第十三話。彼等のトラウマと、彼女の苦労。
「そういえばユイハさん?」
「どうしましたゆるさん?」
不思議そうに軽く首を右へかしげた結葉に頷いて、
ゆるさん 竜凰ブルカーニュは口を開いた。
「彼等。もしかして、みんな仕切りなしなんですか?」
ゆるさんは目で、倒れたままでいる男冒険者三人を示して尋ねる。
「どうしてですか?」
結葉は首を傾げたまま、パチパチ パチパチと
まばたき二度を二セットしながら尋ね返した。
「さっきユイハさん。彼等のことを、魔力の強弱を
無視して動くって言ってたので。もしかして
魔力を感知する力と、魔力からの状況の
危険度の判断ができないのかな、って」
「頭の回り、いいんですねゆるさん。それに引き換え」
やれやれと言わんばかりのずっしりした息を伴って、
結葉は小さくうなだれた。
「困ったことに外れです」
「え?」
「じゃあ、もしかして?」
驚いた二人の表情を、結葉は首肯する。
「彼らは三人とも仕切りがあります。全員それぞれの家で
二人目の強大な魔力の持ち主のようです」
「それで……魔力がわからない。もしくは無視してる、ですか。
わからないです」
「男のプライド、って言うんでしょうか。三人は覚性期に入って、
体付きが女の子みたいに丸みを帯びたことがいやで、
体を鍛えたそうです」
「せっかく名前が二つあるのに?」
エルは怪訝な声で、驚いたように目を見開いた。
「不思議な感覚ですね」
一方もう一人の聞き手であるブルカーニュは、面白そうに呟いた。
「あれ? でもどうしてですか? 男の人間三は、
そのかくせいきって言うのになると、体がガッシリして来るって、
ユイハさん言ったじゃないですか」
新たに生まれた疑問をそのまま口に出したゆるさん。
「魔力が強くなると、男性は体格が女性に近づくことになります。
そのせいです」
「へぇ、そうなんですね」
「ええ。とはいえ、見て理解できるほどに体格がかわることは
高い能力を持ってる証拠なんですよ」
「そうなんだ」と感心するエルに小さく首を縦に振って、
結葉は更に続けた。
「ただ。魔力が強ければ強いほど、男性は
体付きが丸みを帯びるだけじゃなくて 性格も柔らかく、
温和になっていきます。
体付きが少し丸みを帯びただけでそれを拒絶する彼等ですから、
魔力が強くなることで性格がかわるって言う仕組みは
許せなかったって言ってました」
「なるほど。勝手に性格がかわっちゃうのはいやですね」
「そうだね。女でよかったよ」
安堵した息といっしょに、声色でもその気持ちを音にしたエルに、
結葉はそうですねと微笑し頷く。
「そういうわけで、彼等は魔力の才を育てることを、
自らやめてしまったと言うことです」
「そうなんだ。力より心ってことだね。
それはかっこいいと思う。でも……あの性格はやだなぁ」
まったく包み隠さず思ったことを、
そのまま言ったであろうエルの感想に、結葉はそうねと頷いた。
「ところでユイハさん、どうしてご存じなんですか
お仲間さんのそんなこと」
首をまたもかしげて問うゆるさんに、一つ頷き結葉は理由を話す。
「三回目ぐらいだったかなぁ。依頼終わって帰る道ででしたね。
突撃ばっかりするので、もっと相手の実力を見てって、
せめて魔力の大小 強弱だけでも確認して、って言った時に、
彼等からこの話を聞きました。
それも話し始めに、マイトさん 小さな彼が『冗談言うな』、
ソロードさん 中くらいの彼が
『これだから魔力が体にオイシイだけの女って奴は』、
最後にマシアットさん 一番背の高い彼が
『あんな毒、好んで感知するなど正気ではないだろう』、
って言ったんですよ」
「失礼ですね。魔力を毒だなんて」
愚痴をこぼすような言い方で出て来た話に、
むっとしてゆるさんが頬を膨らませる。
「そうだよ、見た目がよくなれない女の子だっているって言うのに」
エルも腕を組んで、首を何度も縦に振っているが、
ゆるさんはきょとんとした顔で後ろを向いて エルに視線をやっている。
そんな一人と一匹の感覚の違いにクスリとしてから、
「それでですね。自分たちの話を終えた後でソロードさんが、
『俺達は神の仕組みに逆らってる同志なんだ。
だから俺達に魔力のことを期待するんじゃねえ』
なんて平気な顔して言うんですよ」
結葉はそう彼等についてのエピソードをしめくくった。
「うわぁ……」
ただでさえエルにとって首を傾げた三人の感性だったが、
今のソロードのひとことで、苦虫をかみつぶしたような顔になって
一歩あとずさる。
「ひどいですね、それ」
ゆるさん、また頬を膨らませて言う。
「そうなんですよ、ぜーんぶ魔力のことはわたしに丸投げです。
マイトさんだけは、少し魔法に心得がありますけど
それもあくまで武器に魔力を流すためだけに使ってて、
相手の強弱とは無関係ですし」
どうやらさきほどの言い方は、愚痴のような ではなく、
本当に愚痴だったようだ。話足りないとばかりに、
結葉は不満を投げつけている。
「あの、ユイハさん。ちょっと、ひっかかってるんだけど」
その権幕に押されているのか困ったような表情でエルが切り出した。
「え、あ。ごめんなさい、やっと話せたのでつい」
苦笑い一つ。深い息を一度吐く結葉は、
それによって落ち着きを取り戻したようだ。
「それで、なんですかエルさん?」
気を取り直して問いかける結葉。
「うん。そんなにいやなのに、どうして三人といっしょに冒険者やってるのかなー、って」
ああ、そのことですか。と納得したように小さく頷く。
「今もお話しましたし、ゆるさんの虹色の一撃までのことで、
三人の雰囲気はわかったと思います。
ああ言う三人ですから、きっとわたしが加わるまで、
いろんなもめごとがあったんじゃないかなって思うんですよ。
きっと武具が妙に綺麗だったのも、簡単な依頼しかできてなかったんじゃないかな、って思います。
迷惑防止策とでも言いますか。
わたしがお目付け役になって、他の人達へのいざこざを
減らそうって決めたんです、魔力に対しての話を聞いてから」
「そうなんだ、すごいなぁユイハさん。
わたし、絶対我慢できないよ」
エルの感心に小さく誇らしげに笑った結葉は、「でも」と話を続けた。
「散々ですけどね、わたしの扱い」
そう言った結葉は表情を苦笑に一変させる。
そんな女冒険者の心労を察して、エルとゆるさんは同時にこう言った。
「ごくろうさまです、ユイハさん」
心配そうな二人の顔と声に、「ありがとう二人とも」と結葉は笑顔に戻る。
「さて、と」
一度空を見上げてその色を確認し、
結葉はそう言ってゆっくりと立ち上がる。
空の色はまだオレンジを濃くしたほどで、
星とその舞台に出番を渡すには少しありそうだ。
「あれ? エルさんの時と違いますね。傷が一つも足にないです」
驚きの声と共に目を丸くするブルカーニュに、
結葉はええと一つ頷く。
「こうして外で正座する時は、足に簡単な防御魔法をかけてるんですよ。
わたしの故郷の女子は、必ずその魔法だけは、
少し意識を集中するだけで使えるようにするんです。
そうじゃないと、足が汚くなっちゃいますから」
乙女のたしなみって奴ですよ、そう言ってフフフと
結葉は柔らかに微笑んだ。
「乙女の……たしなみ?」
疑問符を浮かべるブルカーニュと、
「素敵な響きだなぁ。わたしも言ってみたいっ」
それとは対照的に、胸の前で両手を組んでうっとりと言うエル。
両極端な反応に、結葉はまたフフフと楽しげに笑った。
「皆さん。わたしたち、そろそろお暇しようかと思うんですけど」
一息おいた後そう言って、結葉はしっかりとゆるさんを見る。
「なんですか?」
「送ってもらえませんか? ノンハッタンまで。
歩いて行くと野営することになっちゃいますし、
エルさんを案内役にしてしまった手前
連絡できずに日をまたぐと親御さんに心配をかけてしまいます」
「なるほど、わかりました。ビユウンくんフウジャルくん、
後二匹風か火の要の誰か、おねがいできますか?」
クルリと反転し首を空にめいっぱい伸ばして、
そう空中の面々に声をかけたゆるさん。
不満の声が一度上がったが、少し間をおいて
了承の返事が来る。
その時、男連中から女子二人に視線が動いていたことを、
ブルカーニュも結葉も見てとって、顔を見合わせて頷き合った。
見事に嫌われた男性陣である。
風竜たちが背中側のエルは、二人の動作の意味がわからず、
「ん?」と不思議そうな声と同時に首をかしげた。
「ありがとうございます」
結葉が頭を下げると、それに倣ってエルも
体ごと後ろに向いてありがとうと頭を下げた。
「せっかくだ、二人にゃ土産でも渡しとこうぜ」
ビユウンの提案に風竜たちが口々に肯定の返事をし、
その中の一匹がどこかへと飛び去って行った。
「お土産ですか?」
「お土産、なんだろ? なにくれるのかなぁ?」
不思議そうな声の結葉と、ワクワクした声のエル。
ずいぶんと雰囲気の違う反応をするなと、
ゆるさんは面白く思い小さく笑った。