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第八話。水竜流回復魔法のかけ方、速効タイプ。

「えっ? なに? 花火? 地震?!」

 立ち上がったばかりで、あやうく転びそうになるのをなんとか踏みとどまった。

 ドンと言う音と地面に響くズンと言う衝撃。それを感じてエルは驚き困惑したのだ。

 

「はなび?」

 不思議そうに首をかしげるカスクと、

 

「地震って、ああ。土竜ちりゅうの長さんが怒って

地面ドーンってやった時の揺れのことだね」

 なにかを思い出したのか、面白そうに含み笑いして言うアズラッティ。

 

「今のはこの湖の反対側、川の方で冒険者たちと

火山わがやの住民が闘ってる音です」

 そしてまじめに答えるブルカーニュ。

 

「え?」

 予想外だったらしく、エルはブルカーニュの答えに目を丸くして動きを止めた。

 

 

「うわぁ。さんってつけてないや。ゆるさん、けっこう怒ってるね」

 首をすくめてアズラッティが言うのを、カスクといっしょになって見るエル。

 

「それでエルさん。見届ける、と言いましたけど。

これから今の音の下へ行くんですよ」

 まるで返事をするかのように、また地響きと花火の破裂音に似た音が、

 ドン ドンと二度した。

 

「これでも、行きますか?」

 ブルカーニュは静かに優しく、しかし強い語調で詰問するように問いかけた。

 

 ドーン。長めの音と、少しふんばらないとふらついてしまうほどの衝撃。

 生唾を飲み込むエル。一人の少女が答えるには、時間が必要に

 ブルカーニュにも アズラッティにも感じられた。

 

 ーーしかし。

 

「エルさん」

 ブルカーニュはあえて、強く少女の名前を呼んだ。

 ブルカーニュとしても、道草を食いたくはないのだ。

 

 

「……いきます。わたしが。自分で言い出したことだから」

 不安の拭えていない、涙を浮かべたその瞳に心がチクリとした。

 だが、ブルカーニュは一つ頷くだけにとどめる。

 

 フォニクディオスの頂点に立つ者 ーー竜凰りゅうおうとして、

 住民たちが闘っている戦場に早く加勢したかったからだ。

 

 

「まって、んっと エル」

 ブルカーニュの背中にまたがろうとするのを、アズラッティが止める。

 

「なに?」

「擦り傷が見えるから。ちょっと、こっち来て」

 

 どうしてだろうと疑問はあったが、

 水色のドラゴンが真剣な表情で見ているのがわかって、

 エルは言われた通りに水色のドラゴンのところに歩いて行く。

 

「ゆるさんごめん、ちょっと時間ちょうだい」

「かまわないですよ」

 なにをするのかわかっているかのように、ブルカーニュは頷き答える。

 

 そしてアズラッティの瞳に一度目線を当てて、直後に川の方を見つめるように

 目線を上へと向けた。

 

 その視線の動きの意味を理解したようでアズラッティは頷くと、

 よいしょっ と言いながら湖から上がった。

 

 アズラッティの行動に首をかしげている様子のエルに視線を向けて、ひとこと。

「ちょっと、寝てくれる? 顔を空に向けたかっこうで」

 

「え? あ、うん」

 どうして、と聞きたかった。だが、さきほどのブルカーニュの態度から、

 疑問を一つ一つ明かしている時間はないのだろうと判断した。

 

 正直言うと、山の地面で髪や服がよごれるのがいやだなと思ったエル。

 だが、泣く泣く頭を地に付けたのだった。

 

 

「ちょっと、ごめんね」

 そう言いながら、アズラッティはエルの上に覆いかぶさって来た。

 

「えっ?!」

 後ろ足をエルの脛の辺りに置いたアズラッティだが、

 手 前足の置き場に困っているのか、

 人で言う手首の辺りだけをつけた奇妙な体勢になっている。

 

 

「そんな怖がらないで。取って食べようって言うんじゃないから」

 困ったような顔で言うアズラッティは続けて、

「君の両手にぼくの手、重ねたいんだけど。いいかな?」

 と顔を覗き込むようにしながら聞いた。

 

 「ひっ!?」っと短い悲鳴を上げたエル、

 逃げようとするが背中に地面 前にドラゴン、

 しかもうまい具合に体が重しになっていて横にも動けない。

 

 

「悲しいなぁ。エル、ゆるさんには喜んで乗るのに。

ぼく、そんなに怖い?」

 言葉そのものの 悲しげな息を細く吐いて、そう問いかける。

 

「あ、あの。その。ごめんなさい。いきなりだったから」

 

 震える声でせいいっぱい答えた、

 そうカスクにでもわかるほどのエルの声色に、

 そうだよね とアズラッティはまたふぅと息を吐く。

 

 

「あの、それで。握手 だっけ。してもいいかな?」

「あ、あの。うん」

 恐る恐るでなんとか頷くと、エルはアズラッティの両手

 その指の間に、自分の指を滑り込ませて、両方の手に片手ずつ掌を重ねた。

 

「よし、ありがとう、怖かったのに。君、強い人間だね」

 柔らかく言うと、アズラッティは静かに目を閉じた。

 

「目、閉じて」

 まぶたを閉じたアズラッティにそう言われて、

「え? あのいや、でも……」

 状況的に少女として、乙女としては閉じたくない。

 

 この状況で瞳を閉じる。もしかしたら、

 ーー初めてをドラゴンに奪われてしまうかもしれない。

 

「おねがい。ゆるさん、急いでるから。ね」

 戸惑っているのを聞いてとったのか、水色のドラゴンが催促して来る。

 

 

「……くっっ。わかりましたっ」

 なにをされるのかわからない。だが、ドラゴンたちの焦りが、

 少女に決断を余儀なくさせた。

 

「あの。とじました」

「うわぁ、力入ってるなぁ」

 困ったような声の水色ドラゴン。

 

 しかし自分がどうなるのかわからない緊張感で、

 エルには力を抜く余裕などない。

「ま、いっか。じゃ。いくよ」

 そう言うと、スーっと顔のところに気配が寄って来た。

 

 ーーやっぱりだ。そう思って諦めの境地に至った

 エル・クレインブリッジである。

 

 ふわり。くちびるになにかが触れた。

 

「あ~あ。好きな人とデートを重ねて、ふと別れ際にそっと交わす、

って言う理想のファーストキス計画が……」

 などと心の中で一人、乙女な絶望を味わうエル。

 

「でも。このくちびるに触れて来る感じ。柔らかくって、優しい。

怖がっちゃったけど。もしかして、このドラゴン、優しい竜なのかな?」

 と、エルがアズラッティのことを見直し、体から力を抜いた

 

 

 ーーその瞬間だった。

 

 

「んぐっ?!」

 体の中にドンっと言う衝撃。なにかが、口から打ち込まれたような感覚を味わった。

 

「げっほ、げっほげほっ」

 息苦しさから解放された直後、エルはどうしようもなくむせかえった。

 

「なっ げほげほ、いったいなにを、げっほ げっほげほ」

「ん? 水のブレス。回復魔法って言うのかな?

それをブレスとして君の中に入れたんだ。そうやった方が

 

魔力の廻りまわりが早いから。傷の治りが、

怪我してるところなめるより早いからね」

 

 ぴょいっとエルの上からどいたアズラッティは、そう質問に答えた。

 あっけらかんと。

 

 

「こんのっ」

 ガバリと起き上がるのを通り越して立ち上がったエルは、

 

 顔どころか耳まで真っ赤にしながら、

「バカーッ!」

 と目の前のゆるさんとかわらない背丈の、水色の竜に絶叫した。右足を一歩、思いっきり踏み込んで。

 

 

「ひどいよっ! 人のファーストキスを奪うだけじゃ飽き足らず、

口から液体まで流し込むなんてっ!」

 

 右足をその場に何度も叩きつけながら、

 ぜぇはぁと息を荒げて、乙女の怒りをなおも荒立てるエル。

 

 

 ーーしかし。

 

 

「……ねえ、エル?」

「な、なにっ!」

 平然としているどころか、むしろきょとんとしていることに面喰いながら、

 それでもいらだち紛れに返事する。

 

 

「なに、怒ってるの?」

 

「……っ!?」

 

 意思疎通がこうして滞りなくできるとはいえ、相手はドラゴン。

 人間の常識が通じないと言うことを、今はっきりと理解させられて

 エルは愕然とした。

 

 

「知らないよっもうっ!」

 怒りを左足にこめて、全力で地面を蹴りながら、八つ当たりを叩きつけた。

 

 

 ーーが、ドラゴンたちは一様にポカンとしている。

 

 

「いこっゆるさんっ!」

「え、あ。はい……」

 怖がったかと思ったらいきなり全力で怒り出して。

 エルさんは面白いなぁ。

 

 そんなことを考えていたところに、いきなり自分の背中に飛び乗られて 

 きょとんと返事するゆるさんである。

 

「アズラッティちゃん。傷の手当て、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げたゆるさんに、どういたしましてと元気に返すアズラッティ。

 

「じゃ、いってきますね」

 そんな仲良しさんを微笑して見てからそう言うと、

 ゆるさん ーー竜凰ブルカーニュは地面を蹴るのと同時に加速した。

 

「きゃああっ! 落ちるっ! 落ちますううっ!!」

 遠ざかる悲痛な叫びを聞きながら、アズラッティは考えた。

 

 

 

「ほんと。なんであんなに怒ってたんだろ、エル。

ぼくの回復ブレスのやり方、いけなかったのかな?」

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同じ世界の作品、2D6の後半にクロスオーバーする。


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