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波乱のホブゴブ●●大作戦!⑤



プラットホームのざわめきが、消える。

 その場にいた誰もが思考能力を失い、意味も分からずにただ笑みを浮かべることしかできないでいる。

「え?」

 誰かの声が聞こえ、誰かが誰かへ「ねえ」と語りかける声がした。

 次の瞬間、ざわめきが爆発的な勢いで復活し、人々はパニック状態に陥る。

「人落ちた」

「あれ、ヤバくない?」

 落下した小学生と、見下ろす仲間たちの顔が青ざめ、開いた口が震えている。

 混ざり合って言語に成りきらない人の音声が、落下した小学生に向けられる。その眼にはみるみるうちに涙が溢れてきた。

 しかし、落下した小学生にさらなる追い打ちがかかる。

 ガタガタ、とホームが振動し、回送列車の近づく轟音が聞こえたのだ。

 人々の心が恐怖で支配される。皆、否応なしに少年の行く末を想像し、足が震えて凍り付く。

 誰一人としてその場を動けるものはいなかった。猛々しく暴力的な音の振動が近づくのを感じていることしか出来ないまま、時間だけが流れていく。

 そんな、

 そんな止まった空間を、切り裂いたものが一つ。

 その姿を省介は知っていた。

  

 ――花桐先輩ッ?

 

 黒髪が波打つように舞い、スカートの布地が翻るのを気にも留めず、一直線に跳躍して小学生の元へ向かう。

(……ダメだッ。こういうのは二次災害が起こりかねないから、安易に降りてはッ)

 じゃり、という音を立てて花桐が線路上に着地し、小学生の手を引いて起き上がらせる。

 同時にゴォッ、という鈍い音。

 ホームの端に、列車が現れる。

 人々が息を飲む音。

 花桐が顔を上げる。

 その瞳に、恐怖の色が見てとれた。

 その刹那、省介の頭から足の指先までを、強力な電流のような何かが貫く。

 ……行かなきゃ。

 身体が動く。

 

(――あそこへッ、行、か、なきゃッッッ?)

 

 鞄を投げ捨て、

 世界が音を失った。

 股関節の限界まで強く地面を蹴る。

 跳んで、

 着地する。

 両脚に負荷がかかり、歯を食いしばる。

 花桐と目が合う。

 弾けた。

 かけがえのない記憶が。

 彼女と出会ってからの全てが。

 爆発的に通り過ぎるように。

 刻みつけるように。

 そして望んだ。

 その瞳が、

 明日の世界を映すように。

 光を保っていられるように。

 花桐の両肩を掴み、

 ホーム下の退避スペースへ振り子のように放り投げる。

 彼女が、視界から消える。

 代わりに見えたのは、猛進してくる列車の顔。

 

 ――間に合わない。

 

 省介は賭けに出る。

 小学生からランドセルを剥き、

 慣性のまま手放す。

 線路へ平行に小学生を突き倒し、

 自らも身体を投げる。

 背中を枕木に預け、片手で小学生を押さえつける。

 列車底との間隔はざっと見て二十センチ未満。

 ふ、と笑みがこぼれた。

 ……死んだな。

 確実に巻き込まれる。

 でも、小学生の方はやり過ごせるかもしれない。

 目前に迫った列車のライト。

 車両の影が、省介の足を黒く染める。

 火花を散らす車輪が場違いにも綺麗に思えた。


 最後の時。

 彼女の顔が浮かぶ。

(……花桐先輩)


「「「フぅロおおおおおお――――――――――――テえええええッッッ?」」」

 

 どこかで誰かの大声が聞こえ、目の前がパッと暗くなった。

 同時に、物凄い風圧が省介の髪を揺らす。

 ……風?

 顔のすぐ上を高速の何かが通過している。

 目を凝らすと、どうやら列車の底のようだ。

 ……え?

(巻き込まれてない? ……なんで、無事なんだ?)

 瞬きをして、もう一度見つめる。

 確かに、自分のすぐ真上を列車が通過していた。

 ……間隔が、足りないはずなのに。

「――ッ!」

 見回して、省介は気付いた。

(……ウソだ、こんなことって)

 信じられない思いに打たれ、二度、三度、四度と見返すが、その事象は覆らない。

 

 通過する列車が、浮いていた。

 

 車輪とレールの間に、二十センチほどの何もない空間が出来ていた。

 本来ならば重力で接触しているはずであったが、今、その二つは完全に何かに隔てられ、離れている。

 鋼鉄の塊が、省介の上を通り過ぎていく。

 唖然とその様子を眺めていることしか出来なかった。

 暗闇が過ぎ去り、蛍光灯の眩しい光が目に入る。

 目を覆う。

 そのまましばらく目が適応するのを待ち、

 身体を起こす。

 途端に、音が戻ってくる。

 ワァアアアアアア。

 それは歓声だった。

 ホームにいる人々が手を叩き、プラットホームが拍手に包まれた。

 皆、表情に安堵の色が見える。

「……助かった、のか?」

 隣で倒れていた小学生が起き上がり、声を上げて泣く。

 その頭をがしがしと撫でてやり、省介は小学生を抱きかかえてホームへ向く。

 そこには、花桐がいた。

 ホームの角に手をついて、こちらを見つめていた。

 ……生きてた。

(……花桐先輩が、ちゃんと生きてた)

 喜びのあまり涙しそうになるのを、ぐっと堪え、省介は笑みを浮かべた。

 そして、花桐が微笑む。

 久しぶりに見た、花桐の笑顔だった。



その後、省介達は駆けつけた駅員に引き上げられ、別室で怪我の手当てを兼ねて事情聴取を受けることになった。

 省介と小学生に大きな怪我はなく、花桐もかすり傷程度で済んでいたので、実質時間のほとんどが事実確認に費やされた。

 事故の発端は、小学生達の悪ノリだった。互いにふざけて押し合った結果、バランスを崩して落下してしまったらしい。同行した小学生の集団が、涙を流しながら駅長に謝罪し、駆けつけた小学生の保護者が、深々と頭を下げて省介と花桐に礼を述べた。大きな怪我をした者はいなかったため、騒ぎはそのまま収まるかに見えた。

 ところが、事態は思いがけない展開になる。

 事故を聞きつけた地元の新聞記者が、省介と花桐に事故について新聞に掲載する許可を求めてきたのだ。

 必要なら、と返答した省介と、控えめに承諾した花桐は一連の取材を受けた後、翌日付の地方紙に記事が掲載される旨を説明された。取材の間、省介と花桐の間に会話はなかったが、何度か互いに目が合った。

 全てから解放され、信じられない気分で事務室を出てきた省介の姿を、三人のホブゴブリンが出迎える。

「やったね、ご主人様ッ」





「……なぁ」

 帰り道、省介はホブゴブリン達を呼び止める。

「……魔法、使っただろ?」

 なッ、とブラウニーが声を上げ、「なんでわか、……む、むぐッ」とルンに口を塞がれる。

「んふふ、なんのことかな?」

「……同じく。よくわからない」

「とぼけるなよ。さすがに俺でも、あんなことが出来るのはお前らしかいないことくらい承知してる」

 ルンとボーハンが顔を見合わせ、ブラウニーが解放される。

 話を聞くと、彼女達の連携は見事なものだった。

 省介が走り出した時、まずボーハンがスマホでムービー撮影を開始し、同時にブラウニーが隠伏の魔法を発動させ、三人の姿を周りから見えなくさせる。

 その隙にルンが魔法を詠唱しておき、列車が省介に到達しようとする瞬間に二人が加わって浮遊魔法を実行する。

 周りに不審に思われない絶妙な高さを保ち、いかにも省介の機転が二人を救ったように見せかけて、その様子を撮影したムービーを地元新聞社へ送信したのだそうだ。

(……あの短い時間に、そんなことまでやっていたのか)

「……迷惑だった、艦長?」

 ボーハンの問いかけに、省介はそっぽを向く。

「……まぁ……お前らに貸しなんて、……しかも、命まで助けられたなんて、なんというか、いい気分ではないな……」

「……比田、その言い草は、ちょっとひど過ぎはしないかッ?」

「……艦長、大人げない」

「……だから言いたくなかったのにー」

 ブーブーと、抗議するホブゴブリン達。

 その声を背中に受けながら、省介はすたすたと歩いていく。

 数メートルの距離が空いたところで、振り返り、

「……だが、お前らの助けがなかったら、正直ヤバかったし。なんというか、まぁ、これからも俺の幸福のために、キリキリ働いてくれよ……。……お前らは……その、……俺のしもべ妖精なんだしな……」

 照れずには、言い切ることが出来なかった。

 省介の言葉を聞き、互いに顔を合わせた三ホブゴブリンの顔は、みるみるうちに緩んでいく。

「ご、ご主人様? 今、今ッ?」

 とルンが驚いた顔をし、

「……艦長の、デレ……入りました」

 ボーハンはニヤリ、と嬉しそうな無表情を見せる。

「…………俺のって、言われた。……先生に、……俺のって」

 ブラウニーは両手の人差し指を合わせながら、もじもじと呟く。

 じゃあ、とルンが争いの口火を切った。

「帰ったら、ルンが一番になでなでしてもらうからねッ」

 ルンの放った言葉に、二人のホブゴブリンが食いつく。

「ちょっと待ったッ。そんなの僕は納得できないぞ」

「……自分も、異議あり」

 ええー、とルンがほっぺたを膨らませる。

「だって今回のMVPはどう見てもルンだもんッ。電車を浮かせるのに、すっごく細かくて高度な魔力の調整をしたのはルンなんだよッ?」

「……それを言うなら、MVPは自分。あの時ムービー撮影をしてなかったら、ここまで早く新聞に取り上げられることもなかった。……よって一番は自分」

「二人とも忘れたのかいッ? この作戦を、一体誰が考え出したかってことをッ。僕のアイデアが無ければ、今日あの時間あの場所に僕達は居なかった。つまり最初に撫でてもらうに相応しいのは、どう見ても僕じゃないかッ」

「ボーちゃんとブーちゃんはいいじゃないッ、もうなでなでしてもらったんだからッ。ルンなんて、ルンなんてぇーッ?」

「……おい、静かにしろッ? いい加減、時と場所をわきまえた行動ってのを学べと、何度言ったらわかるんだッ」

 ぎゃーぎゃー争う三人を一喝し、歩き出す。

 誰の目にも留まっていないが、省介の口元には笑みが浮かんだ。

 まばらな街灯の光の中、省介の足取りが軽くなる。


 その時。

 


「……ほぉ、ならば貴様には、そのタイム場所プレイスをわきまえた行動アクトとやらを見せてもらうことにしよう」




 伸びのある低い声が部屋に響き、ハッ、と省介達は振り返る。

 そこにいたのは、身長百八十センチはくだらないであろう、痩せ形の若い男だった。

 長く伸ばした紫色の前髪が片目を隠し、耳に下がる金属製のピアスが毒々しい、いわゆるビジュアル系という容姿だ。少女が図書館で着ていたようなローブ姿で、省介達を見下ろしている。

「なッ、いつの間にッ」

 焦ったブラウニーの声が消えるよりも早く、

「――退魔手、レストリクシオンッ」

 ビジュアル系の男が手袋を開き、手の平に描かれた魔法円が光る。

 たちまち現れた鎖に三ホブゴブリン達が捕らえられ、悲鳴が聞こえる。

「……魔力を消費しているとはいえ、所詮この程度か。あの落ちこぼれ見習い。我が魔手を煩わせた借りは高くつくぞ……」

 手袋を投げ捨て、手首を回しながらビジュアル系が言う。

「お前らッ。大丈夫かッ?」

「……ごめんご主人様、油断した」

「……不覚ッ」

 悔しそうなルン達の表情に、省介も歯噛みをする。

 しかし、次の瞬間にはビジュアル系が目の前にいて、膝裏に衝撃が走った。省介は下肢のバランスを崩して膝をつく。省介の目と鼻の先で、床がごついブーツに踏みつけられる。

「……これから貴様達を、いい所へ連れて行ってやる」

 ビジュアル系の声が響き、省介が顔を上げる。

 ギラギラと光るまるで獲物を捕らえた猛獣のような目に睨まれ、冷や汗が浮かび息を飲んだ。

「……覚悟は、いいか?」

 ビジュアル系の口元に笑みが浮かび、

「……これが、地獄への入り(エントランス)だ」




祝、初ブクマ&500PV!! とっても嬉しいです!ホントに読んでくださってありがとうございます!!

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