第五話。粗品を持って出迎えよう。
ブルカーニュが少女を乗せて飛翔したころ、
フォニクディオス火山には緊張感が湧き立っていた。
「小せえけど、風と火の魔力を感じるっすね。どういう作りになってんだかな?」
朝に長をからかっていた土竜のうちの一匹が、
山からやや離れた位置から近付いて来る気配を訝しんで言う。
「属性を帯びさせた武器だろうな」
「武器。たしか人間が作ったって言う、傷付けるためだけに存在する迷惑な固まり、っしたっけね」
「そうだ。ただ、人間には魔法がある。
本当の意味でどんな属性を持っているかは、
戦ってみるまでわからないものだ。
扱える属性を知ることがないのが最良ではあるがな」
長が重々しく答えると、軽薄な口調の土竜は
「めんどうっすね」と呆れたように吐き出した。
今土竜たちは、やって来る複数の気配に備えて、
川側に集まっている。
「我々だけで当たるのなら、な。風竜たちが
なぜ山全体に連絡をしていたと思っている」
諭すようではなく、叱責するように静かに切り返す長。
その表情は、見るからに硬い。
「何度もボルカディアの外の人間とやりとりしてる長でも、緊張するんだな」
からかっていたうちのもう一匹が、その事実に身を縮こます。
フォニクディオスの方針は頭ごなしに追い払うのではなく、
人間の言い分を聞いて、それで危険だと判断された場合に、
初めて排除行動に出る。
まともに意思の疎通ができるのが竜たちであるので、
人間との対話は同じ大地に立つ土竜たちが担当している。
「冒険者が放つ気配は独特でな。攻撃性に加えてなにか、
底知れぬ薄暗さを持っているのだ。
あの冬の空気にも似た、じわりと染み入って来るような感覚には
私とて身が縮まる思いをする」
「そんな連中相手に、長やゆるさんは立ち回ってるってことだよな」
「……すげー」
若い土竜たちが、強張った色で感心した声を次々に出していく。
「準備をしろ。奴等の薄暗さを和らげる準備をな」
「ほんとにでっかい石っころなんかで、
その薄暗い気配とやらは和らぐんすか? どうにもわからねえんすけど」
「ボルカディアから来る人間たちと同じことだ。
彼等も石を持って帰っているだろう。特定の石を」
「で、連中にはとにかくでーっかい奴をまず差し出すって?
大丈夫なんすか長?」
「態度次第ではくれてやる、と言うだけの話だ」
「なぁんだそういうことっすか。安心したっす」
「奴等が必要としているのは、大概が黒く艶のある物だ。持ってこい」
真剣な表情で指示を出す長に答え、土竜たちは動き出す。
「長はどうするんすか?」
「私は冒険者と対話する心を決めておく」
「仕事してくださいよ長~」
茶化すように言う軽薄な口調の土竜にしかし長は、
「立派な仕事だぞ。お前たちでは落ち着いて話すのはまだ難しいだろう。
だから私がその役をする。そういうことだ」
と諭すように答えた。
「へいへい、っと」
言うなり軽い口調の土竜は動く。
長の言った黒く艶のある石は、ウェポナイトと呼ばれる鉱石で
その名前は武具への加工がしやすいところから名付けられている。
加工には少し技術が必要だが比較的簡単で、加工しても硬度が劣化しにくい
と言う優れ物の素材なのである。
しかしこの鉱石が採掘できる鉱山には、
必ずここフォニクディオスのように竜が住んでおり、
一度の入山で採掘できる量もあまり多くはない。
そういう事情を理解している長は、そのウェポナイトの固まりを渡すことで
冒険者たちの薄暗い気配を霧散させ、モンスターたちへの被害を
無くそうとしているのである。
それはボルカディアの外から来たよそ者への対処として、毎度やっている第一歩なのだ。
「持って来たっすよ、黒くて艶のある石」
よしと頷く長。持ってきた、と言いつつ背中に乗せている。
大きなプレート状のウェポナイトなので、持ち運ぶにはそれが一番楽なのである。
「ほんとにこんなんで大丈夫なんすか?」
まだ半信半疑と言う表情と口調である。
「そうだな、無理もあるまい」と長は頷いた。
「それに、返答次第によっちゃ、って言いましたけど長。
返答って、なんの返答なんすか?」
「冒険者がなにをしに来たのかの返答だ」
「なるほど、聞くんすね。目的を」
「そうだ」
「了解、段取りはわかったっす」
「ならよし。では行くか。そろそろ連中が入口辺りに到着する」
上空を見上げる長。そこにはビユウン フウジャルを初めとする風竜たちの姿がある。
長の目線に気付いたらしく、ビユウンが一つ頷いた。
「あまり多くを見せては警戒される。私と後一匹 いても二匹辺りが妥当だろう。
後の者達は気付かれない程度の距離で見ていろ」
風竜たちも同じ布陣で頼むと再び上を見て言うと、
ビユウンが「おう、わかったぜ」と景気よく返事をした。
それを確認し、よしと一つ頷いた長は、
ウェポナイトを背中に乗せた土竜と共に緊張した足取りで、
冒険者たちを出迎えるために歩き始めた。
***
「ようこそ。遠路はるばる我らがフォニクディオスまで、
よくぞ旅して来られた」
人間たちをはっきりと肉眼で捉えた長は、足を止めて語り掛けた。
突然の声に驚いたのか、人間たちは一様に足をビクリと止めた。
長が見たところ、今回来た人間は
男三人に女一人の四人で行動しているようだ。
「おい、なんだあれ?」
男三人の中で一番小さいのが、
長を指差して驚いた表情で声を上げる。
「ドラゴン……の、ようですが」
女が一歩後ろに下がりながら、長を見てやはり驚いたような声を上げる。
口を手で覆っているその意味が、長にはわからないが。
「ちょっとまてよ? あいつえらくでかいぞ」
目を攻撃的に細めた中くらいの大きさの男は、
言葉の後で左の体中央辺りに、不自然にある、尻尾のような物に右手を寄せた。
「あのちっさいのには、強え奴を山から離す役で金渡してたろ?
失敗したのか?」
悔しそうな声の中くらい男に対しては、わからんなと一番頭が上にある男が
落ち着いた声音で返している。
「彼女はボルカディアの人間だ。それに強い存在について、
その性質を理解していると言っていたから、
間違えるとは思えないのだが……」
少し考えるような間があってから中くらいの男に、
『とりあえず剣から手を離せ、早まるな。
相手はどうやら温厚な性格らしい』
落ち着けるような口調でそう言った。
納得いかなそうに、ちっと言う聞いたことのない音を出して
中くらいの男は、けんと呼ばれた尻尾のようななにかから、手を離した。
長は四人の中で、この一番頭の位置が高い男は話ができそうな人間だと、
今の人間たちのやりとりで理解した。
「してお客人方。このフォニクディオスまで何用で来られたのか」
低く朗々と紡がれる長の声に、例の背の高い男以外の人間たちは身を強張らせている。
一方隣にいる土竜は長の丁寧な物言いに、
「ずいぶんシタテに出るなぁ長は」
と怪訝な眼差しを密かに向けている。
「なに、武具の素材がほしくてな。ここは良質な素材が多数取れると聞いた」
なるほど、と長は頷く。
「ならば一つ。これを持って行ってくれ」
長はそう言うと、目で横にいる土竜に合図をする。
不安そうな目線を向けて来るが、長は一つ頷いた。大丈夫だ、と。
納得できない顔をした土竜だが、長はもう一度頷くことで話を進めさせた。
「わかったっすよ。ほら、よっと」
よ、と同時に土竜は、今朝のブルカーニュのように
背中を跳ね上げた。
一瞬とはいえ、まるで逆立ちするような体勢になった土竜に人間たちは面喰った。
土竜はその一動作だけで、器用に背中に乗せていたウェポナイトのプレートを、
人間たちの目の前に着地させる。
「これは? 黒いプレートのようだが」
足元に落ちたプレートを見て、冷静な男は怪しんだ。
「人間は、それをウェポナイトと呼んでいるな」
「マジかよ? ウェポナイトって、こんなにでかくないって話だろ?」
中くらいの男は、長の言葉とプレートを見比べて、
不可解そうな表情で声を発した。
「これがウェポナイトかそうでないかは、持ち帰って鍛冶工房に持っていけばわかる。
ありがたくいただいていこう」
そう言うと男は足元のそれを掴むと、一番小さな男に渡す。
「まったく。なんで一番男ん中でちっこい俺が荷物持ちなんだよ、まったく」
二度まったくを言うほど不満らしい。不満を顔にも声にも出しているが、
それでも男は背中のなにかにプレートをしまいこんだ。
「たしかにこれは良質な素材だな。本当にウェポナイトならばだが」
男はいまいち納得行っていない様子だが、そう話をまとめた。
「さて。次の素材集めと行こうか」
ならもう用事はないだろう、と帰ってもらう言葉を切り出そうとする直前。男はそう切り出した。
「次の素材? ウェポナイトが目的ではないのか?」
訝る長に、一番頭の位置が高い男は、
「ああ。お前たちにとっては残念なお知らせだ。トカゲども」
と小さく口元を歪めた。