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ホブゴブリンとミニマリスト②




「……話し合い、ですか?」

「ああ。……唐突かもしれないが比田君、君は、この世界の科学技術が、ここまで急速に発展した理由を知っているかな?」

 発せられた問いに、省介は戸惑いの色を見せる。省介の反応を見た椎名は「いいんだ」と笑い、話を続ける。

「……実はね、その背景にいるのは、僕ら退魔師なんだ。世間には知られていないことだけど、科学発展の乏しい中世までの時代、現世界は妖精など魔世界からの過干渉によって魔法の強い影響を受けていた。それが近代になって、退魔師の増加と組織化によって淘汰された……」

 ゆっくりと、椎名が言う。省介の理解が追いつけるように配慮されているのが伝わってくるような話し方だった。

「……もし退魔師が存在しないまま、いつまでも魔世界の影響を受け続けていたとしたら、今のようなレベルにまで科学が達していたとは、とても思えない。魔法に頼らないことは文明の進展を促し、結果科学技術は発展した。そして今も、進歩を続けている。……比田くん、これが何を意味するか分かるかい?」

「…………」

「そう、君はきっともう気付いているね。……魔法から遠ざかることによって、この世界は魔世界とは完全に異なった方向へ舵を取った。言い換えれば、現代世界は魔法と引き換えに、科学技術をとった、ということだ。……だからこそ、一見矛盾しているかもしれないが、未だに僕らみたいな退魔師が、魔法による干渉を取り締まり、秩序を守っている。科学技術は発展を続け、僕たちはその恩恵を受けているんだ。そんな僕達が、秩序を乱す魔世界の住民である彼らの手を借りるのは、果たして褒められたことなんだろうか? ……僕は、けしてそうは思わないね」

 椎名が省介の目を見据え、

「比田君。……君同様無駄を嫌う人間として、はっきり言おう。魔世界の存在である妖精はこの世界には必要ない。必要ないんだ、僕らには科学がある。最新鋭のコンピューターや便利な道具が山ほどある。僕らが使うべきなのはそれらのモノであって、そこのしもべ妖精ではない」

「……そんな、使う、って、別にコイツらはモノじゃ……」

 いいや、と椎名は告げる。

「モノと同様だよ。人間の特定の使用目的のために作り出された、という点では本質的に一致している。向こうが魔法でこちらが科学技術というだけの違いだ。……人格がある? それも結構。だがこの世界でもそう遠くない未来に、AIが開発されるだろう。そうしたら、そのロボットはしもべ妖精と何が違う? 確かに感情をもって言語を発するだろうが、その二つが作り出されたモノである、という事実は揺るがない。どんなに思い込みたくても、作られた理由は変わらない。ただアプローチが違うだけで。……だから」

 椎名が微笑む。

 省介には、その微笑みがどことなく不気味に思えた。

「君は捨てるべきだ。……ミニマリストとして、それらの不要品を。それは君に不必要なだけでなく、この世界に悪影響を及ぼす可能性があるモノだ。最小限主義(モノを持たないこと)がいかに人を幸せにするか、君も身をもって体験したはずだ。それらは本当に必要なものなのかい? たとえ君がそう判断したとしても、世界にとって違うことは明白だ」

 ……世界にとって、不必要だから。

 その理由で、ルン達と手を切れと言われているのだ。

「……おっしゃることはわかります。……でも、俺は……」

「ああ、美七から聞いたよ、君がしもべ妖精に固執する理由だね? ……想い人のため妖精にまで頼るなんて、なかなかじゃないか。そうそう出来ることじゃないよ。……その点について、僕は君を支持しようと思うんだ。……なにせミニマリストの君が、一番大切だと決めたことだからね。そしてそこに、話し合いの余地がある」

「……どういう意味ですか?」

 にか、と歯を見せて笑う椎名。

 ポン、と省介の肩に手が置かれる。

「忘却魔法の件、僕が請けたまわろうじゃないか」

「え?」

「本来、僕らとて妖精以外に魔法を使うなんてことは許されていないんだが、今回は特別だ。君の事情を考慮しよう。だから、もう心配しなくていい。君と想い人との関係修復は、僕が保証しよう。……その代わり」

 肩から手が離れ、椎名が立ち上がる。

「そこのホブゴブリンとは、契約を切ってもらいたいんだ。……知っているかはわからないけど、現世界人と契約している状態のしもべ妖精は、契約を切らないと魔世界へとは送れなくてね。君が契約を切ってくれれば、僕達退魔師は己の役割を果たすことができる、そしてそれはこの世界の発展にも繋がる。一方で君は、望み通り元の生活を取り戻すことができる。……どうだい? 僕にとっても君にとっても、何ら無駄のない提案だと思わないかい?」

「それは……そう、ですけど……」

 省介は振り返り、ルン達の顔を見る。三者とも心配そうな表情でこちらを見つめていた。

「比田君」

 椎名の諭すような声がする。

「……それはモノだよ? そして僕らには、モノよりも大切なものがある。……『モノのために人がいるのではなく、人のためにモノがある』……モノに振り回されないで生きることこそ人間の生きる本質だと、僕は君に、ずっと言ってきたはずではなかったかな?」

 モノ、という言葉が、異様に省介の胸に刺さった。

 ……もっともな指摘だ。

 そしてこの考え方こそが、実家に捉われて生きる意味を失っていた省介へ、希望を与えてくれた考えそのものだった。実際に、椎名に忘却魔法を行ってもらえるなら、ルン達へ頼る理由もなくなる。

(……でも、)

「ご主人様、いいよ?」

「な……?」

 ルンの言葉に省介は顔を上げる。

 彼女は笑っていた、少しだけ哀しそうにして。






だんだん物語も佳境へと差し掛かってきました。よろしければこの後もお付き合いください!!

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