表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/31

波乱のホブゴブ●●大作戦!②


   

 金曜夕方の駅は、独特の浮かれた雰囲気に飲まれた人々でごった返している。

 改札前では、制服のままの省介が貧乏ゆすりをしながら、ルン達の到着を待っていた。

 ふう、と口からため息が漏れた時、

「お待たせーッ、ご主人様」

 と、ルンの声が聞こえ、省介は顔を上げる。

「……お前ら、時間だけは厳守しろと、あれほ……ど……」

 現れたルン達の服装に、思わず省介は言葉を忘れる。

 まず目に入ったのはルンの、フリルブラウスをウエストリボンつきのタックミニスカートにインした、コンサバの王道みたいな格好だった。脇に抱えるピンクの鞄の金具が、キラキラと輝いていて、大人っぽく見える。

 続いてやってきたボーハンは、純白ミニのゆったりとした裾すぼみのノースリーブワンピースを着ており、いつものクールな感じとは相いれない、いいとこのお嬢様のような雰囲気を醸し出していた。

 二人とも髪をアレンジして、いつもの子どもっぽい様子とは一線を画した印象だった。

「……ねぇ、ねぇ、ご主人様。どう、似合う?」

「……艦長、……感想は?」

「……まぁ、……悪くはないんじゃないの?」

「やったーッ」

「……妥当」

「ところでブーは?」

「なッ、比田‼ 僕はここだ、ここッ!」

「……いたのか」

 後ろを振り向くと、ブラウニーが納得のいかない表情を見せていた。

 ルン達と同様、ブラウニーの服装もいつもとは違うのだが。

「うーん、わかってても、やっぱ地味だな」

 無地のブラウスに、無地のサマーカーディガンを羽織り、膝丈のスカートを履いている。メタルフレームの眼鏡をかけ、金髪を三つ編みにしたそのスタイルは、いつものブリティッシュな姿よりも、むしろ印象に残らない。

「地味っていうなッ‼ ……自分でも、薄々感じていたんだッ。……僕だって、ホントは、二人みたいに可愛い服が着たかったのに」

 しゅん、とするブラウニーに省介は言う。

「……けど、だからこそ意味があるんだろ? お前までルンとボーの格好だったら、不適格だ。どっちも派手すぎるし、ボーのなんかはこれから避暑地の別荘にでもいくつもりか、って言いたくなるような服装だしな」

「そうかもしれない。……でも、なんだかとても損した気分だ」

 ブラウニーの言葉に、「ええー」とルンが抗議する。

「何言ってるのブーちゃんッ、この作戦に、地味な服装は不可欠でしょ? ちゃんと計算した上でのことなんだから、今さら文句はだめだよねッ?」

 ルンの主張を聞きながら、省介は今回の作戦を想起する。


題して、「痴漢ホイホイ、Wトラップ大作戦」。


 立案者のブラウニーが、胸を張って自ら命名した、自信作らしい。

 ネーミングセンスはさておき、要は帰宅ラッシュ時の満員電車で痴漢を捕まえて表彰を狙う、という至ってシンプルな作戦だ。

 ポイントはルン達ホブゴブリンが、自ら囮になる点。

「いつも僕に対して、執拗にセクハラをしてくるルンフェルとボーハンなら、痴漢の心理を予測できるはずだからね」

 ブラウニーの主張に、ルンとボーハンは「ああ、なるほどー」と納得した。

 当初ブラウニーは、痴漢の心理を理解できる二人にだけ、囮役を担当させようとしていたようだが、「自分達がプロデュースすれば、ブラウニーも可能」という二人の論理に上手く反論できず、結局三人がそれぞれ囮役を務めることになった。

「……グー●ルで調べた結果、……痴漢に遭いやすい服装は、露出度低めな地味な格好ということがわかった。……服装に自己主張が無いほど、痴漢をしても対抗してこないと思われるらしい」

「じゃあ、なんでお前ら二人の服装は、そんなに派手なんだ?」

「それはね、囮の囮だよ、ご主人様」

「……囮の囮? どういうことだ?」

 省介の質問に、ブラウニーが引き継いで答える。

「……一般人は派手さに注目するけど、痴漢は目立つことを嫌う。派手な人がいて、大半の人の興味がそっちへ向けられている状況の方が、痴漢にとっては都合がいいんだ。……なら、あえてその状況を作り出すことによって、本来の囮に食いつく可能性も上げられるとは思わないかい? ……と、この二人が言っていた」

「……本当の囮へ、確実に食いつかせるための囮ってわけか。……さすが本物の変態の発想は違うな」

「けど、何で僕が一番危険な役回りをしなくちゃいけないのか、まだ納得できないんだけど」

 心底不服そうな様子でブラウニーが、むむー、とルンとボーハンを睨み付ける。

「なんで、って、……そりゃあ、……ねぇ?」

「……にじみ出る、被害者のオーラが、……適役」

「そんなのは出てないッ! ……比田も、そう思うよね?」

「俺に振られてもな。……とにかく、もう時間は限られてるわけだし、とりあえずこのままやってみないか?」

「そんなッ」

「賛成賛成ッ、やっちゃおー」

「……作戦、決行ッ」

 意気揚々と盛り上がるルンとボーハンに、ブラウニーが深いため息を漏らした。

「……わかった、やるよ。やればいいんだろ? ……その代わり、もし僕が痴漢に襲われたらすぐ助けに来るんだぞ? 約束だからッ! わかったな、比田ッ」

「おう。わかったから、その捨てられる子犬のような眼はやめろ。……そんなんじゃ、すぐにでも襲われかねないぞ」

「……はッ、き、気を付けるよ。……でも、この場合は逆に襲われた方がいいのかな。……でも、やっぱり……」

「ほら、ブーちゃん、行くよッ」

 ルンに急かされたブラウニーが改札へ向かい、省介とボーハンがその後に続いた。




「ぐ、ぐげ」

 パンパンに人が詰まった満員電車内で、省介は潰されたカエルのような声を出す。

(……こんな感じだと、むしろ俺自身が痴漢に間違われないよう、気をつけるのが精一杯じゃないか)

 背伸びをして、電車内を見回す。

(……車両の前側、優先席付近にはルン、右座席付近にブラウニー、後ろ側扉付近にボーハン、そして、左座席付近に俺がいる)

 振り返ると、ブラウニーの姿が見えていたはずだが、サラリーマンが壁になって見えなくなっていた。

 スマホを取り出し、『おい、ブー大丈夫か』とグループメッセージを送信する。

 すぐに、アプリ内で三人分の既読表示が付いた。


ブー『大丈夫b』

ブー『今のところ特に触られたりとかない』

省介『そうか』

ボー『残念』

ルン『早く触られたらいいのに♪』

 ブー『(泣)』

 

 電車が何駅か経由して、大勢の人が乗り降りする。

 その間も省介達はスマホ上で連絡を取り合い、互いの状況を報告し続けていた。


 ルン『来ないね』

 省介『そうだな』

 ボー『囮の魅力不足?』

 ルン『なるほど☆』

 ブー『違う』

 ブー『そっちの派手さが足りない』

 ルン『そんなことない』

 ルン『周りの異性から熱い視線♡』

 ボー『同じく』

 省介『それ以外は?』

 ボー『視線感じるだけ』

 ボー『特に、胸』

 ルン『わかるー』

 ルン『ブーちゃんは?☆』

 ブー『……特に何もなし』

 ボー『あ、』

 ルン『あ』

 ボー『  』

 ルン『(お察し)』

省介『お前ら、』

省介『やめて差し上げろ』

ブー『ひどい』

ブー『比田』

省介『なんで俺』

ボー『同感』

 ルン『追い打ちかけるとは』

 ルン『ご主人様の、』

 ルン『鬼畜☆』

 ボー『鬼畜』

 ブー『鬼畜(泣)』

 省介『お前らが楽しそうで』

 省介『何より』


 何事もないまま、三十分の時が過ぎる。

 痴漢の食いつきがなかなか見られないことに、少しずつ焦りを感じ始めたころだった。


ブー『それより、』

ブー『大事なこと、忘れてた』

省介『なんだ?』


ブー『ホブゴブリンは、乗り物に弱い』


「……はぁッ⁉」


思わず、省介は大声を上げてしまった。

近くにいたOLに変なものを見る目で見られ、慌てて口を押さえる。

……ちょっと待て。

(……乗り物に弱いヤツらが、三十分も満員電車に揺られる間中ずっと、スマホにかじりついて下を向いていた、ってことは……)


 ブー『酔った』


(……だよなッ‼)


ブー『気持ち悪い』

ブー『吐きそう』

ボー『同じく』

ボー『出る』

ルン『無理』

ボー『出る』

ルン『もう耐えられない』

ルン『鞄にしてもいい?』

ボー『鼻から』

ブー『助け』

ルン『開かない』

ブー『今』

ブー『触られてる』

ブー『でも』

ブー『吐きそう』


「……カオスッ‼」

 状況全てを理解した省介は、堪えきれずに再び叫ぶ。周囲からは冷たい視線を存分に感じるが、もはやそれどころでない。すぐにでも行動に移さねば、ただでさえいい匂いのしない満員電車の中に、三人分の嘔吐臭をぶちまけることになる。


省介『降りるぞb』

ボー『b』

ルン『b』

ブー『たすけ』


運のいいことに、まもなく次駅に停車する旨の車内アナウンスが鳴った。

停車した瞬間、人混みを強引にかき分けてブラウニーを救出し、急いで扉を目指す。

抱きかかえたブラウニーが口を両手で押さえ、涙目になっている。

何とか扉にたどり着き、ホームに着地した瞬間、ルンとボーハンも共に降車したのが見えた。

「すいませぇぇぇんッ‼ トイレはぁぁ、トイレはどこですかァぁぁあッ⁉」

駅員の指示に従い、省介達は慌ててトイレに駆け込んだ。




次回、新キャラ登場します。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ