花粉娘
私は花粉。人間を苦しませるのが私達の役目だ。
すぐ傍を家族と楽しそうに話す少女が通り過ぎていった。
「帰りたい……」
空気中を漂いながら、ぽつりと呟いた。スギお母さんのもとから飛ばされ、風に吹かれて兄弟とも離れ離れになり、寂しくなった私はすでにホームシックになっていた。そのような私とは裏腹に街は賑やかで、惨めな気持ちにさせた。
「排気ガスや煙草の匂いはくさいし、パチンコの音はうるさいし、どうしてこんな街に飛ばされてきたんだろ」
花粉は飛ぶ場所を選べない。寂しさから八つ当たり気味に文句を言う。しかし、ふと思い直す。このような場所こそが私達がいるのにふさわしいのだと。
『人類滅亡計画』
度重なる空気の汚染、また木をあまりにも伐採しすぎた人間は、植物の逆鱗に触れた。そこで提案されたのが、この『人類滅亡計画』だ。植物達は人類を滅亡させる第一歩として、私達花粉を解き放った。人類を体内から侵食し、弱体化したところを一気に叩きのめすという算段である。
この計画はとても有効なようで、そこかしこで私達による影響が出ている。現にいまも、目をこすったり、くしゃみや咳をしたりする人間であふれている。人間よ、植物の恐ろしさを思い知ったか。
この街は有害な人間が密集しているため、かなり重要な場所だといえる。
少し気を取り直すと、辺りを見まわす。歩きながら煙草を吸っている人、地面に向かって唾を吐いている人、大声で仲間と話している人、カツアゲしている人、されている人、さまざまな人間がいる。
街中の人間を観察していると、ある人物に目が留まった。その人物は大通りの真ん中に突っ立って、どこかを見ている。その人物を避けるようにして人々が歩いているため、そこだけぽっかりと空間ができている。どこを見ているのだろうか。ビルだろうか――。いや、違う。あれは花粉っ? 花粉を見ているっ。
その人物はおもむろに花粉を手に取ると、左から右へ、右から左へ、花粉を放り、お手玉をし始めた。
「えっ」
思わず、驚いてしまう。
しばらくお手玉をしていたかと思うと、不意に手の中にあった花粉を握りつぶした。
「ミノーーっ」
衝撃的な光景を目の当たりにし、叫ぶ。ミノという名前かどうかは知らないが。
私の叫び声が聞こえたのか、その人物はゆっくりと振り向く。そして、私と目が合うとにやり、と笑った。
やはり、人間は恐ろしい。
一時間クオリティー。
花粉と人間、どちらが勝つか。