ロケハンと作戦と①
省介がルン達との同居を開始した翌日。
百合が原学園で囁かれる省介の噂は、一晩を経ていくらか変容したものになっていた。
「ねー、あの人だって」
「うわホントだ、キモ―」
「まじ許せないよねー」
「でも、別にコユたんを襲ったわけじゃないんでしょ?」
「……何それ、どこ出の情報?」
「お前知らねーの? 昨晩アイツのSNSアカ上で、コユたん自身が否定コメしてたらしいぞ」
「まじ?」
「見てみ見てみ」
「うわ、ホントだ、『噂にあるような事は何もされてません、事故なのでこれ以上はやめてください』とかコユたん天使すぎくない?」
「ところがどっこい、その後、共犯者のデブもコメしてきて、『アイツは悪くない、全ては自分のせいだ』って擁護しはじめて、変態追放派とバトりやがったんだ」
「なにそれ、なにそれー」
「……で、結局どうなったの?」
「変態とデブが、図書室で何度もコユたんの方見てたの、目撃してたヤツがいたらしくてさ、それ言ったら急に言い訳がましくなって、それきり。……だから今は、共犯での計画的露出テロ、ってあたりが強いみたいだぜ?」
「どっちにしても、変態ってことか」
ヒソヒソと交わされる生徒達の会話に、省介は衝撃を受ける。
――な、なに?
(……俺が新しい居候に手を焼いていた隙に、そんなことが?)
キッ、と省介は出部を睨み付ける。
出部はすぐさま席から立ちあがり、気まずそうな顔で去っていった。
周りからはすぐさま「見た今の?」「共犯説否定?」「いや、アピールでしょ」と声が漏れてくる。
省介はぎり、と歯噛みをした。
……あいつ、不必要なことを。
周りの雑音に耐えきれず、教室を出てイヤホンを着ける。
適当な曲を再生し、今朝のルン達との会話を思い出す。
「……先行潜入調査?」
「そう。いわゆるロケハンだよご主人様ッ。何事も事前の調査と念密な計画が、物事の成否を分けるのです」
「花桐先輩への魔法って、すぐ終わるものじゃないのか?」
省介の言葉に「はぁ」と、ボーハンが呆れる。
「……艦長。……話を聞く限り、事件は学校中に広がっている。もうその人だけをどうこうすればいい状況じゃない。……全員の記憶を改変しないと、艦長の言う『元の平穏な生活』には戻れない。……そう考えるのが妥当」
「う、そう言われてみればそうか」
「……それに艦長の学校は、全校生徒九百人規模の、大型校。……一人一人捕獲して魔法で改変していくのには効率が悪い上、時間が経てば経つほど、噂を思い起こした回数も増えて、どんどん改変しにくくなる……」
「つまり、一斉に魔法をかける必要があるってことなのか?」
「……それもなるべく早めに。出来れば、この一、二週間で勝負をつけるべき」
「おいおい、そんな急な話だったのか。……本当に大丈夫なんだろうな?」
「……可能は可能。……でも、無条件にできるわけじゃない」
ルンが頷き、「だからこその、ロケハンなの」と続ける。
「魔法って、場所との相性とかに左右されたりするんだよねー。必要な魔力が強大であるほど、その影響も顕著に出てくる。だから、なるべくロスを減らすよう細心の注意を払うことが必要だし、そのためにもロケハンは欠かせない作業なんだ」
「思ったよりも繊細なんだな、魔法って」
「そうだよ。で、領域とか、境界とかについてはルンやブーちゃんよりも、ボーちゃんの方がずっと詳しいから、今回はボーちゃん主導でロケハンをしようと思ってるの」
省介が感心していると、ルンは「だからね」とニヤりとし、
「……これから、ルン達も学校に行きます」
「ちょっと待った。……今、お前何て言った?」
「ルン達も学校に行……」
「ダメに決まってるだろ、不必要だッ」
「何で何でッ、必要だよッ? 今の話聞いてなかったの?」
「それとこれとは別問題だ。……お前らが学校に来たら、ただでさえ窮地に立たされている今の状況がさらに悪化する、という確信めいた何かがあるからな」
「……それはご主人様の妄想でしょ?」
「いや、むしろミュータント的第六感だ。それにお前らは高校生というか、どう見ても……」
「えー。いけると思うんだけどなぁー。制服着ちゃえばわかんないよ? ……ほら」
見るといつの間にか、百合が原学園の制服に身を包んだルン達が、余り袖をパタパタとして女子高生を主張している。
「……えへ。可愛いでしょ」
「……艦長、似合う?」
「……僕は別に、こんな服着たくない。勘違いしないでもらいたいな」
目の前に現れた三人の制服姿に、省介は思わず目を細める。
(……いやね、お前らは造形が綺麗だから、華奢な中にある柔らかそうな曲線や、適度にずり落ちた布地なんかに、そりゃまぁ、美学は感じるよ? むしろ何か新しい境地を開いてしまいそうな感じだ)
(……けど、誠に残念だが変装としては不合格だ。耳はそのままじゃ違和感あるし、サイズ感はブカブカで着せられてる感が半端ない。それにどう頑張っても、コスプレをした小学生にしか見えない。マニアには眩しすぎるご褒美なのかもしれんが……)
――とは、何だか悔しいし面倒なので口にしない。
「ていうか、その制服、どうやって手に入れたんだ?」
「んふふー。もちろん、アマ●ン」
「……さようですか」
「ねー、だからいいでしょ、ご主人様ッ。ロケハンだよロケハン。魔法には必要なことなんだから、ミニトマトにも当てはまるはずでしょ?」
「……わかった。そこまで言うなら、昼間学校に来ることを許可してやらんでもない」
途端にガバッ、とルンが復活する。
「本当ッ? わーいやったぁ! 念願の学校、楽しみ……」
「――ただし」
省介は視線をキッと強めて釘を刺した。
「絶対に俺に近づいたり、話しかけたりするなよ? 面倒ごとになることがわかりきっているからな」
「ハイハイッ。わかってるよ、ご主人様」
「……本当に、大丈夫なんだろうな?」
「……心配無用。……潜入得意」
「そうだぞ比田、僕達を甘く見ないでほしいな」
「ルン達にまかせとけば大丈夫、大丈夫ッ」
……なんて言ってたけど、本当に大丈夫なんだろうか。
……まぁ、仮に何かあったとしても、俺には影響が無いはずだし、不必要な杞憂かもな。
省介はルン達のことを頭から追い出し、なんとなく後ろを振り返った。
「あ」
廊下の窓辺にいる人物を見て、省介の喉が凍り付く。
……花桐、先輩。
胸に教科書を抱え、他の女子生徒と歩くその姿に、省介の胸は高鳴った。
しかし、すぐにその高鳴りはずしりと重い質量を持って省介の心にのしかかり、口の中に苦みのようなものが広がっていく。
「――っ」
視線が合い、どうやら花桐も省介に気付いたらしかった。
少しだけ動揺の色が見てとれた後、ふい、と花桐は目を逸らす。
ずきり、と省介の心が痛んだ。
「――弧雪、こっちいこ?」
連れだって歩いていた女子生徒が促し、花桐が踵を返して去っていく。
その姿を、省介は最後まで正視できなかった。
周囲の生徒から聞こえる、「エンカウントなう」や「変態ざまぁ」などの声も、省介には聞こえなくなっていた。
(……やっぱり、俺は、嫌われてしまったんだ)
(……頭では理解していたが、実際に接せられると、心が崩壊しそうだな)
チャイムが鳴り、生徒達が慌てて教室へ戻っていく。
うな垂れる省介はため息をついて席に着いた。
案の定教師の言葉も教科書の朗読も、全く頭に入って来ない。
幸い省介の席は窓側一番後ろの席だったので、授業中まで周りの視線を気にする必要はほとんどない。
省介は頬杖をついて外の景色を眺め、思索の世界に入ることにした。
『……比田、くん、だよね?』
脳内に、昨日の花桐の言葉が蘇る。
『……いつも図書室に来てくれてるし、……なんかね、いつの間にか、名前、覚えちゃったの』
……あの時は、なんて幸せだったんだろう。
「……花桐先輩」
口の中で誰にも聞こえないように省介は想い人の名を呼ぶ。
鈍い悲しみを体現するように、ふと視線を下に移すと、
――ん?
机の下。
両ももの間に、ピンクのツインテ―ル頭が一人。
省介の股間に寄りかかり、よだれを垂らしてすやすや寝ていた。
「――うおおおおおおおおおッ!?」
ガタッ、と大きな音を立て、省介が立ちあがる。
教室中が後ろを振り向き、授業中に大声を上げて立ち上がった人物に注目した。
「なに今の」
「何やってんだアイツ」
「てかあの子誰?」
ざわざわと騒々しさが増す中、
「うへへ、ご主人しゃま……の……おぱんちゅ……へへ」
寝ぼけたことを抜かすルンの言葉が、やけにクリアに響いた。
「……ねぇ、今」
「今、ご主人様って」
「……おパンツ?」
さらなる騒々しさへと教室の喧騒が昇華し、焦った省介はルンを見つめる。
そのルンの格好たるや、制服のサイズ感が大きいせいで肩がずり落ち、小柄な割には膨らみのある胸が見えてしまいそうな、危ういいでたちであった。
さらに恐ろしいことだが、省介の股間にはルンの垂らしたよだれ跡がくっきりと残っており、
……おい。
(この状況は確実に、アウトだろッ!!)
「来いッ」
血の気が引いた省介は、すぐさまルンを抱きかかえて教室から離脱する。
「もう……ご主人しゃまったら、強引なのは好みじゃ……」
「……お前ちょっと黙ってろ、この鬼畜しもべ妖精ッ!!」
廊下まで聞こえる興奮した教室の様子に、省介は耳を塞いで走り去った。
ロケハンって初めて聞いたとき、「ロケット、……ハンマー!!!(ヒーローものの熱いニュアンスで)」だと思ってました。いつかロケットハンマーの使い手が主人公のお話でも書こうかな。