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彼の日常、ミニマル生活④

「すみませーん、宅急便でーす」

 玄関の扉を開くと大きな段ボール箱を何箱も抱えた配達員が立っていた。さらに見ると玄関前には一様に「アマ●ン」と書かれた箱が山積みになっている。

「比田ルンフェルさんに、お届け物なんですけどー」

 省介の身体が凍り付く。

 ルンが「はーいッ」と威勢よく返事をし、「いつもご苦労様ッ」とにこやかな表情でサインをする。

「……おい、お前まさか」

 ふふーん、と得意げになったルンは、

「こっちが四Kテレビ、HDDレコーダー、ハンドミキサーとデザインカウチ、これはアロマな加湿器で、こっちは布団クリーナーなどなど、あ、この美顔器くるの待ちわびてたんだーッ。いやー、もう、さっすがアマ●ン、仕事が速くて助かるなぁーッ」

 次々に包装を開封していく。

「……お前ッ、俺のミニマル部屋になんてことを……ッ!」

「だってここ、せっかくいい部屋なのに、何もなくてもったいないんだもん。もっとさー、パンツみたいに可愛くしたいんだよねー。……何より貧乏くさいし」

 ぐさり、と省介の胸に容赦のない言葉突き刺さった。

 その様子を見たルンが、えへ、と小首を傾げて誤魔化す。

「……おい、まさかとは思うが、この不用品を買う費用ってもしかして……?」

 省介の胸で渦巻く不安をよそにルンはえー、と極めて軽い調子だ。

 心配しなくても、とルンは言った。

「――ぜんぶカードで落としておいたよ? ご主人様の」

 ……。

「ぬおあああああああああああうッ!! そのまさかじゃねえええかあああああッ! ……この悪魔ッ! 童女の皮を被った悪魔ッ!!」

「さすがに悪魔呼ばわりとか、ルン、ちょっと心外」

「知らんわッ!! つか、いつの間にカード情報をッ」

「いつの間に、っていうか……一人残された部屋にスリープ中のパソコンが、カード登録済み、かつパスワード省略設定で置いてあって……」

「人生トップクラスの大失態ィィーッ!!!!」

「まぁ、誰にだって失敗くらいあるよ、ご主人様。人間なんだし……、あっ」

 ルンは嬉々として、手近にあった包みからスマートフォン(!)を取り出して、「ほうほうテザリングかー」とか呟いて説明書片手に設定を始める。

「……それも、どうやって契約した?」

「えー、あ、うんー」

 画面からは目を離さずに、気の無い返事が返ってくる。

 ……く。スルーだと。

 省介が自身への雑な扱いに怒り、抗議をしようとした時。

 ピンポーン。

 再びドアのチャイムが鳴った。

「……今度は何だ?」

 すっかり散らかった床を足でかき分け、省介はチェーンをかけて扉を開く。

「どちら様……」

「比田省介、だね?」

 間髪入れずの返答に、省介は思わず声の主を確かめる。

 そこには目が洗われるような美しさの金髪をたたえた、碧眼の童女が腕を組んで立っていた。

 ノースリーブのブラウスに、ブリティッシュテイストなチェックのベストとショーツを着てボウタイを合わせ、カントリーブーツを履いている。

 それに加えて目に入ったのは、見覚えのある尖った長耳。

 途端に、嫌な予感がした。

「……僕の名前は、ブラウニウス・ストラウス。通称ブラウニーだ。ちょっと前まで、名は売れていないが腕は立つ、とある探偵の助手をしていた者さ。こちらの情報によれば、僕の友人がここに来ているらしいのだけど、もう着いているのかな? ちなみに、友人の名前は、ル……」

 バンッ、と省介はドアを閉め、急いで鍵をかける。

「あ、ちょっと。何をするッ、開け」

 ドア越しに慌てたブラウニーの声が響き、扉がドンドンとノックされる。

(……間違いない。コイツを入れた途端、更なる不必要な出来事が起こるに決まってるッ)

「開けろー。開けるんだ、比田省介―ッ」

 招かれざる客の訴えを無視し、省介はスマホをスワイプするルンに抗議する。

「おい、お前の友人を名乗る変な金髪が、さっきから玄関でわーわー騒いで……」

 瞬間。

 声が、鋭い破壊音にかき消された。

 窓ガラスが豪快に砕け散り、何者かが家の中に飛び込んでくる。

 その人物はふわりと空中を一回転して受け身を取り、着地したと同時にやたら物騒なライフルらしきものを構え、狙いをルンに合わせる。

「……突入完了。対象の要人の無事を確認。他には、……非武装の民間人一名を発見」

 碧みがかったライフルの銃口を省介に向け、侵入者が呟く。

 袖無しのセーラー服と極短のブッシュパンツが真白く輝き、スカーフ、ロングブーツと同色の赤い瞳が、アシンメトリーな青ショートボブの隙間から乾いた視線を向けてくる。

 唖然とする省介は薄々感じていたが、お馴染みの長耳と小柄な童女体系が、もちろん見てとれた。

「あれ、ボーちゃん早かったね」

「……スマホのGPS情報を元に最短距離を突っ切ってきたから。たとえ一秒の遅れでも、作戦遂行の命取りになりかねない」

「なるほど。ボーちゃんらしいねぇ」

 にこやかに話すルンに、ボーちゃんと呼ばれる童女は眉一つ動かさず、「それで、この民間人は?」と尋ねる。

「ご主人様だよッ。名前は、……あれ? さっきメッセージ送らなかったっけ?」

 青髪の童女はウエストポーチをごそごそと漁り、スマホを取り出した。

「……比田省介、十五歳。身長百七十、体重五十五。趣味は捨てること。唯一捨てられないのが童貞で、胸フェ……」

「うわあああ! 人のデリケートな個人情報を読み上げるなぁッ!! てか、ルンッ。お前何勝手に公開してんのッ!? そもそもどうやって調べたッ!?」

「……どうやって? だから、……一人取り残された部屋に、スリープ中のパソコンが置いてあって……」

「だからって、普通人の性癖調べたりはしねぇよ……」

「いつか必要になるかな、と思ったんだよう。……それより今朝は惜しかったなぁ。ご主人様にちょっとでもその気があれば、調べたことがさっそく役立ってたかもしれないのに……」

 頬を赤く染めて身体をくねくねするルンに、青髪童女は「え」と視線を細くする。

「…………『卒業式』?」

「そうそう、そうなんだよッ。……『他に困ってることなんかない』なんて言うから。その、すごく迷ったんだけど……」

「……ほう。……それは、とんだ策士」

「どういうこと?」

「……しもべ妖精の身の上を知った上で、何も頼まないなんて不親切。となると最初からエロ方面の要求を飲ませるためだけに、あえてそんなことを言った可能性が……」

「ないわッ!」

「……きっと『卒業式』の域をはるかに超えた、アブノーマルでハードコアな要求を……」

「しねぇよ! こんな女の魅力の欠片もない子どもにそんなこと!! 俺は鬼畜かッ!?」

「ひどいよ、ご主人様ッ。……一度ならず二度までも、この私をキズモノにするなんてッ!!」

「……処女を弄んで喜ぶなんて、とんだ勘違い童貞。風俗嬢にでもハマって破産すればいいのに……」

 青髪童女の乾いた視線が、温度すら失って省介に投げかけられる。

 ……こ、こいつら。

(一人でも性質が悪いのに、二人に増えると手に負えん!)

 何故か劣勢に立たされた省介は、半ば強引に話題を変えることにした。

「それよりどうしてくれるんだよ、この窓ガラス。どう見てもこの惨状をどうにかすることのほうが、先決だろ」

「……それなら大丈夫。このくらい、すぐに魔法で復元できる」

 青髪の童女がライフルを構え、不愛想に答える。

「……一応確認しておくが、お前もホブゴブリン、なんだな?」

「……そう。自分の名は、ボルゲルグ・ヨーハン。通常はボーハンで通っている。貴方もそう認識してもらって構わない」

「ボーちゃんはねぇ、昔、水兵さんだったんだよー」

 にこやかにルンが入れた横やりにも、顔色一つ変えずボーハンは続ける。

「……正確には、水兵見習い。女は船には乗れないから。……機密保持の関係で、どこの海軍かは言えない。よってその辺についての詮索は、あらかじめ遠慮しておく」

「……心配しなくても、聞かないから。不必要だし」

「……なるほど。貴方が極度に不必要な事を嫌う変わり者だ、というのはどうやら本当のよう」

「……それで? お前は俺ん家に何しに来た? こんなド派手な登場の仕方をしたからには、ちゃんとれっきとした目的があるんだろうな?」

 省介は腕を組み、強い語調で尋ねる。

 問われたボーハンは、表情を一切変えないまま首を傾げた。

「……さぁ?」

「無いんかいッ!」

「……自分は間接契約のバーターであるルンフェルに呼ばれて、ここへ来ただけ」

「……間接契約?」

「……そう、貴方がルンフェルと契約した結果、ルンフェルと契約している自分との間にも、自動的に契約関係が生じることになった。直接貴方と交わしたわけではないけど、自分と主従契約をしてるのと同義。……だから、間接契約」

「つまり、コイツと契約した瞬間に、コイツが勝手に契約してた他のホブゴブリンまで芋づる式に契約しちまったってことなのかッ? ぜんっぜん聞いてないんだがッ」

「……自分に言われても」

 透明な眼差しを向けてくるボーハンに、省介は言葉を飲み込んだ。

 代わりに蓄積した怒りを込めてルンへ向き直る。

「……何しにって、そりゃ、――一緒に住むためだよ、ご主人様?」

 何当たり前のことを、と言わんばかりの表情でルンが引き継いだ。

 省介は五秒ほどフリーズし、言葉も出ない。

 その隣でボーハンが「え、そうなの」と無表情で漏らした。

「いやいやいやッ!! 意味わかんねぇよッ!! 確かに俺はお前を居候させることを承諾したが、他に同居人を増やすことなんて聞いてねぇぞッ」

「あれ? そうだったっけ? ……まぁ、でも一人居候できるなら、二人も三人も変わらなくない?」

「変わるだろ、かなりッ! そんなのは認められん、不必要だッ!」

「不必要じゃないもんッ。必要だから呼んだのッ。ご主人様の要望に応えるためには、ボーちゃんの助けが不可欠なのに、そんな言い方ないよ、ご主人様ッ」

 むむむ、と睨み合い、省介とルンが対峙する。

「必要なら必要で、なんであらかじめ言っておかなかったッ? お前がそう言っていれば俺だって、もっと色んな交渉の余地があったはずだろうッ。……この大量の不要品のことだってそうだッ。だいたいお前これ、一体いつ注文したんだよ?」

「今朝だよ?」

「……早ッ!」 

「でも結果的にはちょうど良かったし、何も問題ないでしょッ!?」

「あるだろッ十分ッ! ……それに、俺がもしお前に何も依頼しなかったら、どうするつもりだったんだッ?」

「そ、それは……」

 ルンは視線を逸らし、フィーフィーと口笛を吹く。

「……どうせ今みたいにゴリ押しして、どうにか居候するつもりだったんだろ?」

「…………」

「……図星か」

「……や、やだなぁ。違うよ、ご主人様ッ。……え、えへへー」

 笑って誤魔化そうとするルンだが、全く説得力が無かった。

「――いいかッ」

 省介はビシッ、とルンに人差し指を突きつける。

「……確かに俺は今、お前に頼る以外、にっちもさっちもいかない状況だ。提案してくれたお前には、これでもいくらか感謝しているつもりだ。……けどなッ。ここはミニマリストを志した俺がミニマル主義を体現するために、実家との壮絶な交渉を経てやっと手に入れ、極限まで洗練した『ミニマル部屋』だッ! 俺にとって聖地みたいな所なんだぞッ。それを居候の分際で汚すなんて、言語道断ッ! 全くもって不必要だッ!! 郷に入っては郷に従えという諺の通り、このミニマル空間においては『ミニマルに、よりミニマルに』をモットーに生活するというのが、まっとうな人物の行うべき行ッ……」


 ドンッ。

 

 突然部屋に鳴り響く鈍い打音に、省介は思わず口をつぐんだ。

 ルンとボーハンも、驚いて肩を竦めている。


 ド、ド、ド、ドンッ。


 その音は、隣の部屋からだった。

 省介は思わず青ざめる。

 ……やべ。うるさくし過ぎたせいで、お隣さんがお怒りだ。

(……結構神経質な人みたいなんだよな。実際会ったことはないけど、向こうの方が古株みたいだし、下手なことをして大家さんに通報されでもしたら、一貫の終わりだ。……ここは、大人しくしておこう)

 省介はルンと顔を見合わせ、次にボーハンに沈黙の合図を送る。

 しばらくの間、全員が何の音も立てず沈黙の中でじっとしていた。

「……さっきの…モールス信号?」

 ヒソヒソ声でボーハンが沈黙を破る。

「違うよ、ボーちゃん。多分、う、る、さ、い、って合図だよ、今の。このアパート、壁がすっごく薄いんだから」

「……悪かったな、薄くて。……まぁ、とりあえずもう話はいい。ルン、お前はこの不用品を一か所にまとめろ。その間にボーハン、お前はこの好き放題に飛び散ったガラス窓を集めて、復元しておいてくれ。……いいか?」

 ルンとボーハンがそれぞれ「オッケー」「ラジャー」と敬礼をし、物音を殺しながら指示された作業をこなしていく。

「……艦長」

 未だに保っているヒソヒソ声で、ボーハンが呼びかける。

「誰が艦長だ。……どうした?」

「……何か、変な声が」

 省介が耳を澄ますと、微かに「えぐッ、えっぐ」と誰かのすすり泣く声が聞こえた。

「……ね、ねぇ、もしかして、オバケ? ここって、そういうスポットだったの、ご主人様?」

 ルンが眉尻を下げ、不安そうに尋ねてくる。

「幽霊が出るという話は、聞いたことないし、特に経験もなかったはずだが」

「……けれどこの辺、微妙に魔力の歪みを感じる。……何かいても、おかしくない」

 ボーハンの一言で、その場の空気が一気に緊張を増した。

「ちょ、ほほほんとなの? ボーちゃん」

「嘘だろボーハン、冗談やめてくれよ」

「……残念だけど、本当」

「じゃあ、この声ってまさか、……昔、ここで恨みを抱いたまま亡くなった……」

「おいやめろ。不必要な推測は余計なイメージをッ……」

「――ッ! 玄関から」

 ヒィ、と声を詰まらせ、省介とルンは手を取り合って窓側へ退避する。

 確かに玄関の方から、子どものすすり泣くような声が聞こえてくる。

「ご、ご主人様ぁッ」

「……大丈夫ッ、……絶対に扉を開けなければ、きっと、……ん?」

(……なんだろう、俺、つい最近、玄関について似たようなことを思ったような気が……)

 ……玄関、玄関。

「あ」

 省介は立ち上がり、すたすたと玄関を目指す。

 その姿にルンは「ご主人様?」と驚き、ボーハンが目を見張る。

 玄関が近づく度に、すすり泣く声は大きくなっていく。

 半ば確信をもって省介はバン、と扉を豪快に開いた。


「えっぐ、……ひっく、……すんッ」


 部屋の前で、子どもが泣いていた。

 しかし幽霊ではなく、そこにいたのはさっきの金髪ホブゴブリンだった。

 地べたに女の子座りをし、大きなブルーの瞳から大粒の涙をこぼして、もう鼻水やらなにやらで顔面ぐちゃぐちゃになっている。


「……えぐ、……だ、何度ただいでも、出で来てくでないし……ひっぐ、……さっきオオヤっていうこわいひどに、うるさい、っで、……うあああああんッ!」


 泣き崩れる金髪の童女に、省介の心は申し訳なさで一杯になった。




 コーヒーメーカーが蒸気を放ち、ミニマル部屋の中に香ばしい香りが漂う。

 省介は真新しいカップを四つ取り、それぞれ注いでいく。全てルンの注文した品物だった。

 まだタグの取れていない座卓を囲んで省介、ルン、ボーハン、の三人に加え、泣き止んだブラウニーが席についていた。

「……で、結局お前ら三人とも、この家に居座るつもりなんだな?」

 三人の「うん」と「まぁ」と「そうさ」が重なる。

「……それが出来ないと、俺が取り戻したい元の生活は、絶対、何が何でも完全に永遠に、実現することは不可能だと、そういうことだな?」

 再び、「うん」と「まぁ」と「そうさ」の三重奏。

 はああ、と省介は深いため息をつく。

「……なら、仕方ない。……不本意の不本意の不本意だが、あくまで必要である以上断るのは流儀に反する」

「ホント!? じゃあ、ご主人様ッ?」

「……居候、認めてやる」

「わーいッ!! やったねブーちゃんッ」

 ルンが喜びを分かち合おうと、ブラウニーに抱き付く。

「ちょ、ルンフェル。……僕にベタベタするんじゃない、動きづらいからッ」

 手足をジタバタさせ、抵抗するブラウニーに「……自分もー」とボーハンが絡みついた。

「……ちょっ、どこ触ってるんだボーハン。……やめろッ! ……ちょッ、あっ、ああ……ひゃうんッッ!」

 顔を真っ赤にし、涙目になるブラウニーの甲高い声が、辺りへと響き渡る。その様子に省介は再び深いため息をつくのであった。


やっと3人そろいました!! ここからロリの快進撃が……、始まりますー( `ー´)ノ

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