魔法の舞台は体育館ってことに決まったんだ」
「なるほどな。……けど、全校生徒を一度に体育館へ集めるってのは、ちょっと無理があるんじゃないのか? 次の終業式までは、まだひと月以上もあるから間に合わない。……いくらなんでも、たまたま集まるってこともないんだから、何か人を集める方法を考えないと……」
省介の苦言にブラウニーは「そうだね。でも」と何やら日に焼けて色褪せたプリントを取り出した。
「これを見て、比田」
「何だこれ、……百合が原新聞? 校内新聞か。……ん? これ、今から三年前のものじゃないか。こんな不必要なもの、どうしろっていうんだ?」
「よく、中身を読んでみてよ」
ブラウニーに促され、渋々と見出しに目をやる省介。
……えーと、何々?
……『二年B組田中くん、振り込め詐欺からお年寄りを守り、百合が原警察署から感謝状』
「うげ。……なんだ、この何の面白みもないヌルい事件は」
「もう、ご主人様ッ。ちゃんと最後まで読みなよ」
ルンの指摘に、省介はもう一度紙面に目をやる。
……『○月○日、帰宅途中にコンビニに立ち寄った田中くんは、ATMを使用していた七十八歳の女性の不審な様子に気付き、声をかけたところ、振り込め詐欺であったことが判明。その後、同伴して警察署に送り届け、後日学校に感謝状が届いた。本紙の取材に対し、田中くんは「我が咎人なる魂の依代が、混沌からの解放を求めて行なっただけのこと」と発言しており、後日全校集会にて表彰された。』
「……田中くん、いくらなんでも、こじらせすぎじゃないか? もう高校生なのに」
「確かに僕も気になったけど、そこじゃない。最後の一行をもう一回見てよ」
「……最後の一行って」
……『後日全校集会にて表彰された』?
「別に、変なところは何も……、――ッ、そうか」
「そう。全校集会だよ。……見て。ここ三年分の学校新聞を調べると、他にも三件似たような内容で全校集会が開かれてる。色々調べてみたんだけど、今の校長になってから、学校側が表彰とかを大々的に行うように方針転換をしたみたいなんだ。そのせいもあってこれほどイレギュラーな全校集会が近年増えてきてるってワケだよ。……だからね、」
「――これから全校集会を開かせることも、十分できるってことか」
「……ご名答。そして全校集会を開かせることさえできれば、僕たちの魔法で一気に片が付く」
ブラウニーが脇に抱えていた分厚い本を指し示し、ウインクをする。
「……つまり、何らかの表彰に値するような功績を、この一、二週間で残せさえすれば、俺は以前の生活を取り戻せるって、そういうわけだな?」
「そういうこと」
「まじかよ。……なんつー回りくどい方法なんだ、それ」
省介は、信じられない、という様子でルンの顔を見る。
「……でも、ロケハンの価値、あったでしょ、ご主人様?」
ルンの問いに、省介は、まぁ、と答える。
(……確かに遠回りではあるが、昨晩からたったの半日でここまで話を具体化した点は、さすがというべきか)
「……艦長、帰還した。……何か問題?」
気が付くと、ボーハンが輪に加わっていた。
「……いや何もないんだが、……ホブゴブリンってのは、案外見かけよりも役に立つもんだなと思って」
「えー。そんなに褒められると、照れるようー」
「いや、ルン。お前だけは何もしていない」
「したよー! ちゃんとご主人様を元気にしたよね!? ほら、今結構元気でしょご主人様!」
「……俺が今元気なのは、ボーハンとブラウニーのおかげだ。てか、こいつらがいればお前、要らなかったんじゃないのか?」
はうッ、とルンが衝撃を受け、その隣でブラウニーが「べ、別に、比田を元気づけるために行ったわけじゃッ、勘違いするなッ」と赤面する。
その様子を見たボーハンの口元が、にやりと歪む。
「……艦長。……それなら賞与を要求する。……なでなでしてほしい」
「ボーハン、……意味が分からん」
「……でも、働きに対価を与えるのは、必要なこと」
「確かにな。……でも一応聞いておくが、本当に必要なことなのか?」
「……必要。……ミニマリストは、必要なことを拒まないはず」
「……くッ、まぁ、必要なら」
差し出されたボーハンの頭を、省介が軽く摩擦する。
途端にルンから悲鳴が上がった。
「ちょ、ずるいッ。ボーちゃんだけずるいッ! ルンもッ!」
「……だから、お前は何もしてないだろ」
「そうだけどッ、そうだけどッ!」
「……ひ、比田。……僕は、賞与なんて要求しないぞ」
省介が目をやると、言葉とは裏腹に傾けられている金髪頭が見える。無言で撫でてやると、「……へへへー、先ん生ぇ~?」という甘えきった猫のような声が聞こえた。
しかし、次の瞬間には「はッ」、と目を覚まし、
「………」
「………」
「………」
冷ややかな三人の視線が、ブラウニーへ送られる。
「な、違うっ! ……とにかくッ。まだ表彰されるという難題が残っているんだから、けして浮かれている場合じゃない、と言っているんだ!」
「……ブーちゃんが一番浮かれてたくせに」
「…………先、生」
「う、うるさいッ。……あれは」
「ブラウニーの言うとおりだ、まだ何も終わっちゃいない。……それで、どうする? 表彰を受けるためには、何か作戦が必要だと思うが」
「え」ブラウニーが固まり、顔を逸らす。
「……さ、作戦?」
「ああ、作戦だよ、あるんだろう、とっておきの秘策が?」
「あうう……」
ブラウニーは俯き、黙り込む。
「お、おい、……どうした? お前、まさか何も考えてなかったんじゃ?」
「……なッ、そんなわけがないだろうッ、僕ともあろう者が」
その場にしゃがみこんだブラウニーは、
「か、考えてはいるんだ……けど」
人差し指をイジイジして、言う。
「……正直、まだ、何も思いついていなくて……すまない」
しゅん、としたブラウニーの様子に、ルンは「大丈夫だよ、ルンも一緒に考えるからー」と肩を叩き、それに続いて「……ブラウニーなら、……できる」とボーハンも手を添え、最後に省介が頭へ手を置く。
「思いついてないなら、最初からそう言え。……不必要な意地を張ってる暇があったら、さっさといい作戦でも考えてくれよ」
「……比田。二人とも。……うん。……僕、がんばるッ」
ブラウニーが微笑み、ルンがそれに微笑み返す。
ボーハンが「……先生のため、が抜けてる」と呟き、ブラウニーの動揺を誘う。
それを見たルンが笑顔で「先生のためだもんねッ」とたたみかけ、しまいにはブラウニーが涙目になる。
そんな様子を見て、省介は思う。
……変な奴らだけど、悪い奴らではないのかもな。
省介は空を見上げ、風に流される雲の輪郭を眺める。
(……あと、二週間か。……二週間で、俺が花桐先輩との関係を、やり直せるのかが決まる。不安要素だらけだし、大丈夫なんだろうか。俺は、本当にあの時間を取り戻せるのか……)
……まぁ、何とかなるか。なんてったって俺には、しもべ妖精とやらがいるんだから。
省介はそう思った。
頭上に広がる大空の様子に、自らの行く末を重ねつつ。
ちなみに作中でルンが言ってる映画監督は、ア●トレ●ジとか、座●市とは撮ってた方です。一応実話です。