どストライク少女は傘がお好き④
音のした方へ振り返ると、さっきのどストライク女子中学生が、抱えた本を全て落としている。驚いてものが言えない、というような顔で、ある一点を指差していた。
その先は、眠っているルンの……耳だった。
――まずいッ。
(眠ってるせいで、幻影魔法が解けてるッ!)
「ああ――――――――――――――――――――――――ッッッ⁉」
どストライク少女の驚愕の悲鳴が館内に響き渡り、視線が集まる。
その視線の中で、少女は言った。
「――ホブ、ゴブリンッ⁉」
「なッ」
まさか言い当てられるとは思っていなかった省介が、驚きの声を上げる。
「……」
ボーハンがすっと目を細め、
「……ふぁいッ、……ホブゴブリンでしゅが、何かぁッ?」
ルンが寝ぼけたコメントをして起き上がり、
ブラウニーは、未だこっちの世界には帰還してこない。
そんな省介達に少女は、
「ちょ、ちょっとそのまま、――待っててくださいッ‼」
「……」
落とした本をそのままに、どストライク少女が慌ただしくどこかへ消える。
……いや、待ってろって君ね……。
取り残された省介達へ、周りの利用客が不審そうな目を向けてくる。
(ほら、とんだとばっちりじゃないか)
「……おい、起きたか、ルン?」
「うんー。何の騒ぎー、ご主人様?」
目を擦り、ルンがはわあ、とあくびを漏らす。
「お前の正体が、見知らぬ女子中学生にバレたんだが」
「なーんだ、そんなことかぁ」
「反応薄……ッ」
余裕のルンがへらへらし、
そこへ、先程の少女が戻ってきた。
「お待たせいたしましたッ‼」
その装いは、どう贔屓目に見ても普通ではない。セーラー服の上に魔術師のような紺のローブを着て、閉じた折り畳み傘を構えている。
「覚悟してくださいホブゴブリンッ‼ あなた達はあたしの手で、魔世界へと送り返してあげますからッ!」
バンッ、という効果音が聞こえそうなほど、はっきりと大声で少女が言う。
その姿に省介は、息を飲んだ。
(……めちゃくちゃキマッててかっこよくも見える……が)
少女の声の残響に静かだった館内がさらに静まり返り、その場にいる全ての人の視線がもれなく少女に注がれる。
(……ちょっと場違い感、半端ないな)
少女は自らに向いた多くの視線を自覚したのか、ゆでだこのように顔を真っ赤に染め上げるも、毅然とした態度を崩さない。
そんな勇者メンタルをお持ちの少女さんに、鬼畜しもべ妖精ことルンフェルはさらりと言い放った。
「……え、何言ってるのこの人、怖い」
……サイテーだ、コイツ。
「ちょ、しらばっくれたってダメですッ。あなたから微量とは言い難い魔力を感じる上、目でもしっかり確認したんですからッ。今さら誤魔化そうとしても、そうは問屋がおろしま……」
「……お兄ちゃんッ! なんか知らない人が変な言いがかりつけてくるッ、ルン怖いようッ!」
省介の腰に抱き付き、盾にするようにしてルンが少女を避ける。
周りの利用客が、ひそひそと後ろ指を指し始めた。
少女はといえば、「ええ、いやあのこれは、そのッ」とあたふたし、すっかりルンの手の内だ。きっと恥ずかしさを飲み込み、なけなしの勇気を振り絞ってこの娘は宣戦布告したんだろうに、心から気の毒だと真実を知っている省介は思うが、哀しいかな、その場の空気は完全にこの少女が加害者でルンが被害者になっている。
「こ、小癪ッ。こんな手段で逆召喚を逃れられると思ったら、大間違いなんだから。……これ以上小賢しいことをするというのなら、こっちにだって考えがありますッ」
息巻いた少女が、ルンへ折り畳み傘の先を向ける。
途端に、ボーハンが間に入った。
「……アレに関しては、ちょっと冗談じゃすまされない」
自らを挟んだルンとボーハンが戦闘モードに入ったのを、省介は感じた。
少女が折り畳み傘の中棒を伸ばす。
ガコン、と金属音がし、ルンとボーハンの緊張が伝わる。。
「行きますよ、……対魔ッ、さ――」
ポン、と少女の肩に手が置かれた。
振り返るとそこにいたのは、図書館職員の中年女性。
「……お客様ッ、困ります、さっきからずっと、周りのお客様から迷惑だって、クレームが来てるんですよッ。大体なんですかその格好はッ。傘は外で差すもので、室内で使う物じゃありませんッ」
はしッ、と折り畳み傘を掴み、
「あっ、ちょっとッ、か、返してください、こっちは今大事なッ……」
「――ここは公立図書館ですッ‼ 周りの人のことを考えて静かに出来ないなら、つべこべ言わず、出て行きなさいッ‼」
「ひぃッ」
あまりの剣幕に少女は怯え、折り畳み傘を床に落とす。
その様子に思わず周囲の客が拍手をし、館内が謎の拍手に包まれた。
少女は「ええ、あの、あのぉー」と抗議しようとするも、その場の空気がそうさせない。諦めたのか、顔を真っ赤にして省介達を指差し、
「……お、覚えててください、ホブゴブリンッ、この借りはいつかかなら、……ッ」
言い切る前に耐えられなくなったらしく、走って出て行った。
ガーッ、と自動ドアが閉まる。
「……なんか知らないが、助かったな」
「……そうだね」
嵐のように去った少女のことを思いつつ、省介達は静かに読書へと戻った。
「退魔師?」
昼食を適当な店で済ませ、街を歩く。
事あるごとに店に入りたがるホブゴブリン達を捕まえながら、省介は疑問の声を上げた。
「いわゆる、ゴーストバスターみたいなものかなぁ。って言っても、バスターするのはルン達みたいな妖精だけど」
ランジェリーショップへと身体を傾けるルンが答え、
「確か、大昔の間違いによって生まれた存在だったよね? 現世界人と魔世界妖精のハーフの末裔だから、人間でも魔力を有する存在だって、どこかの本で読んだ気がするよ」
古書店から目が離せないブラウニーが引き継ぐ。
「……大昔の間違い、ね」
ボーハンは特定の店には反応を見せないが、ところどころで水泳のモーションが入り、プールへの期待感が滲み出ている。
「……妖精孕ませて子ども産もうなんて、とんだ変態先祖。……あ、……でも、ここにも妖精で童貞卒業図ろうとした、変態がいた」
「おい。……その下りはもうやめてくれ、疲れるから。……で、その禁断ハーフの末裔とやらが、どうしてお前らを狙うんだ?」
省介の問いかけに、三ホブゴブリンが互いに顔を見合わせる。
「……うーんと、簡単に言うとお金のため、かな……」
「――退魔師という連中は、昔から秩序安定のために妖精を魔世界へと送り返すことによって、少なからぬ利益を得てきたんだ。最近はかなり権力を増してきて、今では国家権力が黙認するほどの権限を持っていると聞いたことがある。表世界には出てくることはないみたいだけど」
図書館で遭遇した女子中学生を想起する。今聞いた話とはイメージがまるで違うが、思っていたよりもずっと危険な人物だったらしい。
「……予想するに、昼間の奴はまだ見習い。……本職の退魔師とあの距離で対峙してたら、今頃自分達の誰かは、確実に魔世界へ送り返されてる」
「だから僕達みたいな渡り鳥妖精は、旅の先々で人の家に忍び込み、そこで隠れていることが多いんだ。公の場所へ露出しすぎると、彼らに見つかる恐れがあるからね」
「なるほどな」
……そういえば、初めて出会った時ルンは脱衣場の中にいたんだっけ。
ルンの顔を見つめると、
「んー?」能天気にも、笑顔に疑問符の付いた表情を見せる。
……いや、パンツのためだな、間違いなく。
「何でもない。……要は、昼のアイツみたいな輩に計画を妨害されないように、気をつければいいってだけだろ?」
「そうだねぇ、……でも、それじゃあ、明日の外出は……」
なッ、とボーハンが膝から崩れ落ち、鈍い音が響く。
省介のふくらはぎにコツンと頭を傾け、ボーハンが身体を震わせる。
「ボーちゃん、プルプルしたってだめだよぉ」
「そうだよボーハン、プルプルしても何も問題は解決しない」
「……艦長、お願い」
ボーハンの瞳がゆらゆら揺らぐ。
その視線に根負けした省介は、ため息をついた。
「……作戦がもう一歩くらい前進した、その時な」
パァァ、とボーハンの無表情が明るくなる。
「……了承ッ。……先、帰る」
軽快な足取りで走っていくボーハンに、
「ちょっとッ。まだ僕は認めたわけじゃないぞッ。危険なのは変わりないんだからッ」
ブラウニーが追いかける。
そんな様子を見たルンが、苦言を呈した。
「……なんか、ご主人様って、ルン以外には甘いよね……」
「そうか? 気のせいだろ」
ストライクといえば、エールストライクガンダムが好きでしたね!!




