どストライク少女は傘がお好き⑥
「危険? コイツらが?」
……三ホブゴブリンの顔を見回し、省介は改めて疑問符を浮かべた。
少女の視線に、明らかな動揺の色が混じる。
「……あなたも今その目で見たばかりじゃないですか。この娘達は『コバロスの物の具』を持つ上位種。その気になれば現世界の人間を殺傷することも十分可能なんですよ? ましてや三体も集まるとなると、とても尋常な事態とは思えませんッ。」
「……それは、……そうかもしれんが、ただコイツらは……」
そんなことはしないと言いかけ、省介は口をつぐむ。たった今、他者へ具体的な危害を加えかけたばかりであることに気付いたからだ。
「……極めて危険ですよ、少なくとも見逃すことはできないくらいには。……そして、その契約者であるあなたにも軽くない責任があるはずですッ」
少女の両目がすっと細くなり、
「……答えてください。あなたはどうしてわざわざ魔世界の存在へ力を与え、危険な状態でのさばらせるような真似をしたんですかッ?」
「……」
省介の額に冷や汗が滲む。
(……その理由は今どう考えても場違いだし、何より花桐先輩への失態を他人に告白するという辱めは、出来れば乗り越えたくないハードルなのだが……)
少女の厳しい視線に、葛藤して無言を貫く省介の心がじわじわとダメージを受ける。中々口を開かない省介の様子を見て、
「そうですか。……責任は、たった今義務に変わりましたッ」
と、少女の傘が剣へ変貌する。
「……下がってご主人様ッ、トネールッ」
それを見たルンが雷を放つが、傘が開いた次の瞬間にはすでにはじき返されていた。
「……やるね、淫乱退魔師。じゃあそろそろルン達も本気、出しちゃおうかなッ」
愛用の箒を構え、ルンが詠唱を始める。
「エペ」
二刀流に持ち替えてルンを阻止しようとする少女を、ボーハンが距離を詰めて妨害する。
「……やらせない」
「……くッ、邪魔を……」
「僕も忘れるなよッ」
詠唱で鎖から脱出したブラウニーが「デロベッ」と強奪の魔法で少女から一振りの剣を奪う。
「……あッ⁉」
少女の焦った声に、ルンが不敵な笑みを漏らす。
「……行くよッ」
ボーハンが回避し、遮蔽物が無くなった。
「退魔傘、ディフォ……」
危険を察知した少女が、傘を開こうとするが、
「――エクスプロージオンッ‼」
激しい爆音が鳴り響き、家の玄関が黒い煙に包まれる。
ブラウニーの防御魔法のおかげで、省介達のいるキッチンは無事なままだ。
黒煙が晴れ、退魔師の少女が膝をついている姿が見えた。
「……くッ、やっぱり、三対一では、分が悪いみたいですね」
爆発に巻き込まれたらしく、着衣がダメージを受けてより露出度が増していた。
身体を両手で覆い、少女が恨めしそうに呟く。
「仕方ありません、こういう方法はあんまり好きじゃないですが……」
洋傘に手を伸ばし、ルン達がそれに対応して身構える。
「……悪く、思わないで下さい」
バッ、と傘布が開く。
「退魔傘、エクレールッ‼」
魔法陣から眩い閃光が発せられ、その場が光に包まれる。
「……ッ」
「何コレッ……」
「……目くらましだッ」
三ホブゴブリン達は目を覆いつつ、次に来る攻撃に備えて戦闘態勢を崩さない。
しかし、
「……なッ⁉」
省介の手首が不意に掴まれ、そしてそのまま少女がすぐさま傘を開いた。
「退魔傘、ディフォンス・デ・レ・バリエーッ」
省介と少女のいる半径二メートルほどの空間を、透明な膜のようなものが覆う。
「ご主人様ッ!」
視界を取り戻したらしいルン達の、焦った声が響く。
「「「エクスプロージオンッ‼」」」
ボンッ、と爆発音が聞こえ、
「……ッ」
「きゃぁ」
「うわッ」
ホブゴブリン達の悲鳴が響き渡る。
「無駄ですッ、たとえ物理でも魔法でも、この結界を傷付けることなんて出来ませんッ。……せいぜい手をこまねいて見てるといいんだからッ」
べー、と小さな舌を出し、少女が言い放つ。
少女のよく通る声が結界越しに伝わったのか、ルン達は悔しそうに押し黙った。
「……それでは」
少女は長傘の先端を省介へと向け、
「先ほどの質問を繰り返します。あなたが彼らに加担する理由はなんですか。これほどの事態を引き起こしているからには、はっきりと答えてもらいますッ」
語気を強めて省介に回答を迫る。さすがにもう無言でどうにかなる雰囲気ではない。
「……ええと、だな……」
省介は目を逸らし、頭をポリポリとかいて口を開く。
「怒らないで聞いてくれるか?」そう切り出し、今まで花桐との間にあったことをかいつまんで説明する。
少女はしばらく口を開けたまま、終始唖然とした表情でポカンと立ち尽くしていた。
「――ま、魔法で全校生徒の記憶を改変ッ⁉ 前代未聞ッ、なに考えてるんですかッ、……馬鹿なんですかッ⁉」
「お、怒らないって、約束したじゃないか」
「怒ってるんじゃありません、呆れてるんですッ」
キッと綺麗な眉を寄せて、少女が詰め寄る。
角度的に胸元がちらりと見え、思わず省介の目が奪われた。
「……わかってるんですかッ? 世の中には比田さんのように失恋をしたり、恥をかいたりしても、魔法なんかに頼らずに頑張って前を向いている人も沢山いるんですよッ? それなのにそんな安易な妖精の提案に乗るなんて、恥ずかしくないんですかッ?」
「……めちゃくちゃ恥ずかしいよッ、そうやって言われたらッ! ……確かにすごく情けないし何を言われても仕方ないとも思う。……けどなッ」
キッと、強い眼差しで省介は少女を見返し、
「……それでも俺には、花桐先輩が必要なんだ。彼女との関係を取り戻せるなら俺は、妖精だろうが悪魔だろうがどんな手段でも構わない。たとえ何を犠牲にしたって、俺は彼女との時間を取り戻すと決めたんだ」
「そんなの、ただ自分勝手なだけじゃないですかッ。周りの人に迷惑をかけることを何とも思わないのは、どうかと思いますッ」
「……そうかもしれないが、図書館で騒いでつまみ出された君には、言われたくないッ」
ビシッ、と省介が少女を指さす。
ぐぬぬ、と少女が押し黙り、どうやら反論の余地もないようだ。
その様子に「そうだそうだー」と今まで蚊帳の外だった外野達も一気に盛り上がり、
「……冷静に考えたら、そこから動けないんだしね」
「……はッ‼ そ、それはッ」
今気づいた、という真っ青な表情で少女が声を上げる。。
「そうだなッ、ここは兵糧攻めといこうか」
三ホブゴブリンが、正三角形の位置へ移動し、
「……まさに、飛んで火にいる夏の虫。……せいぜい楽しむといい、魔力が尽きるまで」
周囲を囲まれ、完全に退路を断たれた形になる少女。
劣勢に応酬するように少女が省介の首に腕を回し、口を開く。
「いいい、いいんですか? そんなこと言うと、あ、あなた達の大事な契約者が、酷い目に……ッ」
洋傘の切っ先を省介の頬へ押し付け、少女が言う。強く抱き寄せられる形になった省介は、ボリュームのある胸の感触と、頬に突き付けられた冷たい金属の感触に複雑な心境になった。
「……やるならやってみれば? ……その代わり結界が解けた時、どうなるかわかってるんだよね?」
ルンの清々しいほどの笑顔が、少女に向けられる。
少女はすでに涙目で、ぷるぷると肩を震わせていた。
「……なぁ、お前ら、いい加減にこの辺で勘弁してやれよ」
「……なッ」
「……艦長、ナゼに?」
見かねた省介の苦言に、ホブゴブリン達は不満の声を漏らす。
「……君も、そろそろ離してくれないか? なんというか、その……当たってるし」
「……な、なッ!」
焦って省介から身体を引きはがし、少女が顔を真っ赤にして省介を睨みつける。
「……き、今日のところは、ふふ不本意ですが、これでゆるしてあげます! この借りは今度いつか、必ずどこかで返すんだから覚悟しててくださいね!」
「……」
「……」
「……」
「……」
半日前も聞いたような台詞を吐いた少女は、
「……だ、だから……、ちょっと、……あたしを、に、逃がしてくださいッ」
「……」
冷ややかに向けられる省介達の視線に、いつまで耐えられるのだろうか。
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