第十話。わたしの魔力が火を噴きますよ!
「おいおい。たかがトカゲ一匹に、全属性用の、
それも再上級防御魔法って。やりすぎだろ。
それ、使うなら魔王クラスで、って話してたろうが」
一番腹の立つ態度の、中くらいの男がブルカーニュの疑問に答えを出した。
「なにを言うんですか。全ての属性を持ち合わせる生物なんて、
それこそ魔王クラスです。用心するに越したことはありませんよ。
たとえ根の優しい竜であろうとも」
ブルカーニュは、この女の冒険者がたった僅かの自分の言葉だけで、
性格を理解していることに驚いた。
「さ、準備はできました。この魔力に鈍い三人さんに」
「ぁあ??」
「きっついおしおきをしてやってください」
「え、ちょ おい?」
「ちょっとやそっとの力では、この護星纏命陣は破れません。
思いっきり、是非に思いっきりお願いします」
深く頭を下げて来た女に、ブルカーニュは面喰ってしまった。
「まて、俺もなのか?」
抗議している男三人に、女冒険者は勿論ですと大きく頷いた。
「あなたたちが魔力の大小を無視して動くせいで、
わたしがいつもフォローしてるんですよ。わかってるんですか?」
女冒険者が男たちを睨みつけている状況にブルカーニュは困惑。
どういうことなのかと、後ろに顔を向けることで確認してみる。
すると、なんと。今まで戦っていた全員が、一様に頷いているのだ。
ーー男連中が悪い、と。
「わかりました」
事実を認識したブルカーニュは、冒険者に向き直る。
「大変なんですね、冒険者って言うのも」
女冒険者に同情したブルカーニュ。その気持ちは掛け値がない。
「そうなんですよ。ほんっとおに」
はぁと続けて溜息をつく女冒険者。
「ちきしょお! てめえらグルか!」
「いいえ」
中くらいの男の恨み言に、平気な顔で首を横に振る女冒険者と、
「グル、って……なんですか?」
目をパチクリして疑問符を声に乗せるゆるさん。
「マジかよ、なんでそれなのにそんな息合ってんだよお前ら?」
「くっ。まさかこんなことになるとは……!」
「あなたたちが魔力を軽視し、竜と言う存在を知らず、
あげくこのフォニクディオス火山の結束を
気持ち悪いなどと暴言で片付ける。
さ ら に。
わたしを便利な道具かなにかと勘違いしている。
お仕置き一つで勘弁してあげようって言うんです。
この慈悲深さに感謝してもらいたいものですよ」
女冒険者の溜まった不満に、男冒険者以外が苦笑いすることになった。
男冒険者たちは、「なに言ってんだこいつ?」と言わんばかりに、
間の抜けた顔をしている。
三人ともである。
「では、冒険者さんの不満も乗せまして」
その言葉の直後、ブルカーニュからゴゴゴゴゴと言う地響きのような音が鳴り始めた。
「な。これほどでしたか」
流石の男連中も、この圧力には身構えている。
「わたしから。骨身に染みるほどの、きっついお仕置きを。
他火山にちょっかいを出せないほどのお仕置きを」
地響きの音が強くなる。
「させていただきますっ!」
さ と同時に、大気が震えるほどの圧倒的な圧力が、
中くらいの男曰くの小さなトカゲから発された。
「えええっ?!」
エルが驚愕の絶叫を上げるのと同時に、
「な、にぃっ!?」
中くらいの男と、
「マジかよっ!?」
背の低い男と、
「なんだとっ?!」
そして背の高い男も同時に声を上げた。
男たちはバランスを崩さないように、体重を前にかけることで
その圧力に耐えている。
「これは……予想外の力ですねっ」
女冒険者は棒に石の埋まった物 ーー魔法使用の補助に使っている杖を
支えに立っている。小刻みに震えていることから、ギリギリで立っていることが見て取れた。
「さて。どんなお仕置きをしましょうか」
大気の震えが収まって。じわりとした声で言いながら、
細めた目で男三人を睨み回して行く竜凰。
全員一様に歯噛みして睨み返して来るが、
ブルカーニュは意にも介さない。
「そうですね。決まりました」
一つ、すがすがしい声で言う。男冒険者たちは、全員生唾を飲んだ。
そしてさきほどよりも更に身構えた。
「大丈夫ですよ。不要に命を奪うようなことはしません。
それでは『男性冒険者』と同じですからね」
一文字ずつ間を空けて、凄まじく強調しながら
男冒険者たちを示すブルカーニュ。
抗議の目を向ける男性冒険者をまたも無視して、
竜凰はお仕置きにかかるべく身を低くする。
「な……なにするつもりだ こ……この、トカゲ野郎っ」
今さっきまでトカゲちゃんと見下していたはずの中くらいの男が、
怯えた表情で 明らかに虚勢とわかる上ずった声を張り上げた。
「今、わかります」
そう言って、翼を体と水平の高さまでバサリと広げた。
薄く輝くオレンジの翼の色が、体に移って行く。
みるみるブルカーニュの全身が、薄く輝くオレンジに染まり、
あたかも夕暮れの空のような色に変わった。
その輝きは、色の染まり始めた空の現身のようで。
あるいは、空を染めているのがブルカーニュのようで。
そこにいる誰もが見とれてしまうほどの美しさになった。
「では、順番にいきましょう」
落ち着いた声色のままそう言って、ギロリと中くらいの男へとブルカーニュは視線を向ける。
「な、なんだよ?」
すっかり弱腰の男に小さく頷くと、竜凰は罪状を口にした。
「まずこれは」
言葉の後、大きく息を吸いながら口を開く。
竜凰の口内に、しみ出すようにオレンジが満ちて行く。
「あなたのせいで怖い思いをした」
「お、おい? どうなってんだ。あいつ、口開けたまんまで喋ってんぞ?!」
「火の魔力を収束しながら、風の魔力を使って声を出してる……すごい。
二つの異なる魔力を同時に発現させるなんて!」
竜凰の口内の色が紅へと変わるのを見ながら、
女冒険者はブルカーニュの起こしている現象に驚愕している。
「エルさんの」
紅が徐々に形を得て行く。
そしてそれは、
「分ですっ!」
ぶ と同時に外界へと姿を現した。
「なっ?!」
目を見開く中くらいの男に向かって、空間を灼熱させながら突き進むそれは
紅の弾丸。
驚く間に辿り着いた火球は男に接触する、
それと同時に爆発を起こした。
「ぐうあっっ?!」「ぐあぁっ!?」「ぬわーっ!?」
他の男二人も、その爆風によって吹き飛ばされた。
だが、爆炎が上がったのは男たちのところだけで、
女にはなんの被害もない。
「て……めぇ。なんで、てめえ、だけ。
無、傷、なん、だ、よ。おい?」
顔を苦痛に歪めながら、女冒険者に自分との理不尽な差を
吐き捨てるように問う中くらいの男。
「え? 当然じゃないですか。ちゃんと結界を張ったのはわたしのところだけですよ。
あなたたちには三重のうちの二層だけです」
「ん、だと、コラ!!」
まったくわるびれもせず、当然と言い放たれ、
掴みかからんと踏み込む中くらいの男。
ーーしかしそこに。
「なにを安心してるんですか?」
中くらいの男の動きが止まった。
「わたしは、まずは、って言いましたよ」
竜凰の落ち着いた声がかけられている。
「こ……今度はなにをする気なんだ?」
その輝きの収まっていない体の色に、背の低い男は身構えた。
最強の防御魔法、それがしっかりと効力を発揮していないと言うことが
今のひとことにより判明したため、中くらいの男よりその顔に浮かぶ
絶望の色は濃くなっている。
「これは」
目で男たちの配置を確認するブルカーニュ。
一撃目の火球によって、少しばらつきがあった状態から変化し、
三人は一箇所に固まっている。
「いつもあなたたちに道具のように扱われ」
次の一撃は決まった。
「しかしどこにも不満を吐き出せずにいた。そこにいる」
身体を更に鎮める竜凰。輝きが収まったかわり、
その身体は赤黒から、紅へと鮮やかにかわる。
「女性冒険者さんの分ですっ!」
地面を蹴った。ズドンっと言う凄まじい音で発射された紅色の砲弾は、
次の瞬間には目標へと突き刺さり再び悲鳴を上げさせた。
再び爆音のような音がした。それは竜凰が着地した音であり男たちが吹き飛ばされ
地面に背をつけた音であると、見ている者たちは二箇所に立ち上る土煙で理解する。
「な……なんだ。この、威力は……」
「ば……ばかげてやがる」
「こいつ……ヤバイ」
実力差を思い知らされゾロゾロフラフラと
女冒険者のところに戻って来る男たち。その装備品は、
こげたような跡と多数の傷を付けていた。
通り過ぎる時にチラっと横目で見た竜凰の色は
再びオレンジ色に輝いており、
男たちは諦めの境地で気の抜けた笑いを、無言で浮かべてしまった。




