波乱のホブゴブ●●大作戦!③
「……はぁ」
口をついたため息は、周囲の雑踏にかき消される。
「……すまない比田。待たせたな」
げっそりとした表情で、ブラウニーがトイレから戻って来た。
駅の広告板に寄りかかった省介の隣には、同じ表情をしたホブゴブリンがもう二人。
「……じゃあ、もう一ラウンド行ってくるか」
「……うッ⁉」
省介の言葉にビクッ、と身体を反応させたのは、ボーハンだった。
「どした、ボー」
「……思い出すと、また気持ち悪く……ッ、ンオオオオエ」
口元を肘で押さえつけながら、ボーハンがトイレに飛び込む。
その様子を見て、ブラウニーが、「うう、もらい、そう……」と、後を追った。
はぁ、と省介は再びため息をつく。
あの後、トイレに駆け込んで盛大に胃の中身をぶちまけたらしいルン達は、しばしの休憩を経て満員電車に舞い戻ったのだが、
ルン『ごめん』
ルン『波がきた』
ブー『僕も』
ボー『限界』
ボー『突破』
省介『脱出b』
ルン『b』
ボー『b』
ブー『b』
そしてまたトイレを経由して電車に戻っては、
ブー『降車願うノ』
ルン『ノ』
ボー『ノ』
省介『了解』
気が付くと、
ボー『艦長』
省介『あいよ』
ブー『b』
ルン『b』
挙句には、
ブー『すまない』
省介『b』
ブー『b』
ブー『あれ?』
ブー『ルンとボーは?』
省介『おい』
省介『返信』
ルン『トイレ、』
ルン『なう』
ボー『同じく』
省介『乗ってないんかい』
「結局、何の成果もなしか」
憔悴しきった省介の声に、ルンは目線を下げる。
省介のスマホがバイブした。
ルン『そんなことない』
ルン『トイレの場所には詳しくなった』
「それ、大して意味なくないか?」
呆れてつい、声が出る。
省介の方を振り向かず、ルンはスマホを見つめたまま続ける。
ルン『ある』
ルン『明日への対策くらいにはなる』
「……お前」
顔を上げたルンの、凛とした眼差しと目が合う。
……もう、次を見てるのか。
ルン『もう一つ』
ルン『成果あり』
省介『なんだ?』
ルン『酔い止めの必要性』
ぷ、と省介は笑みを漏らす。
「違いない」
ルンと目が合い、互いにくく、と笑いを堪えて視線を逸らす。
「もう結構な時間になっちまったし、今日はこの辺で撤収するか」
「うん。そうしたらいいかも」
「あいつらが済んでるかどうか、見てきてくれるか?」
「はい、ご主人様」
とたた、とルンが女子トイレへ入っていく。
(……帰ったら、明日の作戦会議だな)
笑みを漏らし、何気なく辺りを見回した。
「……ッ」
「……あ」
目が合った。
見つけてしまった。
……雑然とした人混みの中、花桐の姿を。
制服と手に下げた紙袋が、学校帰りの寄り道を連想させる様子だった。向こうが先に気付いていたのか、立ち止まった彼女はこちらを見ている。
たまらず、目を逸らした。
(……どうしよう、何か声をかけるべきか)
……いや、ダメだダメだ。
(変に近づいて困らせてはいけない。花桐先輩の中で俺は露出狂の変態なんだから、そんな人物に付きまとわれるのはきっと嫌なはず)
盗み見ると、花桐の視線は依然としてこちらへ向けられている。
(……本当はこんなこと、したくないけど)
省介は軽く一礼して背を向け、スマホを取り出した。
……これ以上、彼女に嫌な思いをさせるものか。
アプリを起動しては戻り、起動しては戻りを繰り返す。こうやってやり過ごせば、彼女が立ち去る時間くらいは稼げるだろう。
「ご主人様ー、ブーちゃんもボーちゃんも、もう少しかかる……って、どうしたの?」
気が付くとルンが、傍らで省介を見上げている。
「え、いや、何でもない。……」
「ふーん、へんなの」
「……お兄ぃ、様?」
ふと、傍らで人が足を止める。黒髪をお団子にまとめ、黒のレースのドレスを着た少女が、省介の顔を見て驚いた表情をしていた。
「……詩咲?」
次の回では、主人公の過去が明らかに。。




