波乱のホブゴブ●●大作戦!②
金曜夕方の駅は、独特の浮かれた雰囲気に飲まれた人々でごった返している。
改札前では、制服のままの省介が貧乏ゆすりをしながら、ルン達の到着を待っていた。
ふう、と口からため息が漏れた時、
「お待たせーッ、ご主人様」
と、ルンの声が聞こえ、省介は顔を上げる。
「……お前ら、時間だけは厳守しろと、あれほ……ど……」
現れたルン達の服装に、思わず省介は言葉を忘れる。
まず目に入ったのはルンの、フリルブラウスをウエストリボンつきのタックミニスカートにインした、コンサバの王道みたいな格好だった。脇に抱えるピンクの鞄の金具が、キラキラと輝いていて、大人っぽく見える。
続いてやってきたボーハンは、純白ミニのゆったりとした裾すぼみのノースリーブワンピースを着ており、いつものクールな感じとは相いれない、いいとこのお嬢様のような雰囲気を醸し出していた。
二人とも髪をアレンジして、いつもの子どもっぽい様子とは一線を画した印象だった。
「……ねぇ、ねぇ、ご主人様。どう、似合う?」
「……艦長、……感想は?」
「……まぁ、……悪くはないんじゃないの?」
「やったーッ」
「……妥当」
「ところでブーは?」
「なッ、比田‼ 僕はここだ、ここッ!」
「……いたのか」
後ろを振り向くと、ブラウニーが納得のいかない表情を見せていた。
ルン達と同様、ブラウニーの服装もいつもとは違うのだが。
「うーん、わかってても、やっぱ地味だな」
無地のブラウスに、無地のサマーカーディガンを羽織り、膝丈のスカートを履いている。メタルフレームの眼鏡をかけ、金髪を三つ編みにしたそのスタイルは、いつものブリティッシュな姿よりも、むしろ印象に残らない。
「地味っていうなッ‼ ……自分でも、薄々感じていたんだッ。……僕だって、ホントは、二人みたいに可愛い服が着たかったのに」
しゅん、とするブラウニーに省介は言う。
「……けど、だからこそ意味があるんだろ? お前までルンとボーの格好だったら、不適格だ。どっちも派手すぎるし、ボーのなんかはこれから避暑地の別荘にでもいくつもりか、って言いたくなるような服装だしな」
「そうかもしれない。……でも、なんだかとても損した気分だ」
ブラウニーの言葉に、「ええー」とルンが抗議する。
「何言ってるのブーちゃんッ、この作戦に、地味な服装は不可欠でしょ? ちゃんと計算した上でのことなんだから、今さら文句はだめだよねッ?」
ルンの主張を聞きながら、省介は今回の作戦を想起する。
題して、「痴漢ホイホイ、Wトラップ大作戦」。
立案者のブラウニーが、胸を張って自ら命名した、自信作らしい。
ネーミングセンスはさておき、要は帰宅ラッシュ時の満員電車で痴漢を捕まえて表彰を狙う、という至ってシンプルな作戦だ。
ポイントはルン達ホブゴブリンが、自ら囮になる点。
「いつも僕に対して、執拗にセクハラをしてくるルンフェルとボーハンなら、痴漢の心理を予測できるはずだからね」
ブラウニーの主張に、ルンとボーハンは「ああ、なるほどー」と納得した。
当初ブラウニーは、痴漢の心理を理解できる二人にだけ、囮役を担当させようとしていたようだが、「自分達がプロデュースすれば、ブラウニーも可能」という二人の論理に上手く反論できず、結局三人がそれぞれ囮役を務めることになった。
「……グー●ルで調べた結果、……痴漢に遭いやすい服装は、露出度低めな地味な格好ということがわかった。……服装に自己主張が無いほど、痴漢をしても対抗してこないと思われるらしい」
「じゃあ、なんでお前ら二人の服装は、そんなに派手なんだ?」
「それはね、囮の囮だよ、ご主人様」
「……囮の囮? どういうことだ?」
省介の質問に、ブラウニーが引き継いで答える。
「……一般人は派手さに注目するけど、痴漢は目立つことを嫌う。派手な人がいて、大半の人の興味がそっちへ向けられている状況の方が、痴漢にとっては都合がいいんだ。……なら、あえてその状況を作り出すことによって、本来の囮に食いつく可能性も上げられるとは思わないかい? ……と、この二人が言っていた」
「……本当の囮へ、確実に食いつかせるための囮ってわけか。……さすが本物の変態の発想は違うな」
「けど、何で僕が一番危険な役回りをしなくちゃいけないのか、まだ納得できないんだけど」
心底不服そうな様子でブラウニーが、むむー、とルンとボーハンを睨み付ける。
「なんで、って、……そりゃあ、……ねぇ?」
「……にじみ出る、被害者のオーラが、……適役」
「そんなのは出てないッ! ……比田も、そう思うよね?」
「俺に振られてもな。……とにかく、もう時間は限られてるわけだし、とりあえずこのままやってみないか?」
「そんなッ」
「賛成賛成ッ、やっちゃおー」
「……作戦、決行ッ」
意気揚々と盛り上がるルンとボーハンに、ブラウニーが深いため息を漏らした。
「……わかった、やるよ。やればいいんだろ? ……その代わり、もし僕が痴漢に襲われたらすぐ助けに来るんだぞ? 約束だからッ! わかったな、比田ッ」
「おう。わかったから、その捨てられる子犬のような眼はやめろ。……そんなんじゃ、すぐにでも襲われかねないぞ」
「……はッ、き、気を付けるよ。……でも、この場合は逆に襲われた方がいいのかな。……でも、やっぱり……」
「ほら、ブーちゃん、行くよッ」
ルンに急かされたブラウニーが改札へ向かい、省介とボーハンがその後に続いた。
「ぐ、ぐげ」
パンパンに人が詰まった満員電車内で、省介は潰されたカエルのような声を出す。
(……こんな感じだと、むしろ俺自身が痴漢に間違われないよう、気をつけるのが精一杯じゃないか)
背伸びをして、電車内を見回す。
(……車両の前側、優先席付近にはルン、右座席付近にブラウニー、後ろ側扉付近にボーハン、そして、左座席付近に俺がいる)
振り返ると、ブラウニーの姿が見えていたはずだが、サラリーマンが壁になって見えなくなっていた。
スマホを取り出し、『おい、ブー大丈夫か』とグループメッセージを送信する。
すぐに、アプリ内で三人分の既読表示が付いた。
ブー『大丈夫b』
ブー『今のところ特に触られたりとかない』
省介『そうか』
ボー『残念』
ルン『早く触られたらいいのに♪』
ブー『(泣)』
電車が何駅か経由して、大勢の人が乗り降りする。
その間も省介達はスマホ上で連絡を取り合い、互いの状況を報告し続けていた。
ルン『来ないね』
省介『そうだな』
ボー『囮の魅力不足?』
ルン『なるほど☆』
ブー『違う』
ブー『そっちの派手さが足りない』
ルン『そんなことない』
ルン『周りの異性から熱い視線♡』
ボー『同じく』
省介『それ以外は?』
ボー『視線感じるだけ』
ボー『特に、胸』
ルン『わかるー』
ルン『ブーちゃんは?☆』
ブー『……特に何もなし』
ボー『あ、』
ルン『あ』
ボー『 』
ルン『(お察し)』
省介『お前ら、』
省介『やめて差し上げろ』
ブー『ひどい』
ブー『比田』
省介『なんで俺』
ボー『同感』
ルン『追い打ちかけるとは』
ルン『ご主人様の、』
ルン『鬼畜☆』
ボー『鬼畜』
ブー『鬼畜(泣)』
省介『お前らが楽しそうで』
省介『何より』
何事もないまま、三十分の時が過ぎる。
痴漢の食いつきがなかなか見られないことに、少しずつ焦りを感じ始めたころだった。
ブー『それより、』
ブー『大事なこと、忘れてた』
省介『なんだ?』
ブー『ホブゴブリンは、乗り物に弱い』
「……はぁッ⁉」
思わず、省介は大声を上げてしまった。
近くにいたOLに変なものを見る目で見られ、慌てて口を押さえる。
……ちょっと待て。
(……乗り物に弱いヤツらが、三十分も満員電車に揺られる間中ずっと、スマホにかじりついて下を向いていた、ってことは……)
ブー『酔った』
(……だよなッ‼)
ブー『気持ち悪い』
ブー『吐きそう』
ボー『同じく』
ボー『出る』
ルン『無理』
ボー『出る』
ルン『もう耐えられない』
ルン『鞄にしてもいい?』
ボー『鼻から』
ブー『助け』
ルン『開かない』
ブー『今』
ブー『触られてる』
ブー『でも』
ブー『吐きそう』
「……カオスッ‼」
状況全てを理解した省介は、堪えきれずに再び叫ぶ。周囲からは冷たい視線を存分に感じるが、もはやそれどころでない。すぐにでも行動に移さねば、ただでさえいい匂いのしない満員電車の中に、三人分の嘔吐臭をぶちまけることになる。
省介『降りるぞb』
ボー『b』
ルン『b』
ブー『たすけ』
運のいいことに、まもなく次駅に停車する旨の車内アナウンスが鳴った。
停車した瞬間、人混みを強引にかき分けてブラウニーを救出し、急いで扉を目指す。
抱きかかえたブラウニーが口を両手で押さえ、涙目になっている。
何とか扉にたどり着き、ホームに着地した瞬間、ルンとボーハンも共に降車したのが見えた。
「すいませぇぇぇんッ‼ トイレはぁぁ、トイレはどこですかァぁぁあッ⁉」
駅員の指示に従い、省介達は慌ててトイレに駆け込んだ。
次回、新キャラ登場します。。




