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波乱のホブゴブ●●大作戦!④



「……ご主人様、この人って……」

「………………」

 ヒソヒソ声で聞くルンへ、省介が苦虫を踏み潰したような顔をする。

 その様子を見た詩咲が、

「ねぇ、ちょっと何なの、あなた。お兄様とどういう関係?」

 訝し気にルンの方を見やり、言った。

「それはもちろん、主従……」

 むぐ、とルンの口が塞がれる。

「ちょっと用があって同行しているだけだ。……別に大した意味はない」

「……別に、って。その、用ってのは一体何なんです? ひ、必要以上にベタベタしているように見えるのですがッ」

 詩咲の不機嫌そうな様子にルンは慌てて省介と距離を置く。

それを制した省介が口を開いた。

「……別に俺が、誰と何の目的を持って一緒にいようと関係ないだろ? それより、もういいか? 特に用もないなら、お前と話している必要もない……」

 言い終わらない内に歩き出そうとする省介を、

「お兄様ッ」

 詩咲が呼び止める。

「……まだ、お帰りにはならないんですかッ?」

 省介は足を止めたが、振り返らない。

「お父様も、お母様も、財団の方々やその他の皆が、お兄様のことを心配しています。心配しているからこそ、今は沈黙を貫いているのですよ? ……お兄様がいつ戻ってもいいように、せっかくお父様がはからって下さったんですから、変な意地を張っていないで早くお家に……」

「……なぁ、詩咲」

 省介の言葉には、明らかに怒りがこもっていた。

「……今さらあそこへ未練なんかない。俺は捨て、そして救われたんだ……わかったら、さっさと消えてくれないか? ……不必要だから」

 省介の言葉に、詩咲は静かな声で「……わかりました」と答えた。

「……残念です、お兄様」

 去り際に、詩咲は一言、

「……裏切者」

 あっという間に走り去り、残されたルンが、ぽかんとする。

「……えーと、……ご主人様?」

 省介は何も答えず、

「あ、ちょっと待ってよご主人様ッ」

 ルンに構わず、省介は歩いていってしまう。。

「今のって、ご主人様の妹ちゃんだよねッ? どうしてあんな言い方、いくらなんでもちょっと可哀想じゃない?」

「……」

 ルンの言葉に返答は無く、代わりに歩幅が少し広がる。

もうッ、とルンが立ち止まり、

「……ルンはご主人様のしもべ妖精なんだよッ? 少しは信頼してよッ」

 ピタリ、と省介の足が止まった。

 しばらく何も言わずにそのまま立ち尽くし、

「……比田柏原ひだかしわばらグループって、知ってるか?」

 ルンが首を振ると、

「グループ社数八十以上、総売り上げは二千五百億円を超える巨大企業グループ。医療や教育、建設など幅広い分野のビジネスを扱い、そのグループ全体を総括する株式会社は、創業明治十年の二つの老舗が合併した企業で、現代表取締役の名は、比田創介。……俺の父親だ」

 ええ――――ッ、とルンが声を上げる。

「じゃあ、ご主人様って……ッ?」

「……いわゆる、ボンボンってやつだ」

「……もっと高いパンツ買っておけばよかったッ」

「……」

 ガクッ、と落ち込んだルンへ、省介が視線で無言の抗議をする。

「そ、それで? 続きが気になるなぁ、ご主人様ッ」

 はぁ、とため息をつき、

「俺はそんな家の長男だからな、……グループの取締役跡取りとしてずっと周りから扱われてきた。幼い頃は何も疑問なんて抱かず、ただただ純粋に俺の周りには、俺を好いてくれている人ばかりしかいないんだって、そう思ってた。……けど……」

 遠い目をして、省介が空を見上げる。

「比田グループってのは、教育も扱ってるって言っただろ? 一応グループ傘下の小中高一貫校も持っててな。そこでは、誰も俺や妹の悪口を言うヤツなんていなかった。……でもある時気付いたんだ。反対に心から俺達の友達になろうとするヤツだって、一人もいないってことに。だってそうだろ? 俺と仲良くなるだけでその子の父親が出世し、仲悪くなるだけで左遷されるんだから。着かず離れずの距離を保つか、近寄ってくるのは出世ねらいのヤツしかいなかった。あそこには子どもも大人も、俺達を利用しようとするヤツしか、いなかったんだ……」

「……それで、家を出たの?」

ルンの問いに、ああ、と省介が答える。

「中等部二年の夏、あの時の衝撃は忘れられない。適当にネットをいじっていたら、あるブログに行き着いたんだ。そのブログにはこう書いてあった。『人は持たざることにこそ、幸せを見出すのだ』と。……それが俺と、ミニマリズムとの出会いだった。その日、俺は居ても立ってもいられなくて、自分の持ち物の九割を捨てた。そして、志望校を変更したんだ。傘下の一貫校ではなく、公立の学校へと……」

「だから、今のご主人様があるんだね?」

ああ、と省介は頷く。

「周りの不必要なものを考えた時、俺にとって一番に要らないのは、この比田省介って身分だってことに気付いた。……だから、俺はそれを捨てた。俺のことを誰も知らないような所で一人暮らしをして高校を卒業し、そのまま就職して細々と暮らす。それこそが、俺がずっと得られなかったものを俺にもたらしてくれると思ったからだ。身元が身元だけあって人間関係は特に慎重に、最小限の人間とだけ関わるようにしてきた。そして俺は、ついに自由になったんだ。肩の荷が下りた気分だったよ。ミニマリズムの言う通り、俺は捨てることによって初めて幸せということを知ったんだ……けど」

 省介は俯き、拳を握る。

「……俺はまだ未成年だし、今の暮らしも条件つきみたいなものだ。実家の連中はきっと飽きたら戻ってくるだろう、くらいの認識しかないからこそ、この一人暮らしを黙認しているんだと思う。……さっきみたいに何かにつけて接触してくるのは、その証拠だろう。……俺はどうしたって、あそこに戻る気なんてないのにな……」

「……御主人様……」

 まぁ、と省介は脱力したように言う。

「不必要に話してしまったが、そんな感じだ。……別に詩咲に私怨があってあんな……」

「……そう、だったんだ」

 省介が言い終わらない内に、ぽとり、と何かが床のタイルに落ちる。

「え、お、おいッ」

 涙だった。

 ルンの大きな瞳から涙が伝い、ぽたぽたと滴が地面を濡らす。

「……ご主人様ッ、……さみしかったんだ? 一人でずっと苦しかったんだ?」

「べ、別にそんなことはない…ただ俺は」

「ご主人様」

 ルンは、ちょいちょい、と体勢を低くするように促してくる。

 わけもわからずにその場に省介がしゃがみこむと、ルンの手が頭に触れ、

「なッ、ちょ」

「……大丈夫ー、大丈夫だよー。ご主人様には、ルン達がついてるよー」

 よしよし、とルンに頭を撫でられた。

「お、おいッ」

 突然の出来事に省介は何が起こったのか分からなくなるが、

「ねぇ、ちょっとあれ見てー」

「やだー、大の男があんな小さな女の子に甘えてるのかしら」

「こらッ、見ちゃダメ」

周囲からの容赦のない視線とコメントに、、

「……あの、ルンフェルさん、マジホントもう大丈夫なんで、今すぐ離してくださいませんか?」

すぐさま省介の羞恥心は、限界へと達するが、

「ちょ、ななな何抜け駆けしてるんだルンフェル!」

「……一体どういう展開? ……自分に断りなくルートを進めてほしくない」

 聞きなれた騒々しい二人組の声に、省介は安堵の息を漏らした。

「そんなんじゃねーよ。……ほら、ルンも」

「あ……、ごめんご主人様、つい……」

 ぱっとはじかれたようにルンが省介を離れる。

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。……そんな心配しなくていい」

「そっか。……よかった。……もし落ち込んだら言ってね! ルンがよしよししてあげるからッ」

 ルンが気遣うような視線を省介へ向ける。真剣に自身の過去を案じてくれていることが感じられ、省介はいやおうなしに照れ隠しをせざるを得なかった。

「……なにこれ」

「……怪しい」

 そんな二人の様をブラウニーとボーハンがジト目で見つめる。

「……何でもない。ほら、済んだなら、もう行くぞ。……そろそろ家に帰らないとな」

ええー、と声が上がる。

「まさか、また電車に乗るのかッ?」

「仕方ないだろ? 大分空いてきたみたいだし、今のうちに早く帰って明日の備えをしっかりしよう」

「そうそう、また吐きそうになったら降りればいいんだから」

「……うー、わかった」

「……艦長の命令なら、従う」

 やれやれ、と思いながら、ふと視界の隅で花桐を探す。

 時間もたったので、どうやら去ってしまったようだ。

 省介は先頭に立って改札を通り、ホームへの階段を上がる。後ろから、よろよろと互いを介護し合う老人のようなホブゴブリン達が、あーだこーだ言いながらついてくる。

 自宅方面行きのホームは混んでこそいないが、多くの人が電車を待っていた。

 会社帰りのサラリーマンや塾帰りの小学生集団の姿に、お疲れ様です、と頭の下がる思いがする。

 回送列車が参ります、というアナウンスが聞こえ、遠くで汽笛の音がした。

「この次の電車に乗るからな……って、お前ら、なんで修羅みたいな顔してるんだ?」

「それはもちろん、来たるべき時に自分に負けないよう、今から心の準備をですね」

「……気の毒だな、いろいろと」

 その時だった。


「わぁッ」


 省介は目の前で目撃する。

 ふいに、

 不自然に。

甲高いボーイズソプラノボイスが響き、さっきの小学生の一人が宙を浮いた。

そのまま重力の法則に従い、真下へ向かって落下する。

 

ドスッ。


その小学生は、ランドセルから着地した。

着地した場所は、線路の上。

何が起こったのか分からない、という表情で小学生は省介達を見上げていた。






柄にもなく、ちょっとシリアス回続きます

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