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脱衣場でホブゴブリン②



 見渡す限りのフローリング、一LDKの賃貸アパート。

 制服に着替えた省介は、全裸の応急処置にプルオーバーパーカーを被せた童女と正座で向かい合う。

「――ほう、つまりお前の話をまとめると、ルン……なんだっけ?」

「ルンフェルスティルスキン。長いからルンでいいよ、ご主人様」

「……おう。それで、とどのつまりお前、ルンは妖精で……」

「……しもべ妖精、ホブゴブリンだよッ? 誰かへ仕えるため、魔法で特別に作られた貴重な存在なんだから、他の妖精と一緒にしないでッ」

 むっとした様子のルンが、頬を膨らませて反論する。

「……悪い悪い。で、そのホブゴブリンとやらは、定期的に誰かに仕えてないと生きていけない存在だと。けど、お前は今仕える人が居ないから、魔世界から仕え先を探しに来てると。まるで渡り鳥労働者のように、各地を転々としてるその姿から『渡り鳥しもべ妖精、ホーボ―・ホブゴブリン』って呼ばれてる……こんな話だっけ?」

「そう、そのとおりだよ!」

「……はぁ。……で、お前は前職がメイドで、しかも大のパンツ好きのパンツコレクターの変態で。……妖精の力を使って隠れてて、見つかるとは思ってなかったため全裸だったと。そして不法侵入の件もパンツの件も全く謝る気はなくて、むしろ全裸を見られた賠償として、俺んちで家事を手伝うしもべ妖精の主従契約を結んで欲しい、ついでに俺のパンツも欲しい、そういう話だったか……?」 

「さすがご主人様、理解が速いねッ!」

 指をパチンと軽快に鳴らし、ルンが微笑む。

「そうなのッ。ルンね、パンツが大好きで大好きで仕方ないのッ? 女のコのヤツも勿論可愛いくて大好きだけど、男のコのパンツ特有のガサツな作りみたいなのもそそっちゃうよねッ。……特に、使用済みにしか出せない、あの張りや匂いときたら……、ああんッ、もう、……最高ううッ」

 くねくねと身体を揺らして恍惚とするルン。

 そんな様子にウンウンと頷き、

「なるほど話はよーく分かった……」

 省介は目を細め、爽やかな微笑みをたたえて、

「――帰れ」

「ええ、なななんでッ? 今の話、聞いてなかったの、ご主人様ッ?」

「聞いたからこそだ。そんな胡散臭い話信じられるかッ! 何が妖精だッ。お前のやってることはただの変態による不法侵入だろッ」

「……」

 省介の言葉にルンは押し黙り、

「……信じて、くれないの?」

「ああ。信じられるわけない。お前がその妖精であるって証拠を示してもらわないことにはなッ。どうせその髪も耳も偽物で、なんだかんだ言い逃れをするための作り話なんだろ?」

「……じゃあ、……確かめて、みる?」

 省介を見上げ、少しくぐもった声でルンが言う。

「え? ……確かめるって、あの……」

「……はい」

 頬を紅潮させながら、ルンが首を傾けてくる。

「……いいよ? その……触っても……」

「はッ? おま、何言って……」

「信用できないんでしょ? ルンの耳は偽物だと思ってるんでしょ? ……なら、こうするしか、ないじゃない」

 眉をハの字にしたルンの長耳が差し出される。

「……ほら、早く、……触って?」

「……」

 口元を手の甲で押さえ、伏目がちな赤い顔のルンに非常なやりづらさを感じる省介。

 ルンの様子にツッコミたい点は多々あったが、触ってと言われたのだから、これはあくまで検証のためだから、そしてそもそも単なる耳の話だからと割り切り、

「……じゃ、失礼する」

 震える手でルンの長耳に触れる。

「……ッ、ふぁッ」

「おい、変な声出すなよッ」

「うんッ、ごめんなひゃッ……!」

「……クソ、ホントやりづらい」

 いちいち反応していたら埒が明かないので、省介は検証に集中することにした。

 眺め、裏返して継ぎ目を探し、つまみ、引っ張ったりデコピンしてみたり、息を吹きかけてみたりしたが、その長耳はどこからどう見ても実際の耳のそれであった。ルンの見せる過剰とも言える反応にも演技がかっている点はどこにも見られない。……と、いうことは、

「……悔しいが、まさか本当に、本物、なのか……?」

 信じられない、という気持ちで省介はルンを見下ろす。

 ルンはといえば床にへた、と女の子座りをし、荒い息を吐きながら涙目でこちらへ抗議の視線を送り、

「……だから、最初から本物だって言ったもん。……ご主人様の鬼畜。触っていいって言ったけど、あんなに激しく……調子に乗りすぎ……」

「……悪かった、確かに俺も配慮無しに色々やってしまったことは認める。ただ、不必要に誤解を招くようなことは言うな」

「ふーんだ、事実を言ったまでだもん。……まぁ、何はともあれ、これでわかったでしょ、ルンの言ってることが本当だって」

「ああそうだな、この目で確認させてもらったからには、百歩譲ってお前がホブゴブリンであることを認めてやらんでもない」

「ホントッ?」

 ルンが目を輝かせる。

「……だが」

「残念ながら――俺は、契約などしない」

 ガタ、と。

 ルンが身を乗り出した。

「そんな……たった今ウソじゃないって、身をもって証明したばかりだよね、ご主人様ッ? あれだけルンを辱めておいて、まだ信じられないっていうのッ?」

「辱めとか言うなッ、別に信じてないわけじゃない。だが、事態がどう転んでも絶対にお前と契約を結ばない別の理由が、確かに俺にはあるんだよッ」

「別の理由? なんでッ?」

「――だって俺、別に何も困ってないしッ!」

「……」

 胸を張り堂々と言い放つ省介。省介の言葉にルンは一度口をつぐむが、

「……そんなことないもんッ。男子高校生の一人暮らしでしょ? 炊事に洗濯に掃除、面倒臭いことがなにかしら多々あるはずだもんッ」

「――ないッ! 食事は全て外食だし、洗濯乾燥はコインランドリーを利用している。掃除は部屋に何もないから、三分とかからん」

「支払いとか、手続き系とかは?」

「実家と交渉して、全て親の家族カードで引き落としってことになってる。だから、俺が行うべきことは一切ない」

「勉強はッ?」

「あいにく成績は中の上で、特別天才でもないが悪くはない。俺自身は今のままでも希望の進路に問題ないから、これ以上努力する気もない」

「ダイエット……」

「太ってないわッ」

「……じゃあ恋愛はッ? ご主人様は、彼女とかいるのッ?」

「彼女は確かに、いない」

「じゃあ……ッ」

「だからといって、見知らぬお前に協力してもらうほど、飢えてもいない」

「くぅぅぅうう」

 ルンが悔しそうに顔を歪ませて睨みつけてくる。

「言っただろう何もないって。無駄なものは一切持たない『ミニマリスト』の完成された生活の前には、妖精の助けなど不要なのさッ! ふっはっははッ!!」

 勝ち誇った気分で省介は高笑いする。

 が。

「……み、ミニトマト?」

「ミニマリストだッ!! 崇高なライフスタイルを種類も豊富なフルーツ感覚で食べられる、お手軽野菜と言い間違えるんじゃねぇよ」

「……ええー。……それで、そのミニマリストって何なの……?」

 ふっふっふ、と省介に笑みが漏れる。

「……聞きたいか、そうか聞きたいのかルン。いいだろう、教えてあげようじゃないか、ミニマリストってのはな、……生き方であり、思想であり、文化なんだよ。この起源については諸説あって、最古のものになるとな……」

「……どうしよう、なんか機嫌よく語り始めたよー。……言うほど興味とか無いから、なるべく短めでー」

「いいだろう、いいだろう、俺もミニマリストゆえに無駄は好まない。……ミニマルという言葉は、『最小限』という意味でな。ミニマリズムになると、無駄なものはなるべく持たず、最小限の物で生活することに意義や幸福を見出す考えのことを指す。そして、それを人生で実行している者達が『最小限主義者』、つまり、ミニマリストってことだ、ルン」

 ふーん、とルンが乾いた返事を漏らす。

「……で、具体的に何してる人達なの?」

 にやりと省介が微笑んだ。

「……ルン、お前は気付かなかったのか? 俺の部屋が、従来の一人暮らし男子高校生と一味違うってことを」

「えー、そうだなぁー……」

 乗り気じゃないオーラを全開に出しつつ、ルンは省介の部屋を見回し、

「んーと、確かに言われてみれば家具とか少ない、っていうか、何もないよね? ……ぁ、もしかしてご主人様、苦労人? 貧乏で家具も買えないからこう……」

 プチ、と省介のどこかで血管が切れる。

「違うわッ!! 貧乏じゃなく、あ、え、て、何も置いていないんだッ。その証拠にほら、どんなに貧乏でもこれだけは家にあるはずの、テレビ、冷蔵庫、洗濯機の三種の神器はどこにも見当たらないだろうッ!?」

「……あら、ホント」

「……そして見ろ、この最新鋭のスマホとノートPCをッ。……俺は日常生活で使う物、使わない物を取捨選択し、持ち物を意識的に少なくする代わりに、必要な物は高スペックなものばかりを選んでいる。無駄を減らして、質を上げる。俺の家には、最高級エアコンと超良質の寝袋、選りすぐった最小限の衣類と衛生品、学校用品、……、財布と学生証があるだけだ」

 ほけー、と気のない視線を送るルンに、省介がたたみかける。

「お前まさかわからないか? この何もない空間から滲み出る美しさが。ミニマリストってのは無駄がない分、他の奴らよりも崇高なものを日々感じとることができるんだよ。すごくないか? すごいよな! ……この俺のミニマル生活は、中二の夏、ある徳高いミニマリストのブログに出会ったことによって始まったんだ。その人は、この界隈ではもう、神までと呼ばれててな。あの人に憧れてミニマリストになってから、俺の生活は既に完成していたんだ。……だから」

 ウンザリして聞き流していた様子のルンへ向け、

 ビシッ、と省介は指をさす。

「改めて言おう、お前の提案は不必要だッ。妖精か何だか知らんが……さっさとそのいつの間にか握りしめたパンツを放して、家に帰るがいい!」

 ぐぬぬ、と悔しそうな表情を見せるルン。その目は次第に涙目になってきた。

「……あるもん。まだあるもん、ご主人様が困ってること」

「はンッ。あるわけないだろうそんなも……」

 トン、と。急に体を寄せてきたルンに驚き、省介は言葉を途切れさせる。ルンはは省介を見上げ、やけに上気した頬が赤く染まり、

「……卒業式……」

 小さな細い指が省介の顎にぴた、と触れ、

「……卒業式、してあげる」

「えと、何の?」

「童貞の」

「ぶ――ッ」

 盛大に噴き出した。

 ……どどどうていのそそそつつそつぎょうしきッ?

 ルンの発言を、省介の脳がフル回転で処理を試みるが、

「ねぇ、ご主人様ッ。……卒業、したくないの?」

 上目遣いなルンの瞳が、省介を見つめる。

「しし、したいとかしたくないの問題ではッ、……てかッ、お前なんで俺が童貞だって知ってッ!?」

「……使用済みパンツには、全ての物事の真実が隠されているのです……」

「なんだそのカッコいい台詞ッ!?」

 脳がショートでもしたかのように、動揺で何も考えられなくなってしまう。

 しかしそこでタイミング良く、ピピッ、ピピッ、とスマホのアラームが鳴った。

「――ハッ、そうだ、もう学校に行く時間じゃないかッ」

 ルンの身体を押しのけ、省介は立ち上がる。

「もう、ご主人様ッ、まだ話は終わって……」

「ヤバもうこの時間走っていかないと間に合わないってことでじゃあなッ!」

 手近にあったアウトドアリュックを乱暴に掴み、スニーカーの踵を踏んで玄関の戸を弾き飛ばす。

 そのまま走り去ろうとするが、扉の隙間から「待ってご主人様ッ」と声がする。

「……ルンも行くッ!」 

「ダメに決まってんだろ! 不必要だ!」

「だって、ご主人様の身に何かあったら……」

「不吉なこと言うなッ! 何もねーよ!」

「うーん、そうだったらいいんだけど……」

「――ないッ!! 百パーセント、いや、百二十パーセントないッ。だから、絶ッ対に学校には来るなよわかったなッ!! そして、さっさと出て行きなさいッ!」

 ルンが何か言いかけるも、省介は扉を大きな音を立てて閉めた。

 カンカンカンと階段を駆け足で降り、足早に学校を目指す。

 ……一体何なんだ、アイツは。

(全裸で不法侵入でパンツ嗅いで、おまけに妖精ときた。挙句の果てには童貞の卒業式だと? ロリのくせに童貞の純情な心を弄びやがって、心底許せん奴だ。……あのまま俺が理性を失ってたら、今頃どうなってたと思ってやがる……)

 脳裏にあらぬことがよぎり、省介は慌てて打ち消した。

(……まぁ、どっちにしたって俺には、アイツの手助けなんて不必要だ。追い出す間もなく出てきてしまったが、帰ってもまだ居るようなら早急にお帰りいただくことにしよう)

 ……よし、それがいい。

『……学校で、ご主人様に何かあったら……』

 ふと、省介の頭にルンの言葉がよぎる。

 真っ向から否定してしまったが、確かに面倒ごとが舞い込んでくる可能性はゼロではない。こうして生活している以上、何かしらのアクシデントにはどこかのタイミングで見舞われるものだろう。

 まぁでも、と省介は思う。

 ――それが今日だという可能性なんて、そうそうあるものじゃないだろう。

 省介は自分に言い聞かせ、歩く速度を速めた。


次回は学校でのお話です!ちなみに学校名は特に深い意味はないです。(笑)

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