第九話。接敵、その正体。
「ただいまーっ!」
戦場に急降下しながら叫び、ズドーンと言う
巨大な岩が落ちたような音と土埃を伴って、ブルカーニュは参上した。
直後、エルが激しくむせてしまい、ブルカーニュは心の中で小さく反省した。
「ゆるさんっ! 殺すつもりですかっ!」
視界がはっきりとし出したところで、
エルが右手でゆるさんの首をバシバシ叩きながら大抗議。
「ごめんなさい。急ぐあまりに」
うっすらと恥ずかしさで顔を赤らめたゆるさんだが、
元々肌が赤黒い色をしているので気付かれていないようだった。
「あっ! てめえ、町にいたガキっ! なんでここにいるんだよっ!」
髪や服の土埃を手ではたいていると、中くらいの背丈の男が
怪訝に睨み付けて来た。
「仕事はどうした? 俺達は強い奴を山から遠ざけろ、
と言ったはずだが」
一番背の高い男も訝しげに問いかけて来た。
「っつうかよ、ここの連中どいつもこいつも手におえねえぞ。
連携取れすぎてて気持ち悪りいし」
一番背の低い男が、うんざりした口調で吐き捨てるように言った。
「やっぱりわたし、ボルカディアの人間ってことです」
「どういうこったよそいつぁ?」
目付きを変えないまま、中くらいの男が憎々しげに問い返して来た。
「御山に危険を持ち込ませてしまったことを、わたし 後悔しました」
「前払いされたから仕事ぁどうでもいいってか?
よくできたオジョウサンだなぁ、おい?」
中くらいの男が、更に険しい目付きで
エルを睨み殺さんばかりに視線を射かけた。
「そ、そんなことは……」
「エルさんは怖がっていました」
助け船を出すように、ブルカーニュが話に割り込む。
「ぁ?」
視線の強さをそのまま、エルからブルカーニュに
焦点を移した中くらいの男。
「エルさんは、このフォニクディオスに
あなたたちを来させてしまったことを怖がっていました」
「そりゃ今聞いた。なんだ? トカゲちゃんは頭の回りが
ずいぶんと遅いみてえだなぁ」
クククとバカにするように笑う男を、ブルカーニュは一つ睨み返す。
「なんだ、この トカゲ如きが。人間様を睨み返すたぁ、
いい度胸だな」
「そして」
まったく、男の挑発を無視して話を続ける。
ちっと苦々しい音を立てる中くらいの男。
「わたしをフォニクディオスに帰してしまったら。
あなたたちに言われたことと違うことをしてしまったら。
そうあなたたちに歯向かうことを怖がっていました」
さきほど竜凰の心に点いた怒りの炎が、
少しずつ火力を上げ始めている。
「なるほど。今その少女がこの場にいることが、
『わたしはボルカディアの人間だ』と言う言葉の意味か」
「そうです。迷った末に、この山への心を取った。
ボルカディアとこのフォニクディオスとは、
それほどの繋がりを持っていると言うことです」
「で? なにがいいてえんだトカゲちゃんよぉ?」
中くらいの男は、苛立たしげに唇を歪めて問いかけて来た。
「火山を荒らすのみならず、住民を傷つけようとし。
あまつさえ、ボルカディアの子にあんな怖い思いをさせた。
わたし。
怒ってるんですよ」
「そうかい。しょせんちっけぇトカゲの怒りなんざ、たかが知れてら。
素材にして持って帰ってやんよ」
吐き捨てた男に、深い溜息を吐いたブルカーニュは、不意に後ろを向いた。
「地要さんでも風要さんでもかまいません。
エルさんを、守っていてもらえませんか?」
その言葉で全員、ゆるさんがなにをするのか理解したらしく、
土竜たちは後ろに下がり、風竜たちも土竜の真上の位置まで下がった。
「なら、オレがしょっててやるよ」
言ってから、フウジャルと共に隊列に入らなかったビユウンが降りてきた。
「お前は……さっき、俺の火の魔力を宿した矢を打ち落とした奴か」
「わかりましたビユウンくん。では、おねがいします」
さっさと進んでいく話に、エルはどうしたらいいのかわからず、
「え? あの。え??」
と困惑の声と共に、ブルカーニュとビユウンを
交互に何度も見ている。
中くらいの男は、「こいつら、また俺のことを無視しやがって……!」と騒ぐが
誰一人として注目していない。
「嬢ちゃん。オレの背中に乗ってくんな。どうやらゆるさん、
だーいぶ頭来てるようだからよ。上から見学してた方が安全だぜ」
「え? それってどういうこと?」
「竜凰様直々に、お引き取り願うってこった。
そら、乗った乗った」
緑の竜の勢いに押し切られてしまい、
エルはよくわからないままブルカーニュから降りると、
すぐ左のビユウンに乗り移る。
「な?」「ぁ?」「え?」「なに?」
ビユウンの竜凰と言う言葉を聞いて、冒険者たちは全員動きが止まった。
「じゃ、首にでも掴まっときな。上がるぜ」
うん、と言う返事を確認したビユウンは軽く地面を蹴って飛翔。
隊列から一匹分前の位置まで下がった。
「ここなら見えるか?」
「うん、ありがとう」
礼を返したら、当然のことしただけだぜ、
とてれたような声が返ってきてエルは小さく笑んだ。
「……竜王? まさか……お前のような、小さな赤黒いドラゴンが
『強い奴』だと言うのか?」
背の高い男が、信じられないと言う声色で目を見開き声を出した。
はっきりと、大きく頷いたブルカーニュ。
いや、彼女ばかりではない。この場にいる冒険者以外の全ての生き物が、全員同時に頷いたのである。
一秒ほどの静寂が訪れた。
ーーそして。
「ハッハッハッハ! おいおい冗談だろ!」
背の一番低い男から始まり、
「そいつぁあ笑えねえ冗談だぜ!」
と腹を抱える中くらいの男、そして
「お前が……ククク。予想外な冗談と言うのは、
どうしてこう面白いのだろうな」
背の高い男も噛み殺すように爆笑している。
しかし、たった一人。唯一冒険者の紅一点だけがまったく笑っていない。
「この……ありえない魔力に気付かないなんて。
あなたたちが魔力に鈍いのはわかっていましたが、
ここまで鈍いとは思いませんでした」
自分の背丈ほどもある棒の先になにか、
丸い石が入っている物を強く握りしめながら、
そう女が強張った声で言っている。
「わたし、ありえない魔力……なんでしょうか?」
思わず疑問が出ていた。こくこくと何度も頷き、女はなにがありえないのかを教えてくれた。
「あなた、自分に全属性の魔力があること 気付いていないんですか!?」
「……え?」
目を丸くしたブルカーニュに、
「……そ。そうですか」
と女は気が抜けたような顔になった。
「なんだよ。結局魔力があろうがなかろうが、
しょせんはちっこいトカゲじゃねえか。楽勝楽勝」
小馬鹿にしたような笑い交じりに言った直後に、
中くらいの男は銀色を左腰から引き抜いた。
「ちゃっちゃとぶっ殺して素材収集だ!」
「そうだな」
背の高い男が、大きく分厚い銀色を抜き放ち両手で持つ。
「ようやく、まともに戦えそうだぜ」
背の低い男が、翼から骨と膜を取ったような変な形の物を、
左脇に抱えて後ろに下がった。
「……そうですね。なにはともあれ」
全属性を一人で持つ、と言うとんでもない相手を前にして、
女はどうすべきか思案したようだったが。一つ頷き、ゆっくりと瞳を閉じた。
どうやら手を考えついたようだ。
「我らが身を襲う災厄をその加護にて退けたまえ」
世界に響く声と共に、女は棒を左から右へ そのまま左下へ
更に右上に動かしたかと思えば今度は右下へ。そう忙しく動かす。
その最中、ずっと棒先の丸い石が、様々に色を変えながら光り続けている。
「五つ星結ぶ界、遍く調べを遮断する」
もう一度同じ動きをする。
これがなんらかの魔法である、それはブルカーニュにはわかった。
しかし、いったいどんな物なのかまではわからない。
「三つ連ねし其の軌跡。破ることなどできよう物か」
もう一度。今度は少しゆっくりと同じ動きをする。
ブルカーニュは、ここで初めて女の描いた軌跡から、
圧力のような物を感じた。
これはきっと、とんでもない魔法だ。そう竜凰は目を見開く。
「護星纏命陣!」
まるで、これで歌は終わりだ、そう言うように力強く棒を天へと突き上げた。
すると冒険者たちを囲むように光が広がった。しかしそれはほんの僅かな間で、いったいなにをしたのか、
ブルカーニュには理解できなかった。
しかし、圧力は消えていない。もしかするとこれは、
なにか 壁のような物を作り出しているのかもしれない。
そう竜凰は直感した。