どストライク少女は傘がお好き②
「はぁ―――――――――――んッ、着いたぁ―――――――――――ッ!」
午前十一時。
すっかり元気になったブラウニーが、喜びの声を上げる。
多くの人が出入りする市立図書館の入り口には、省介と三ホブゴブリンの姿があった。
生き生きとするブラウニーとは対照的に、ルンとボーハンは何やら不満そうだ。
「……ブラウニー、……ない」
「ホントそうッ。どう考えても、ここは海でしょッ! こうやって話の展開が少し落ち着いたとこで、読者へのサービスを込めて水着回をやるっていうのが需要だって、何でわかんないのかなー、ブーちゃんはッ」
やれやれと首を横に振り、ルンがぷくー、とほっぺたを膨らませる。
「……やはり間を取ってプールにすべき。……今ならまだ間に合う」
すたすたとその場を去ろうとする二人に、
「二人とも、何言っているんだッ」
ブラウニーが眉間にしわを寄せて反論する。
「あの時、比田が提案してくれた相手は僕なんだよッ。外出先の決定権は僕にあるッ。今さら変えようったって、そうはいかないんだからな」
「ぐぬぬ」ルンとボーハンが口元を歪めて悔しそうな顔をする。
「ねぇ、ご主人様はいいのッ? 海とかプールなら、ご主人様の大好きなおっぱいも沢山あるじゃないッ。舐めるようにいやらしい視線を送るチャンスだよッ‼」
「……同意。……ムッツリ視姦するチャンス」
「そんなこと別に求めてねぇよッ!」
「……ホントに?」
「……嘘はよくない」
「くっ、……お前ら」
お揃いのジト目で見つめてくる二ホブゴブリンから目を逸らす。
「そもそも今回は、ブラウニーへのお詫びのためにここに来ることにしたんだから、俺から文句を言えるわけがないだろう」
「……逃げたね」
「……逃げた」
省介の背中へ送られる冷たい視線とは裏腹に、ブラウニーの瞳が輝く。
「そうだよね比田ッ? やったぁ、これで形勢逆転ッ。もう図書館で決まりだからなッ」
にこにこと口をUの字にして喜ぶブラウニー。
「……そんなこと言って。本当は胸に自信が無くて、水着を着たくないだけじゃないのー? まぁご主人様は、別にちっぱいでもいけるようですけど……」
「違うよッ!」
意地の悪い物言いに顔を赤くしてブラウニーが怒ったところで、省介が横やりを入れた。
「……早く、中に入らないか?」
館内は土曜日ということもあり、そこそこの人出だった。
ブラウニーは館内に足を踏み入れるなり、
「はああ、この大量の古い本の匂い、たまらないよぉー」
と、どこかへ消えてしまった。
読書机の一角をボーハンがキープしてくれている間に、ルンと省介は本棚の間を歩き回る。
ルンは当初つまらなそうな表情をしていたが、
「……ッ、衣服と性の民俗学ッ⁉ これはなかなか……」
と立ち止まったきり、追って来ない。
省介は気にせず、本を探索する。
(ブラウニーに賠償したい、というのも本音だが、どうせなら、調べておきたいことがあったんだよな)
……えっと、伝奇、童話、ここら辺か。
適当そうなタイトルを探すと、ある本に目が留まる。
(……『全妖精図鑑』……ちょっと広範囲だな……)
まぁ、とりあえずいいか、と手を伸ばす。
「……あッ」
「えッ」
省介の手が、誰かの手に触れる。
同じく本へ手を伸ばしていた、少女のものだった。
それはまさしくベタすぎて一周まわってベタと感じられないほどベタな、ボーイミーツガールの定石とも言えるような接触だった。
……こんなこと、ホントに起こるんだ。
相手も同じように思ったのか、しばらくの間気恥ずかしそうに目線を伏せて静止する。
少女は、あか抜けない地味なセーラー服を着ていた。
うっすらと茶色に染まった内巻きのミディアムヘアはとても今っぽく、制服との対比でとてもアンバランスな印象を受けるが、可愛らしい女の子だと思った。
このセーラー服は、たしか近所の中学校のものだったはず。
(……いやはや、しかし)
省介の目は、制服ではなく髪型でもない、もっと別のところに惹きつけられる。
(……立派だな)
胸部に張り出したボリュームのある曲線に、思わず省介の心がときめく。
(大きいだけでは片付けられない、絶妙な美しさを感じる。あれ以上大きくなると、何というか、どことなくだらしなくなってしまうんだよな。ハリ、角度、形、全てが無駄なくまとまっていて、ブラの選択も適切そうだ。……正直言おう、どストライクです)
ぐっ、と握りこぶしを掲げかけたところで、我に返った。
(……はっ、いかんいかん。これではヤツらの言ったこと、そのままではないか)
慌てて視線を引き剥がし、誤魔化すように声をかける。
「失礼、……えと、良かったら、どうぞ」
手に取ろうとしていた本を、本棚から少女に差し出す。
途端に、少女は驚いた表情をした。
「え、あ、……いいんですッ‼ あの、……おこ、お心遣いありがとうございますッ」
ブンッ、と上半身を振り下ろすように少女がお辞儀をする。
生じた胸の揺れに気を取られ、省介は引き止めるタイミングを逃してしまう。
少女は踵を返し、背負うリュックに釣られている折り畳み傘を揺らしながら、足早にその場を去っていった。
残された省介は手元の本を見下ろして、思う。
(……こちらこそありがとうございます。……なんというか、色々と)
一人深々と頭を下げ、省介は、あれ、と違和感に気付く。
(……雨の予報なんて、出てたっけ?)
いやはや、電気って大事ですね。(ここでこうコメントすること自体が電気を浪費している、だと!?)でもやめられねぇ!!←




