第十五話。お客さん、つきましたよ。
「よかったんですか?」
黄昏の空を行きながら、ビユウンと並んで飛行している
ゆるさん ブルカーニュが問いかけた。その相手は、
竜凰の瞳がちらりと右に向いたことから、
ビユウンに乗っている結葉である。
「なにがですか?」
「前に冒険者って言うのは、頼んで来る人間さんができないようなことを、
かわりにしてるって聞きました。なにもしてないような気がするんですけど、
それでも帰っちゃっていいのかなって」
「ああ、それなら問題ないですよ。もし依頼が達成できてなければ、
まだ山にいましたから」
「そうなんですか?」
心配そうに聞き返すゆるさんに、結葉は頷いてから理由を答えた。
「今回の依頼は、鍛冶屋さんから武具の補強素材の補充の依頼だったんですね。
内容はウェポナイトを二十個取ってきてくれ、って言う物でした。
数は余りが出るほど確保できましたから平気なんです」
「うぇぽないとって、なんですか?」
不思議そうな声を上げたゆるさん。少し考えた結葉は、
そっかと首肯。その声色の原因に行き当たったようだ。
「大きな地の竜が、ゆるさんが来る前に黒くて艶のある
分厚い石の板を渡してくれて。それがウェポナイトだったんです。
あの固まりなら、普通に掘り出す大きさに換算すれば、
大小の誤差を含めても三十を超える数になりますからね」
「そうだったんですか。モグラさん、そういえばいつも
ボルカディアの外から来た人間さんには、その態度が許せる物なら
黒くて艶のある石を渡してるって言ってましたね」
「「モグラさん?」」
かみ合わないゆるさんの言葉を、結葉のみならず
エルまで首をかしげて繰り返した。
「いっつもモグラじゃなくて土竜だって怒られちゃうんですけど、
地要さん 地のドラゴンさんたちのこと、
わたし モグラさんって呼んでるんです」
「どうしてモグラ……」
腑に落ちず、ゆるさんの話を聞きつつ思考を巡らす結葉。
一方エルはまったく思い至らないようで、
「ククク モグラ。ドラゴンなのにモグラ、クククク」
あまりに釣り合わない呼び方に、ゆるさんの首に顔を押し付けて
押さえつけるように爆笑している。
「なるほど、そういうことですか」
答えに辿り着いたようで、結葉が声を上げた。
「ゆるさん。その呼び方……いえ その読み方、
わたしの故郷の人から聞きましたね?」
「読み方?」
そう首を傾げたのはエルだった。
「きっと、さっきわたしが仕切りなしのことを説明した時みたいに、
地面に土と竜って東文字を書いてモグラって読む
って教わったんじゃないですか?」
「ヒガシモジ?」
またエルが疑問の声を上げるが、それにかまわず
ゆるさんはそうですと頷く。
「的中ですね。すっきりです」
ふぅと一つ息を軽く吐いて、結葉はそう
ほっとした声で言った。
「ねえ? ヒガシモジって?」
エルが結葉に顔を向けて問いかけた。
「東文字ですか? 東文字は、わたしの故郷で使われてる文字です。
他の地域とはちょっと違う形をしてるのが特徴……かな」
「そうなんだ」「そうなんですね」
理解した頷きといっしょに言ったエルと同時に、
ゆるさんも面白そうに声を出した。
一人と一匹に頷いて相槌すると、
「種類が三つあって、その中の一つは
文字一つにも意味があるんですよ」
と補足する。
「覚えるの大変そうだなぁ」
ぼやくように呟いたエルに、結葉はそうですねと微笑する。
「ねえゆるさん。なんか、速度上がってない?」
不安そうに問いかけるエル。ゆるさんは、あっと一声の後、その速度を調節。
エルは安堵したように、「ふぃー」っと溜息を吐いた。
「ごめんなさい。どうもこの夕方と夜が合わさってる空を飛ぶのは、
夜に追い立てられてるみたいで苦手なんです。だから、早く降りたくて」
恥ずかしがってるような声で謝るゆるさんに、
「そういうものなんだ」
と今度はエルが面白そうな声を出す。
「俺ぁひやっとした夜風がくっから好きだけどな」
これまで喋らなかったビユウンが、会話に入って来た。
「そういうものなんですね。属性の違いでしょうか?」
結葉が感心したように言うが、
「いいや、こいつぁあ好みの問題だ。俺が風要だとか
ゆるさんが火要だとかぁ関係ねえ。
夜に追っかけ回されて怖えってぇのもそれだ」
ビユウンはバッサリ違うと答え、ついでに一つ話を補足した。
「余計にひとこと言うのは風の竜の特徴なんですか?」
クスクスと楽しげに結葉が言うのに、ビユウンは
「そうかい? 喋りすぎてるつもりぁねえんだけどよ?」
と不思議そうにあっけらかん。
とぼけた答えに、エル 結葉だけでなく、
ゆるさんまでが和やかに笑い出すのであった。
***
ボルカディア ノンハッタン。
目的の町の中、一軒の宿屋の前に五匹の竜が降り立った。
太陽は空の袖に捌け僅かにオレンジを残し、すっかりと主役は
星とそれを引き立たせる黒だ。
道行く人の少ない時間帯だが、通る人はドラゴンに乗る五人の男女を見て、
全員が全員驚いて立ち止まり、首をかしげて歩き去って行く。
宿屋の前は奇妙な空間と化している。
「あの、ここでいいんですか?」
問いかけたのはブルカーニュ。
「ええ、ここに泊まってますから」
そう答えたのは、ビユウンから降りた結葉。
「冒険者ギルドに届けるより前に、依頼主さんに納品して
依頼達成の照明をしてもらう必要があるんですけど、
それは明日にします。もう夜ですからね」
そう補足した後で、「ん~」っとめいっぱい体を伸ばした。
後ろからゲッソリした溜息を伴った、地面に足の着いた音。
男冒険者の三人も竜から降りたようだった。
「よっと」
ゆるさんに乗っていたエルもぴょんと飛び降りると、
「ふぅ~」とめいっぱい体を伸ばしながら疲労の息を吐き出した。
「先行ってんぞ」
けだるく言ったソロードは結葉からの返事を待たずに、
ソロードを先頭にして、マイト マシアットの順に縦一直線に並んで、
宿屋の中へズルズルと消えて行った。
「行かないんですか?」
「仮にもわたしたちは、エルさんに案内役を頼んだ身です。
おうちまでいっしょに行って、ご家族にお礼を言わないと。
彼等には元々こういうことは期待してませんので、
先にここに来てもらいました」
あたりまえのこととして言い放つ結葉だが、誰一人 一匹として、
男冒険者たちの扱いに異論を唱える者はいなかった。
「なあゆるさんよぉ?」
唐突なビユウンの言葉を、
「なんですか?」
顔を向けて問い返すゆるさん。
「俺ら、先帰ってていいか? もうゾロゾロくっついてく必要もねえだろ?」
「そうですね。じゃあ、バアンくん。明かり役おねがいします」
「了解したぜ。いくぞお前ら」
言うが早いか火竜バアンは、地面を蹴って その勢いで体を反転させ
夜空へ噴射んだ。
「やれやれ、忙しい野郎だぜ。んじゃな、嬢ちゃんたち」
ビユウンの言葉をきっかけに、それぞれ簡単に別れの言葉をかけながら
緑の竜たちは、赤い竜星に向かって飛び去って行った。
「彼等にだけは言われたくないですよね」
夜空へ消えるビユウンたちを見送りながら、結葉が呟く。
「ほんとだよね」
答えるエル。それを聞いておしとやかに笑い始めるゆるさん。
その笑い声が呼び水になったように、少女たちもまた穏やかに笑った。
「さて、いきましょうか エルさん」
ひとしきり笑った後、ゆるさんがそう促すように言葉を駆けた。
「うん」
頷いたエルは、道しるべのように歩き始める。
それに結葉が続き、一番最後にブルカーニュが歩き出す。
竜凰は、その威厳ある響きの通称に反した、
とても穏やかな足取りで、少女二人を追いかけた。




